リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士・トレーナーによる「最新の研究をトレーニングにつなげるための記録」

脳卒中後の歩行速度とQOL

スポンサーリンク

 

 私たちの幸せは、他者との関わり合いの中からもたらされます。

社会心理学が教える幸せの方程式

 

 ここでいう他者とは、友人や恋人、家族などの存在でしょう。友人との買い物、恋人とのデート、家族との旅行。どれもが楽しいひとときですよね。しかし、病気により歩くことが困難になると、そこには「外出する」という大きな壁が立ちはだかるのです。

f:id:takumasa39:20160204142158p:plain

 

 脳卒中後の問題のひとつに「生活範囲の狭小化」というものがあります。脳卒中によって歩くことが困難になると、その重症度によって外出することが難しくなり、生活する範囲が狭くなってしまうのです。そのため、家で過ごす時間が多くなり、筋力や体力の低下によって、さらに外出が困難になるという悪循環が生じてしまいます(Perry J, 1995)。

 

 では、脳卒中後の外出を妨げ、生活範囲の狭小化を招く原因は何なのでしょうか?

 

 1995年、歩行のパイオニアであり、Gait analysis(ペリー歩行分析)の著者であるPerryらは、脳卒中後の自宅内や地域の歩行能力を予測する指標について検討しました。指標は筋力、固有感覚、そして歩行速度でした。その結果、最も脳卒中後の歩行能力を反映したのは歩行速度だったのです(Perry J, 1995)。

 

 さらに、Perryらは、歩行速度を6つに分類して、屋内の日常生活動作や外出との関連を明らかにしました。

f:id:takumasa39:20160204142247p:plain

Fig.1:Perry J, 1995より引用改変。10m歩行速度を筆者にて追記しています。

 

 脳卒中後の歩行速度が0.4m/s以下では外出の障壁になる家の出入りや段差の昇降が困難になります。また、0.8m/s以下では外出は可能になりますが、近所のお店やショッピングモールでの移動は困難です。そして、0.8m/s以上では不自由なく外出ができるとしています。つまり、脳卒中後の歩行速度によって、生活範囲が決まってくるのです。

 

 Perryらの研究成果によって、脳卒中後の外出できる歩行能力の指標に歩行速度が重要であることが認知され、歩行障害に対する多くの介入研究の指標として選択されるようになりました。 

 

 しかし、これに疑義を投げかけたのがオタゴ大学のLord らの研究グループです。

 

 彼女らは、外出というのは段差や坂道といった複雑な環境下であり、人と話したり、車や人通りに注意をするという認知的な要素も必要になるため、シンプルな歩行速度の計測のみでは外出の予測は困難であると述べています。

 

 また、歩行速度の改善と外出状況やQOLの変化との関係が不明確であるとして、歩行速度といった単一な指標ではなく、外出の状況を個々に調査する自己報告(self-report)が臨床的に意味がある指標である結論付けたのです(Lord SE, 2005)。

 

 この疑義に対する答えは間もなく示されました。

 

 2007年、インディアナ大学のSchmidらは、Perryらの歩行の6分類を3分類に簡略化し、歩行速度の改善と外出状況、QOLの変化との関係を明らかにしたのです。

 

 Schmidらは、対象となる脳卒中患者を10m歩行速度によって屋内歩行レベル(0.4m/s未満)、外出がやや困難なレベル(0.4-0.8m/s)、外出可能なレベル(0.8m/s以上)に分類しました。その後、3ヶ月間、歩行練習を行い、歩行速度の改善度と外出状況、QOLとの関係を調査しました。

 

 その結果、屋内歩行グループ、外出がやや困難なグループの歩行速度の改善は、外出の範囲を広げ、QOLを高めることが示されたのです。特に、屋内歩行レベルであったグループの歩行速度の改善は、外出の頻度を増加させ、QOLを高めることがわかりました(Schmid A, 2007)。

f:id:takumasa39:20160204142311p:plain

Fig.2:Schmid A, 2007より引用改変

 

 屋内歩行レベルの歩行速度が改善するとQOLが高まりやすいという結果は、外出頻度とQOLの関係を示しており、外出することが地域への参加につながり、QOLを向上に寄与するとSchmidらは推測しています。

 

 これらの経緯により、脳卒中患者の歩行速度は、患者さんの外出状況やQOLを反映し、歩行速度の改善が外出頻度の増加、QOLの向上に寄与することが明らかになりました。この報告をもとに、歩行速度は臨床的に意味のあるものとして認識され、現在でも脳卒中後の歩行能力の主要な指標(Primary outcome)になっているのです。

 

 

 Perry氏が示したように、脳卒中後の生活範囲の狭小化は人と関わる機会を奪います。脳卒中後の歩行速度を改善させることが外出範囲を広げ、友人や家族との関わりを強め、結果的にQOLを高めるのでしょう。

 

 自分の足で家から外にでて、友人や家族に会いにいく。これが幸せの第一歩なのかもしれません。セラピストは患者さんの歩行能力を高め、環境を整備し、この第一歩を支援することが業になるのです。

 

 

脳卒中リハビリテーション

脳卒中リハビリ①:バランス感覚には、足底感覚へのアプローチ! 

脳卒中リハビリ②:自転車トレーニングでは、速度一定でお願いします。

脳卒中リハビリ③:脳卒中早期からFES自転車運動で体幹機能を高めよう!

脳卒中リハビリ④:FES自転車運動は姿勢制御に効果的

脳卒中リハビリ⑤:自転車トレーニングは、ただ漕いでるだけじゃダメ。

脳卒中リハビリ⑥:自転車で突っ張る筋肉をほぐせるかも。

脳卒中リハビリ⑦:歩行スピードを高めたいなら、足関節背屈筋力を高めよう。

脳卒中リハビリ⑧:歩行距離をのばすには、やっぱり足関節背屈筋力?

脳卒中リハビリ⑨:上手に歩くためには、エンジンとブレーキ、どっちが大事?

脳卒中リハビリ⑩:歩行立脚期の機能改善には、この装具で。

脳卒中リハビリ⑪:遊脚期の足関節背屈を増強させる新しいトレーニング

脳卒中リハビリ⑫:視覚的フィードバックで知らないうちに歩行が変わる?

脳卒中リハビリ⑬:フィードバック療法で麻痺側の足を使えるようにしよう。

脳卒中リハビリ⑭:非麻痺側下肢も見逃すな。

脳卒中リハビリ⑮:ただ自転車を漕ぐだけではダメな根拠

脳卒中リハビリ⑯:片麻痺にもインソールは有効。

脳卒中リハビリ⑰:中殿筋への機能的電気刺激療法は、歩行の対称性を改善させます

脳卒中リハビリ⑱:効果的な立ち上がり練習の方法

脳卒中リハビリ⑲:立ち上がり動作と荷重感覚

脳卒中リハビリ⑳:筋力トレーニングだけでは効果なし

脳卒中リハビリ㉑:脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう

脳卒中リハビリ㉒:脳卒中後の歩行速度とQOL

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

 

Reference

Perry J, et al. Classification of walking handicap in the stroke population. Stroke. 1995 Jun;26(6):982-9.

Lord SE, et al. Measurement of community ambulation after stroke: current status and future developments. Stroke. 2005 Jul;36(7):1457-61.

Schmid A, et al. Improvements in speed-based gait classifications are meaningful. Stroke. 2007 Jul;38(7):2096-100.

 

「説明がわからない」「これが知りたい」などのご意見はTwitterまでご気軽にご連絡ください。