リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士・トレーナーによる「最新の研究をトレーニングにつなげるための記録」

歩行速度で余命を予測しよう

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高齢の夫婦が横断歩道で信号が変わるのをまっています。

信号が青に変わり、夫婦は横断歩道を渡り始めました。

ところが、夫は最近、歩くのが遅くなり、信号が点滅し始めてようやく渡り終えたのです。

このとき、妻は思いました。

「ああ、夫の余命もあと10年程度か…」

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 歩行速度は、ひとりひとり違います。これは、歩行速度が身体のさまざまな要素(エネルギー代謝、心肺機能、神経機能、筋骨格機能、認知機能など)を反映するためです(Abellan van Kan G, 2009)。

 

 例えば、体調が悪くなると歩行速度は遅くなり、幸福を感じると速くなります(Hall WJ, 2006)。このように、歩行速度は身体や心の状態までを示すアウトカム(指標)になるのです。そして歩行速度は無意識に調整されるのでウソがつけません。

 『歩き方をデザインする基準

 

 これは逆にいうと、歩行速度で身体や心の状態を予測することが可能であるということです。

 

 今回は、歩行速度で「余命」を予測してみましょう。



 2011年、JAMAに掲載された報告は衝撃的なものでした。その題名は"Gait speed and survival in older adults.(高齢者の歩行速度と生存)"です。

 米国老年医学専門医であるStudenskiらのグループによって、地域在住の65歳以上の高齢者33,485名を対象とした大規模な歩行速度と余命の研究が報告されました(Studenski S, 2011)。追跡期間は最大21年間に及び、その間に17,528人の死亡を数えました。

 

 これらのデータを用い、統計解析を行うことによって、年齢、性別、歩行速度の3つの因子で予測する余命は、年齢、性別、慢性病、収縮期血圧BMIなど多くの因子を用いて予測する余命とほぼ一致することが示されたのです。つまり、歩行速度で余命を予測できることが明らかになりました。

 

 では、主な結果を見てみましょう。これらのグラフは、男女の年齢別における生存年数(余命)を快適歩行速度で示したものです。

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*Fig.1:Studenski S, 2011より引用改変:歩行速度(m/s)による男性の余命グラフ

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*Fig.2:Studenski S, 2011より引用改変:歩行速度(m/s)による女性の余命グラフ

 

 このグラフから余命を読み取ってみましょう。

 冒頭で示した高齢の夫婦の話に戻りますが、横断歩道の信号は青から点滅するまでの時間を一般的に歩行速度1.0m/sに設定しているそうです。横断歩道の距離が10mであれば、青信号が点滅するまでの時間を10秒に設定しているということです(実際はもう少し長いようです)。

 

 夫は横断歩道を渡り終えるまでに信号が点滅してしまったので、歩行速度は1.0m/sより遅いことが推測できます。夫が70歳であるならば、グラフから余命は10年程度ということになるのです。

 きっと、妻はこのJAMAの論文を読んでいたのでしょう。

 

 では、このグラフを臨床的に使いやすくするために10m歩行速度(秒)に換算してみました。

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*Fig.3:Studenski S, 2011より引用改変:10m歩行速度による男性の余命グラフ

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*Fig.4:Studenski S, 2011より引用改変:10m歩行速度による女性の余命グラフ

 

 10m歩行速度であれば臨床的にイメージしやすいですよね。

 

 本研究の結果から、Studenskiらは、年齢と性別での予測余命中央値は約0.8m/sであるため、1.0m/s以上であれば平均余命を上回り、1.2m/sを超えれば並外れた余命になると推測しています。10m歩行では、10秒以下であれば平均余命を上回り、8秒以下であれば並外れた余命になるということです。

 

 この報告によって、歩行速度で余命が予測できることがわかりました。しかし、大事なのは予測することではなく、歩行速度を維持できれば長生きできるという事実です。

 今ではスマホのアプリで歩行速度を計ることができます。また、歩行速度1.0m/sは時速3.6kmなので、1kmを15分で歩ければ平均余命を上回る歩行速度となります。ときどきは自分の歩行速度を計り、健康をマネージメントするきっかけにすると良いでしょう。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

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歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

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歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

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歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

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歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

 

Reference

Abellan van Kan G, Gait speed at usual pace as a predictor of adverse outcomes in community-dwelling older people an International Academy on Nutrition and Aging (IANA) Task Force. J Nutr Health Aging. 2009 Dec;13(10):881-9.

Hall WJ, Update in geriatrics. Ann Intern Med. 2006 Oct 3;145(7):538-43.

Studenski S, et al. Gait speed and survival in older adults. JAMA. 2011 Jan 5;305(1):50-8.