リハビリmemo

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変形性股関節症とランニング(まとめ)


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「やりたいことができない。」

これほど生活の質(Quality of life)を損ねるものはありません。

変形性股関節症、膝関節症の診断がなされたとき、多くの場合、医師よりスポーツを制限されます。

これは、学生さんにとっては、楽しい体育の時間がとても辛い時間に変わることを意味します。

また、ランニングが趣味な方にとっては、生活の質を低下させる大きな制限になります。

しかしながら、本当にこのような運動と変形性関節症に因果関係があるのでしょうか?

そこで、1980年代から報告された変形性関節症とランニングについてreview(まとめ)をしましたのでご紹介します。

 

 

このreviewでは、変形性関節症とランニングの関係について報告された多くの論文を時系列にまとめて紹介します。

 

1980〜1990年代

McDermott(1983)らは、20名の長距離ランナーの30%にレントゲン検査で変形性関節症を認めたことを報告し、長距離ランニングは関節症のリスク因子になると述べています。

また、Marti(1989)らは、ボブスレー選手とランナーとスポーツを行わないもので比較すると、ランナーに変形性股関節症を多く認めたことを報告しています。

ランナー間における検討では、Mow(1988)らは、1週間に100kmを超えるランナーは、股関節症の変形を強める傾向にあることを報告し、さらに、距離よりも走るスピードが変形を強める因子になることを明らかにしています。

大規模な検討では、Cheng(2000)らが1970〜1995年までの整形外科受診者17,000名に対して関節症のアンケート調査を実施。その結果、50歳以下では1週間に30km以上のランニングを行うものに関節症の割合が高まり、関節症を有する50歳以上では、ランニングの走行距離に関わらなかったと報告しています。

 

この年代の多くの報告では、ランニングは変形性関節症のリスク因子になると結論づけています。しかしながら、対象者(選手や一般の方)の生活の活動量や年齢、怪我の既往歴などの情報の統制が行われていないこと、縦断的調査(長期的に経過を追っている調査)が行えていないことが研究のlimitation(限界)として述べられています。

 

1990〜2000年代

1990年までの報告が変形性関節症とランニングの関係にnegative(否定的)であったのに対して1990年以降の報告ではpositive(肯定的)なものが多くなります。

 

縦断的研究として、Panuch(1996)らは、1週間に平均45kmランニングするランナーとランニングを行わないものを対象に、12年間という長い期間、関節痛や炎症所見、レントゲン所見を調査しました。その結果、両群において有意な差はなかったと報告しています。

Sohe(1995)らは、クロスカントリー選手504名、水泳選手287名を対象に、約50年間、後方視的に関節症の発症について調査しました。その結果、関節症の発症率は、水泳選手2.7%、クロスカントリー選手は2%であり、手術に至った割合は、水泳選手2.1%、クロスカントリー選手0.8%でありました。さらに、クロスカントリー選手間における関節症の発症は、走行距離と関係しなかったと報告しています。

これらの結果から、運動による適度な関節負荷は、実は関節症の予防に重要なのではないか?という意見が散見されるようになりました。

 

ランニングによる骨密度と変形性関節症の影響について、Lane(1998)らは、60〜70代のランナー41名と同じ年齢層のランニングの習慣がない27名を対象に9年間の追跡調査を行いました。その結果、ランナーの骨密度は有意に高くなり、変形性関節症の所見に差は認められませんでした。

Chakravarty(2008)らは、ランナー45名とランニングの習慣がない53名を18年間という長期間、追跡調査をしました。その結果、両群において、レントゲン所見などの関節症所見の進行に有意な差は認められないと報告しています。

このような長期的な調査結果から、ランニングは骨密度を高める影響はあるが、変形性関節症を増悪させる因子にならないと結論付けています。

 

他のスポーツとの比較について、Kujila(1995)らは、ワールドクラスのアスリート117名の関節症の発症割合について調査を行いました。その結果、ウエイトリフティング31%、サッカー29%、ランナー14%、射的3%であったと報告しています。

さらに、Thelin(2006)らは、ランナーとともにサッカー選手やテニス選手など計825名を対象に変形性関節症の発症割合を調査しました。その結果、サッカーやテニスなどのcutting sports(切り返しなどの動作を多く行うスポーツ)がランニングに比べて、発症割合が有意に高かったことを明らかにしました。

これらの報告から、スポーツ選手の変形性関節症の発症または増悪は、瞬発的な関節負荷が関節軟骨の損傷に寄与する決定要素であると述べています。

 

ランニングによる関節軟骨への影響について調査したMRI研究では、Krampla(2008)らは、関節症を有するランナー7名に対して10年間のMRI調査を行いました。1名は関節軟骨の変性を認めましたが、6名においては関節変化は認めなかったと報告しています。

また、Mosher(2009)らは、ランナーとランニングの習慣がないものを対象に、30分間のランニング前後のMRI調査を行いました。その結果、ランニング後、ランナーの軟骨表面層の増加が認められました。

以上から、ランニングなどの身体活動の増加は、関節軟骨の保護効果を有していることが示唆されています。

 

変形性関節症とランニングを含む多角的因子を対象にした大規模調査では、Hootman(2003)らは、5000人を対象に、身体活動量と関節症の関係について調査しまています。ランニングやウォーキングなどの身体活動の頻度、期間、強度を聴取するとともに、4年、9年、13年において継続的に関節変化を検査しました。その結果、身体活動量の増加は関節症に寄与していないとこが明らかになりました。また、関節症の増悪因子は、高いBMI(=過度の体重増加)や高齢、過去の外傷であると報告しています。

 

紹介する研究報告は以上です。

まとめますと、過去の報告では、ランニングは変形性関節症のリスク因子であることが一般的でした。しかしながら、1990年代に入り、研究手法が統制される中で、軽から中等度のランニングは、関節を守る適度な荷重負荷となることが言われるようになり、その影響について見直されています。

2000年代になり、長期的な調査においてもランニングが変形性関節症の増悪因子にならいとともに、骨密度を高める効果が明らかになりました。また、サッカーやテニスなどの瞬発系のスポーツよりもランニングは関節症の増悪率が低いこともわかりました。さらに、適度なランニングによる関節負荷は、関節軟骨を丈夫にする可能性もMRI研究により示唆されています。

最も注意すべき点は、走る距離やスピードではなく、体重の増加であり、年齢であることが多く言われています。

ランニングを継続する場合は、なるべく最適なBMIを維持するように努めなければなりません。

また、footwear(シューズ)の選択も重要です。以前、話題になったbarefoot running(ベアフットランニング)についてLieberman(2010)らは、ランニング時の膝や股関節への衝撃を緩和するメカニズムをNatureで明らかにしています。

さらに、Scott Siverling(2010)らは、"Will I run again?"という論文で変形性股関節症を増悪させないランニングフォームや方法についてreviewしています。

 

自分としては、前期から初期の状態であれば痛みに合わせたランニングの距離、スピードであればランニングを継続しても良いと思っています。

しかしながら、この判断は、最適な体重維持が前提であり、さらには理学療法士によるランニングフォームのチェックや指導、筋肉のメンテナンスを継続的に行える環境があることが望ましい条件と考えています。

 

長文を読んでくださり、ありがとうございました。

  

 

股関節リハビリシリーズ

股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント

股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点

股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由

股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方

股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か

股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2) 

股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント

股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント

股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法

股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度

股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法

股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展

股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ

股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法

股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント

股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)

股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨

股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)

股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ

 

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