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リハビリmemo

大学病院勤務、大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による、研究と臨床をつなげるための記録

健康寿命から考える転倒予防

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 私達が二足歩行を獲得して約400万年。地形や生活の場といった外的環境および身体という内的環境の変化に適応して現在の二足歩行がデザインされてきました。しかし、この50年というわずかな期間で私達をとりまく内的環境は急激に変化しています。それは生命寿命の延伸です。しかしながら、私達の二足歩行はこの生命寿命の延伸に未だに適応できていません。その結果、「転倒」という問題が生じているのです。

 今回から新たなシリーズとして「転倒の科学」の連載を始めます。今後、ますます高齢化が進む中で、転倒を予防することは、いつまでも自分で歩くことができるという観点で大きく生活の質(QOL)に貢献できるでしょう。

 今回は、転倒予防の背景ともなる健康寿命について論じていきましょう。

 

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◆ 生命寿命と健康寿命

 

 寿命には2つあるのをご存知ですか?ひとつは生命寿命で、これは平均寿命として一般的に良く聞きますよね。日本人の平均寿命は、男性が79.55歳、女性が86.3歳となっており、男性は世界3位、女性は世界1位です(資料1)。これに対して、もう一つの寿命として「健康寿命」があります。健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間とされており、つまりは健康で楽しく生活できる期間と言えます。健康寿命は、男性が70.42歳、女性が73.62歳となっています(資料2)。そうなると、平均寿命と健康寿命の差は何を意味するのでしょうか?この差は、不健康で日常生活が制限される期間を意味します。日常生活が制限されるということは、自分一人では身の回りのことができず、要介助の状態とも言えます。その不健康の期間は、男性では9.13歳、女性では12.68歳にもなるんですね。

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  死に至るまでの約10年間、不健康な期間が続くのは耐え難いものです。これでは、いくら平均寿命が伸びたとしても、結果的に健康寿命が伸びないのであれば本末転倒です。しかしながら、健康寿命は過去10年間においても大きく延びていません。平成13年と平成22年を比べると、平均寿命は男性は78.07歳から79.55歳へと1.48年、女性は84.93歳から86.30歳へと1.37年延びているのに対して、健康寿命は、男性は69.40歳から70.42歳へと1.02年、女性は72.65歳から73.62歳と0.97年と平均寿命の延びに追いついていません。むしろ拡大しているのです。この拡大はもちろん、不健康で要介護の期間が長くなっていると解釈できます。

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 今後、平成25年から平成34年の10年間にかけて、平均寿命は男性では80.09歳から81.15歳へ、女性では86.80歳から87.87歳へと延びることが予測されてます(資料3)。健康寿命が延びなければ、平均寿命との差が開くことは明確で、今以上に不健康な期間、つまりは要介護が必要な期間が長くなってしまうことでしょう。これは介護保険など社会保障からしても喫緊の課題です。



◆ いつまでも健康で楽しく過ごすためには?

 

 私達が平均寿命まで楽しく長生きするためには、健康寿命を延ばすしかありません。では、健康寿命の延伸を妨げているものは何なのでしょうか?その要因は主に要介護に至るものとされており、5大要因として脳血管疾患、認知症、高齢による衰弱、関節疾患、転倒・骨折が挙げられます(資料4)。これらの主要因は、死亡の主要因とは異なる部分が多く、健康寿命の特異的要因であると言えるとともに、平均寿命の延伸が健康寿命の延伸につながらないことも示しています。

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 このように健康寿命の延伸を妨げている主要因を見ると、その多くがリハビリテーション医療に関わるものと思われます。健康寿命を延伸させるためには、これらの主要因の予防、改善を図らなければなりません。リハビリテーション医療には健康寿命を延伸させる大きなポテンシャルがあるのです。世界的にも最も高齢社会である日本の健康寿命の延伸を支えることがリハビリテーション医療に求められています。



健康寿命について転倒予防の側面から考える

 

 人は地球という重力が存在する環境の中で、その重力を上手く利用することによって効率的な二足歩行に適応してきました。

歩き方をデザインする基準

 しかし、1950年頃から急激に延長した生命寿命により、加齢に伴うバランス能力、筋力、視力、認知機能などが低下する中で、同様の環境下で二足歩行をするという現状に直面しています。その結果、高齢者における転倒・転落による死亡数は高齢になるにつれて指数関数的に増大しています(資料5)。

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 また、不慮の事故による死亡数において、転倒は、窒息について第2位になっており、交通事故よりも多い割合で生じています。

 さらに、転倒により死に至らなくても、転倒による骨折は健康寿命の延伸の大きな妨げになります。骨折の大部分の原因は転倒であることが示されており、その中でも大腿骨近位端骨折は日常生活とQOLを低下させます。大腿骨近位端骨折の骨折数も転倒による死亡数と同様に加齢に応じて指数関数的に増大しています(Hagino H, 2005)。

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 今後10年のさらなる平均寿命の増加と高齢化率の増大で、転倒による骨折は、ますます健康寿命の延伸を妨げる大きな問題になっていくと推測されます。

 

 このような背景において、転倒を予防することは喫緊の社会的課題になります。歩行能力を改善させることを業とする理学療法士には、病院においても地域においても転倒を予防するキーパーソン的な役割が求められるでしょう。転倒予防のエビデンスは徐々に確立されつつあります。今後は、そのエビデンスを如何に活用し、実践していく過程になります。理学療法士は生活環境に適した安全な歩行をデザインすることによって、転倒予防の観点から健康寿命にアプローチすることができるのです。

 いつまでも自分の足で好きなところに、好きな人と一緒に歩いて行く。歩行寿命を延伸することが健康寿命の延伸に大きく寄与するのです。



転倒の科学

転倒の科学①:健康寿命から考える転倒予防

転倒の科学②:転倒予防のリスクマネージメント① 転倒のリスク因子を知ろう! 

転倒の科学③:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!AGS編 

転倒の科学④:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!CDC編

転倒の科学⑤:有効なバランス能力の評価とは?

転倒の科学⑥:バランス能力の評価を再考しよう

転倒の科学⑦:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

転倒の科学⑧:変形性膝関節症の術後の痛みが転倒のリスク因子になる

転倒の科学⑨:睡眠薬のメカニズムと転倒リスクについて知っておこう

 

参考資料

資料1:厚生労働省「平成22年完全生命表

資料2:厚生労働科学研究補助金健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」

資料3:国立社会保障・人口問題研究所の日本の将来推計人口(平成24年1月推計)

資料4:平成25年度国民生活基礎調査の概況

資料5:平成25年人口動態統計(確定数)の概況

 

Reference

Hagino H, et al. Increasing incidence of hip fracture in Tottori Prefecture, Japan: trend from 1986 to 2001. Osteoporos Int. 2005 Dec;16(12):1963-8.