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リハビリmemo

大学病院勤務、大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による、研究と臨床をつなげるための記録

ストレッチのメカニズム その2

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 前回は、ストレッチのメカニズムを筋の粘弾性の側面から考察しました。粘弾性の特性を考慮すると、効果的にストレッチするにはじっくり伸ばさなくてはいけないこと、粘弾性の低下がストレッチによるパフォーマンスの低下の要因になりうること、ストレッチの即時的な効果が短時間で消失してしまう理由について理解できたと思います。

ストレッチのメカニズム その1

 しかし、ここで新たな疑問が生まれます。以前、ストレッチの習慣的な効果は一定期間は持続するという報告を紹介しました。

 『ストレッチの効果はどのくらい持続するのか?〜習慣的な効果〜

それらの報告では、ストレッチを4週間、習慣的に継続すると、ストレッチをやめた後、少なくとも4週間以上はその効果が持続することが示されています。では、この効果の持続も筋の粘弾性によるものなのでしょうか?それとも別のメカニズムが働いているのでしょうか?

 

 それでは、今回もストレッチのメカニズムについて考察していきましょう。

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◆ ストレッチの効果は筋の粘弾性ではない?

 

 1990年、Maxwellの筋の粘弾性モデルが提唱され、ストレッチング効果は筋の粘弾性によってもたらされると考えられてきました。しかし、近年の研究によって、新たな解釈が追加されています。

 2013年、Mizunoらは下腿三頭筋のストレッチングの即時効果について、その要因を経時的に調査しました。5分間のストレッチングを行った結果、下腿三頭筋の柔軟性(足関節の背屈可動域)は30分以上、増加しました。しかし、筋の粘弾性の指標である受動トルクはストレッチング後10分でもとの状態にもどることが示されたのです(Mizuno T, 2013)。では、筋の粘弾性がもとに戻ったあとの下腿三頭筋の柔軟性は何によってもたらされたのでしょうか?

 2014年、Konradらは、習慣的なストレッチングの効果と筋の粘弾性の関与について報告しました。これまでの筋の粘弾性の研究は、主に即時的なストレッチングによる調査が多く、そのため、習慣的なストレッチングの効果が筋の粘弾性によるものとは言えなかったのです。Konradらは、下腿三頭筋のストレッチングを4週間行い、受動トルクや筋束の長さなど構造的な変化について調査しました。その結果、下腿三頭筋の柔軟性は高まりましたが、筋の粘弾性をはじめ、構造的なパラメータは全て変化しないことをが示されました(Konrad A, 2014)。つまり、習慣的なストレッチングの効果は、筋の粘弾性は関与しないことが示唆されたのです。では、習慣的な効果は何によってもたらされたのでしょうか?

 


◆ ストレッチトレランス

 

 ストレッチトレランス(stretch tolerance)とは、ストレッチによる不快感の許容度と訳されます。MizunoらやKonradらは、ストレッチング効果は筋の粘弾性とともに、このストレッチトレランスが寄与していると考察しています。しかし、ストレッチトレランスのメカニズムは未だ解明されていません。今回は疼痛の研究で明らかになっている所見をもとに、ストレッチトレランスについてもう少し掘り下げてみましょう。

 ストレッチトレランスは、不快感の許容度を意味しますが、生理学的に言えば「慣れ(habituation)」ということになります。感覚における慣れについては、嗅覚がイメージしやすいです。少し臭いところにいても、しばらくすると慣れちゃうことは誰しも経験がありますよね。このように感覚は慣れるものですが、痛覚においては慣れないものとされてきました。しかし、近年の疼痛研究において、痛みも慣れるという疼痛適応(pain adaptaiton)が注目されています。

 ストレッチングというのは、筋や腱への機械的刺激になります。この機械的刺激は感覚神経のAδ線維とC線維を通じて伝わっていきます。これによって、ストレッチングよる「伸ばされている痛み」を感じるわけですね。このストレッチングによる機械的刺激を感知する自由神経終末がAδ線維、C線維の先端にあります。この自由神経終末への痛み刺激は、その刺激強度によって痛みに慣れたり(疼痛適応)、逆に痛みを強くする(空間的加重)ことが報告されているのです。

 Fogelらは、熱刺激を用いて疼痛適応を生じさせる刺激強度について検討しました。視覚的アナログスケール(VAS)を用いて刺激強度をVAS2・4・6の3段階に設定しました。その結果、VAS2の刺激強度では疼痛適応を生じさせ、VAS4または6の刺激強度では空間的加重を生じさせることを示しました。つまり、疼痛適応は弱い疼痛刺激のみで生じ、強い疼痛刺激は痛みを増強させるという空間的加重を生じさせてしまうことが明らかになったのです(Fogel W, 2015)。

 Fogelらの研究では、熱刺激を用いていますが、熱刺激はストレッチングによる機械的刺激と同じAδ、C線維を介します。そのため、ストレッチングによる機械的刺激においても疼痛適応が生じることが推測されます。ストレッチトレランスは、ストレッチングによる低強度の伸張刺激が疼痛適応を引き起こした結果と解釈され、筋の柔軟性の改善に寄与していると考えられています。



◆ 疼痛適応から考えるストレッチング

 

 習慣的なストレッチングの効果がストレッチトレランスによるものであるとしたら、日々のストレッチングにおける強度は低強度が効果的であると言えます。Fogelらの報告を参照すると、ストレッチングはVASで4以下である「少し痛い」程度が最も有効でしょう。これまで、ストレッチングの強さについては、「強すぎると筋を痛めてしまうため、物足りないくらいが良い」という根拠のない指針がネットメディアやブログで言われていますが、これは正しいといえます。強すぎるストレッチングは、疼痛の空間的加重を生じさせ、痛みを強めてしまいます。物足りないくらいの強さが疼痛適応を生じさせ、ストレッチング効果を高めるのです。



 今回は、ストレッチングのメカニズムとして、ストレッチングトレランスについて考察しました。ストレッチのメカニズムには、現在、筋の粘弾性とストレッチトレランスの2つの要因が示されています。これまで考察したように、即時的なストレッチの効果には筋の粘弾性が関与します。そのため、スポーツ前のストレッチでは、粘弾性の特性を考慮したストレッチ方法を行うべきでしょう。また、習慣的なストレッチの効果はストレッチトレランスの関与が強いとされています。身体の柔軟性を高めるための習慣的なストレッチでは、疼痛適応を考慮することが有用となります。しかしながら、ストレッチ効果に対する筋の粘弾性とストレッチトレランスの寄与については今後のさらなる検討が必要です。メカニズムの理解がストレッチ方法をさらに洗練させることになるので今後の研究に期待したいですね。

 最後にこれらのメカニズムを踏まえて、ストレッチの強度を効率的で効果的なストレッチプロトコルに追加しておきましょう。

 

*効率的で効果的なストレッチプロトコル

・1日に30秒3回以上

・1週間に3日以上

・湯上がりに行う

・少し痛い程度の強さで行う

 

 

ストレッチの科学シリーズ

ストレッチの科学①:ストレッチはパフォーマンスを低下させる(前編)

ストレッチの科学②:ストレッチでパフォーマンスを低下させない方法 

ストレッチの科学③:効率的で効果的なストレッチの時間と回数 

ストレッチの科学④:ストレッチは毎日やらなくてもいいんです

ストレッチの科学⑤:ストレッチはいつするのが効果的か? 

ストレッチの科学⑥:ストレッチは高齢者の歩行能力を高める

ストレッチの科学⑦:ストレッチの効果はどのくらい持続するのか?~即時効果編~ 

ストレッチの科学⑧:ストレッチの効果はどのくらい持続するのか?〜習慣的な効果〜

ストレッチの科学⑨:ストレッチのメカニズム その1

ストレッチの科学⑩:ストレッチのメカニズム その2

ストレッチの科学⑪:ストレッチにダイエットの効果はありません  

ストレッチの科学⑫:ストレッチのウソ?ホント? 〜まとめ〜

 

 

Reference

Mizuno T, et al. (2013) Decrements in stiffness are restored within 10 min. Int J Sports Med. 34, 484-90.

Konrad A, et al. (2014) Increased range of motion after static stretching is not due to changes in muscle and tendon structures. Clin Biomech. Jun;29(6):636-42.

Weissman-Fogel, et al. (2015) Temporal and spatial aspects of experimental tonic pain: Understanding pain adaptation and intensification. Eur J Pain. Mar;19(3):408-18.   

 

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