リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による「研究と臨床をつなげるための記録」

生体力学が教える速く歩くためのポイント

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最近、歩くのが遅くなった夫を見た妻は、余命や転倒リスクを心配して、夫を病院へ連れて行きました。

歩行速度で余命を予測しよう

歩行速度で転倒リスクを予測しよう

 

理学療法士に速く歩けるようになるためにはどうしたら良いか?と尋ねると、理学療法士はこう答えました。

「速く歩くためのポイントは2つあります」

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 1980年、サンディエゴにある小児保健センターのSutherlandらは、脛骨神経をブロックすると歩行速度が遅くなり、歩行の推進には足関節の底屈筋が関与していることを初めて報告しました(Sutherland DH, 1980)。

 

 その後、床反力計が開発され、歩行中の足関節モーメントが計測できるようになると1997年にKeppelらによって、足関節底屈モーメントが歩行の推進に寄与していることが明らかになりました(Kepple TM, 1997)。

 

 Keppelらの報告を皮切りに、2000年に入ると床反力計と筋電図を合わせた生体力学研究が大きな盛り上がりを迎えます。そこには2人のスタンフォード大学の研究者の功績があったのです。

 

 2001年、スタンフォード大学のNeptuneらは、立脚後期に生じる推進力には腓腹筋とヒラメ筋の筋活動が寄与するとともに、その役割はそれぞれ異なっていることを明らかにしました。腓腹筋は立脚終期であるターミナルスタンスで垂直方向へ重心を持ち上げるように作用し、ヒラメ筋はつま先離地期であるプレスイングで前方の推進力に作用することを示したのです(Neptune RR, 2001)。

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Fig.1:Neptune RR, 2001より引用改変

 

 また、Neptuneらは、2004年、立脚後期だけでなく、全歩行周期における床反力と筋活動の関係を明らかにしました。立脚後期の腓腹筋、ヒラメ筋の活動を再確認し、立脚前期では股関節伸展筋、膝関節伸展筋の筋活動が重心を押し上げるように働くことを報告しました(Neptune RR, 2004)。

 

 この報告を裏付けるように、2006年、スタンフォード大学のLiuらは、全歩行周期における床反力と筋活動の関係性をさらに明確にしました。下記の図は、全ての下肢筋と個々の筋の床反力と筋活動の大きさと方向を示しています。

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Fig.2:Liu MQ, 2006より引用改変

 

 Neptuneらの報告と異なる点は、立脚終期の重心の上方化に腓腹筋のみでなくヒラメ筋の関与も示したことです。ターミナルスタンスでの重心の低下を腓腹筋とヒラメ筋の筋活動によって防ぎ、プレスイングでヒラメ筋が前方へ身体を押し出すというメカニズムを明らかにし、歩行の推進にヒラメ筋が大きく寄与していることを示唆しました(Liu MQ, 2006)。

 

 ここまでは一定の歩行速度の研究でした。では、歩行速度が異なる場合は床反力と筋活動はどのように変化するのでしょうか?

 

 2008年、Neptuneらは速い歩行速度における床反力と筋活動の関係を明らかにしました。歩行速度の増加とともに、立脚前期では股関節、膝関節の伸展筋、足関節の底屈筋の筋活動が高まり、立脚後期では腓腹筋、ヒラメ筋の筋活動が高まりました。さらに、腸腰筋がプレスイングで活動性を高め、遊脚時の下肢の推進に寄与することがわかりました(Neptune RR, 2008)。

 

 同じ年にLiuらも同様の研究を報告しています。Liuらは歩行速度をとても遅い、遅い、普通、速いに分けて、それぞれの床反力と筋活動の変化を測定しました。

 

 その結果、歩行速度が増加すると床反力の推進力が増し、中殿筋を除く全ての下肢筋の筋活動が高まりました。

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Fig.3:Liu MQ, 2008より引用改変

 

 さらに、速く歩くための推進力の増加には、特にヒラメ筋の筋活動の増加が関与していることが明らかになったのです。

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Fig.4:Liu MQ, 2008より引用改変

 

 これらの結果から、Liuらは、歩行の推進力を上げるためには、腓腹筋とヒラメ筋による足関節底屈モーメントを増加させることが重要であると結論付けました(Liu MQ, 2008)。

 

 2001年から始まったNeptuneとLiuらの研究により、速い歩行速度には、腓腹筋とヒラメ筋による足関節底屈モーメントが大きく寄与することが示唆されているのです。



 理学療法士は妻に言いました。

「まずは、足の筋力トレーニングが必要です。特に地面を蹴る力をつけましょう」



 そして、2010年以降、生体力学のさらなる発展により、速く歩くためのもうひとつのポイントが明らかになるのです。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

 

Reference

Sutherland DH, et al. The role of the ankle plantar flexors in normal walking. J Bone Joint Surg Am. 1980 Apr;62(3):354-63.

Kepple TM, Siegel KL, Stanhope SJ. Relative contributions of the lower extremity joint moments to forward progression and support during gait. Gait Posture 1997;6:1-8.

Neptune RR, et al. Contributions of the individual ankle plantar flexors to support, forward progression and swing initiation during walking. J Biomech. 2001 Nov;34(11):1387-98.

Neptune RR, et al. Muscle force redistributes segmental power for body progression during walking. Gait Posture. 2004 Apr;19(2):194-205.

Liu MQ, et al. Muscles that support the body also modulate forward progression during walking. J Biomech. 2006;39(14):2623-30.

Neptune RR, et al. The effect of walking speed on muscle function and mechanical energetics. Gait Posture. 2008 Jul;28(1):135-43.  

Liu MQ, et al. Muscle contributions to support and progression over a range of walking speeds. J Biomech. 2008 Nov 14;41(15):3243-52.