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リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による「研究と臨床をつなげるための記録」

歩き方をデザインする基準

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 幼児のヨチヨチ歩きはかわいいですよね。子供はこのようなヨチヨチ歩きを経て、3歳までに大人と同じような標準的な歩行を獲得します。しかし、成長の過程で、子供は「正しく歩こう」とか「美しく歩こう」などとは考えているわけではありませんし、誰かから歩き方を教えてもらっているわけでもありません。これは、潜在学習にもとづく歩行適応であり、身体の成長に合わせて歩き方を自然と変えながら標準的な歩行を獲得しているのです。このようにヒトの歩き方というのは、身体機能と環境の相互作用から中枢神経系がデザインした二次的な結果と言えるのです。

 

 では、中枢神経系は何を基準にして歩き方をデザインするのでしょうか?



◆歩き方の基準は「歩きやすさ」で決まる

 

 ヒトは400万年前に二足歩行を獲得し、アフリカの東部から全世界に生息場所を広げてきました。その移動手段のほとんどは「歩行」になります。そのため、ヒトの歩行は長距離移動をするために、なるべく少ないエネルギーで移動できる歩き方に適応してきたのです。

歩行の起源

 少ないエネルギーで歩くメカニズムについては別の機会でお話ししますが、ここでは、物理学的に私たちの歩行が如何に少ないエネルギーで歩けるようデザインされているのか示してみましょう。

 この地上で動くもの全てが力学に支配されているのは物理学では自明のことです。その意味では、歩行もある部分では物理的に規定されていると考えられます。ヒトの歩行を単純な工学モデルを用いると下記のように示すことができます(Mochon S, 1980)。

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  数式は苦手なので、ここでの詳細な説明は省きましょう。

 このような工学モデルをもとに、これを応用した二足歩行ロボットが作られています。有名なのは名古屋大学の佐野教授らの研究グループの受動歩行ロボットですね。受動歩行ロボットは、モーターなどのエネルギー源を持つことなく、重力と慣性だけで歩行できるのが特徴です。佐野教授のロボットは、世界で最も長く(13時間45分)歩いた受動歩行ロボットとして2009年にギネス認定されています。

(佐野教授の研究内容はコチラのHPで http://drei.mech.nitech.ac.jp/~sano/biped.html

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 モーターも使わずに半日以上も歩き続けるなんてスゴイですよね。で、何が言いたいのかというと、受動歩行ロボットのモデルとなったヒトの歩行は、力学を上手に活用してエネルギーコストを低くした、洗練された移動様式と言えるのです。

 

 400万年かけて獲得した私たちの歩行は、物理学的にも最もエネルギーコストが低くなるように構築されてきたのです。そして、エネルギーコストが低い歩き方のとき、私たちは快適であると感じ、「歩きやすい」と思うのでしょう。逆にエネルギーコストが高い歩き方は不快であり、「歩きづらい」と感じます。つまり、私たちの歩行は「歩きやすさ」を基準にしてデザインされているのです。



◆歩く速度の基準も「歩きやすさ」

 

 歩く速度は人によって異なります。恋人同士で歩いているとき、彼氏は彼女の歩く速度に合わせるのが優しさだったりします。

 歩く速度は、中枢神経系が筋肉の仕事量と代謝エネルギーのコストが最小になる妥協点を判断した結果になります(Umberger BR, 2007)。このエネルギーコストが最小になる歩行速度が、私たちが何気なく歩いている速度になります。このような歩行速度のことを快適歩行速度と言います。歩行速度とエネルギーコストの関係を見ると、快適歩行速度時のエネルギーコストを最小としてU字型を描くことがわかります。

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 縦軸はエネルギーコスト、横軸は歩行速度(厳密にはstride rate)であり、0が快適歩行速度を示している。

 よって、快適歩行速度より遅く歩いても早く歩いてもエネルギーコストは増加するのです。男女のように体格が異なる場合には快適歩行速度も異なります。なので、彼氏は中枢神経系が判断した快適な歩行速度ではなく、エネルギーコストが増加してでも彼女の歩行速度に合わせないといけないんですね。

 このように歩行速度も中枢神経系がその人の身長や筋肉量などから「歩きやすさ」を基準に最適な速度を選択しているのです。

 

 

◆歩行適応も「歩きやすさ」が基準

 

 臨床でこのような場面を見ることがあります。

PT「このように歩くと運動学的にも正しくて身体への負担も少なくなるんですよ」

患者さん「えー、でも歩きづらいです」

 このような患者さんの内省が聞かれる場面では、歩行適応は進みません。患者さんが疾患による異常歩行に適応している場合、無理して正常歩行を行うとエネルギーコストが高くなることが示されています(Waters RL, 1999)。これでは、歩きづらいという内省を訴えるのは当たり前ですね。

 疾患により身体機能の障害を有した場合でも、中枢神経系は最もエネルギーコストの低い歩き方をデザインし適応していきます。その結果、運動学的に異常歩行であったとしても、その患者さんにとっては歩きやすい歩行になるのです。

 このように考えると、歩行適応の基準も「歩きやすさ」になるのでしょうか?Finleyらは、SPlit belt treadmill(SBT)を用いて、歩行適応とエネルギーコストとの関係について報告しています(Finley JM, 2013)。その結果、歩行適応の初期では、歩幅の非対称性とともにとエネルギーコストは高まり、非対称性の減少とともにエネルギーコストも減少しました。また、後効果においても同様の結果が見られました。

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 さらに、歩行適応とエネルギーコストには正の相関関係(r2=0.58)が認められました。

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 この結果から、SBTのような非対称的な歩行環境において、ヒトはエネルギーコストを最小化する歩き方に適応することが明らかになりました。つまり、環境が変化し、歩行をその環境に適応させる場合、中枢神経系はエネルギーコストの低い、歩きやすい歩き方を選択するのです。

 このように、疾患による身体機能の変化やSBTのような環境的変化において、ヒトは「歩きやすさ」を基準に歩行適応するのです。

 

 歩き方は身体機能と環境との相互作用をもとに「歩きやすさ」を基準にデザインされます。そのため、患者さんの異常歩行を正しい歩行の型に当てはめようとすることはエネルギーコストを増加することとなり、歩行は適応されません。まずは、身体機能へのアプローチや生活環境、補助具などの整備を行い、患者さんが「歩きやすい」と感じた歩行が結果的に正しい歩行になるように導くべきでしょう。そして、ヒトは、その歩きやすい歩行に自然と適応していく性質を有しているのです。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

Reference

Mochon S, et al. (1980) Ballistic walking. J Biomech. 13(1); 49-57.

Umberger BR & Martin PE (2007). Mechanical power and efficiency of level walking with different stride rates. J Exp Biol 210; 3255–3265.

Waters RL & Mulroy S (1999). The energy expenditure of normal and pathologic gait. Gait Posture 9, 207–231.

Finley JM, et al. (2013) Learning to be economical: the energy cost of walking tracks motor adaptation. J Physiol 591.4; 1081–1095.

 

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