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リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による「研究と臨床をつなげるための記録」

歩行を早く適応させる2つの方法

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 勉強において大事なことは、目標を具体的に定め、その目標を達成するための学習内容を明確にすること。そして、目標を達成するために学習を継続することである。

  しかし、しばらくすると飽きる。そして考える。

 「もっと良い方法はないのだろうか?」

 「もっと早く効率的な勉方法があるはすだ」

 「そもそも記憶のメカニズムってどうなってるんだ?」

  飽きることは "良くないこと" と言われがちだが、飽きがなければ現状維持で思考停止になる。ヒトは飽きるからこそ考え、繁栄してきた。飽きることこそ、繁栄の必要条件なのである。

 これに対して、優秀な塾の講師や家庭教師は、より効果的で効率的で飽きないように目標設定を考え、適度なポジティブフィードバック(褒める)を与え、学習を促進していく。

 

 リハビリテーション医療は学習の要素を過分に含んでいる。最適な行為や動作を学習することを運動学習といい、運動学習は脳の可塑性にもとづいている。リハビリテーションでは、患者の身体機能、生活背景に合わせた、最適な動作を学習させることが目標のひとつとなる。

  理学療法においては、最適な歩行を学習することが目標になるであろう。そして、理学療法士は歩行を学習させる言わば「コーチ」となり、効率的で効果的な歩行練習を構築し、目標を達成させることが求められる。ここで理学療法士の価値が決まるのだ。

  では、歩行を学習させる、言い換えると歩行を適応させる効果的で効率的なポイントはあるのだろうか?

 

 現在までの研究報告によると、歩行適応のポイントは下記の2つとなる。

 

何も考えずに歩く

学んだことは忘れる

 

 少し抽象的なので、知見を紹介しながら歩行適応のポイントについて考察していこう。今回は、ポイントのひとつである「何も考えずに歩く」について考えてみたい。

 

 運動学習は主に2つの学習方法に分けられる。顕在学習(explicit learning)と潜在学習(implicit learning)である。顕在学習とは、運動手順などの外在的フィードバックにもとづき、学習者が意識的に課題を反復する学習である。潜在学習とは、学習者が意識することなく、視覚や深部感覚などの内在的フィードバックにもとづいて行う学習である。

 

 さて、リハビリ室で行われている歩行練習の場面を想像してみよう。このような指導の声が聞こえてくるのではないだろうか。

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 これらの指導はすべて顕在学習にもとづく歩行練習である。 しかし、歩行をはじめ日常生活におけるパフォーマンスのほとんどが潜在学習あるいは手続き学習(procedual learning)の結果として自動化されている。

 

 このような観点から、Split-belt treadmill(SBT)研究で著名なMaloneらは、歩行練習における顕在学習と潜在学習が歩行適応に与える影響について報告している(Malone LA, 2010)。

 Maloneらは、被験者を3つのグループに分け、左右のベルトの回転速度が異なるSBTによる歩行適応の期間と後効果の期間を計測した。グループ分けは以下の通りである。

・コントロールグループ

・顕在学習グループ:足を置く位置などの外的フィードバックを与える。

・潜在学習グループ:dual-taskとして認知課題を付加する。

 その結果、最も早くSBTに歩行適応したのは顕在学習グループであった。しかし、適応の後効果が最も持続したのは潜在学習グループであった。

  つまり、外在的フィードバックを多く与える顕在学習では、適応は早いが忘れるのも早い。逆に潜在学習では、適応は遅いが忘れるのも遅いのである。

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 この結果の理由について、歩行適応と運動学習の神経メカニズムから考察してみよう。

 歩行適応の神経メカニズムは、脳損傷モデルの研究において、反応的調整(フィードバック適応)は脳幹・脊髄が、予測的調整(フィードフォワード適応)は小脳が機能的役割を有しており、大脳皮質、大脳基底核の関与は低いことが示されている。

歩行適応の神経メカニズム

 歩行適応の初期の反応は末梢からの感覚フィードバックにより即時に脳幹・脊髄で処理され、小脳によるtrial and error learningにより自動化されるのである。

 

 それでは、運動学習の神経メカニズムはどうだろうか?

 顕在学習は、外在的フィードバックにより与えられた顕在知識をもとに、前頭前野でプログラミングされた運動が前補足運動野において時間的統合あるいは分節化され、運動順序のテンプレートが補足運動野において統合される(Ashe J, 2006)。

 潜在学習は、意識にのぼらない深部感覚情報である内在的フィードバックを小脳が受け取り、運動実行系として機能し、歩行などの無意識的な運動スキルの習得(手続き学習)に関与する(Puttemans V, 2005)。

 

 このようにそれぞれの神経メカニズムを対比させるとその学習の有効性が見えてくる。

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 顕在学習は主に大脳皮質で処理されるが、大脳皮質による歩行適応への関与は少ない。これに対して、潜在学習は、歩行適応の予測的調整に関わる小脳で処理される。つまり、歩行適応には、潜在学習が有効であることが神経メカニズムから推測されるのである。

 しかし、顕在学習が有効でないということではない。Maloneらの研究結果からも顕在学習は歩行の適応を早める効果が期待できる。これは、歩行適応初期の反応的調整において、大脳皮質からの下降性入力がCPGの促通に寄与しているためである。

 

 以上から、歩行適応においては、顕在学習よりも潜在学習を中心に行うことが推奨される。また、より効率的に行うには、歩行適応の初期に顕在学習を行い、外在的フィードバックを徐々に減らし、潜在学習に切り替えていく。これは外在的フィードバックが頻繁に与えられると学習者がフィードバックに依存することとなり、自動化の段階に進めなくなるからである。

 

 このような歩行適応の潜在学習に注目した歩行練習の知見を紹介したい。

 

 Regnauxらは、脳卒中片麻痺にみられる歩行の非対称性に対して、潜在学習の効果を検証した。一般的に片麻痺の歩行では、麻痺側下肢の荷重を減少させるため、歩容が非対称的に適応する。その結果、歩行スピードも減少する。これに対して、本研究では、非麻痺側下肢の足首に重り(2-4kg)を負荷し、トレッドミル上での歩行練習を行い、重りを外した直後と20分後の荷重の非対称性、歩行パラメータを計測した。

 その結果、練習直後、練習20分後においも麻痺側下肢への荷重は増え非対称性が改善された。また、歩行パラメータ(歩幅、ケイデンス、歩行スピード)の改善も認められた(Regnaux JP, 2008)。

 本研究では、外在的フィードバックは全く行われていないため、非麻痺側下肢に重りを負荷し、麻痺側下肢への荷重を増加させることで深部感覚入力を増大させる内在的フィードバックが歩行の非対称性の改善に寄与したと推測される。これは、被験者自身の無意識下で行われた潜在学習にもとづいた効果であり、歩行適応に対する潜在学習の有効性を示した良い例であろう。

 

 このように、必要以上に外在的フィードバックを与えず、患者自身の感覚情報に働きがける歩行練習をデザインすることが効率的な歩行適応を達成させるポイントになる。

 つまり、学習者は与えられた内在的フィードバックのもと「何も考えずに歩く」ことが潜在学習を促進し、歩行を適応させる近道になるのだ。その課題・環境を設定することがコーチである理学療法士の役目なのである。

 

 しかしながら、歩行適応に対する潜在学習の研究は少なく、エビデンスも確立されていない。SBTの研究報告が増えてきた昨今、さらなる研究成果に期待したい。

 

 次回は、もうひとつのポイントである「学んだことは忘れる」について考察していく。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

Reference

Malone LA, et al. (2010) Thinking about walking; effects of conscious correction versus distraction on locomotor adaptation. J Neurophysiol 103:1954-1962

Ashe J, et al. (2006) Cortical control of motor sequences. Curr Opin Neurobio 16: 213-221

Puttemans V, et al. (2005) Changes in brain activation during the acquision of a multifrequency bimanual coordination task: from the cognitive stage to advanced levels of automaticity. J Neurosci 25: 4270-4278

Regnaux JP, et al. (2008) Effects of loading the unaffected limb for one session of locomotor training on laboratory measures of gait in stroke. Clinical Biomechanics 23: 762–768 

 

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