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変形性股関節症の保存療法の基本戦略③


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 変形性股関節症の保存療法の効果的な介入とは、股関節症を悪化させる影響度の高いリスクファクターを明らかにし、優先的に対応策を講じることです。

 

 股関節に生じるメカニカルストレスの局所的な増加は、滑膜炎による軟骨変性や骨のリモデリングを発生させます。その結果、関節スペースが狭まり、さらにメカニカルストレスが増大するという悪循環によって変形性股関節症が悪化します。

変形性股関節症の保存療法の基本戦略①

 

 変形性股関節症を悪化させるメカニカルストレスは、近年の生体力学研究により、股関節に生じる「接触応力(Contact force)」が主要因であり、接触応力は体重などではなく、歩行時の殿筋の筋活動によって生成されることが明らかになっています。

変形性股関節症の保存療法の基本戦略②

 

 このような観点から、殿筋の筋活動が変形性股関節症の保存療法のkey wordになってくるのです。では、変形性股関節症の殿筋は歩行時の接触応力を高めるような特異的な筋活動を有しているのでしょうか?

 

 今回は、近年の変形性股関節症の歩行時の筋活動研究をご紹介していきましょう。

 

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 2013年、ケンタッキー大学のDwyerらは、変形性股関節症の歩行時や段差昇降時にみられる中殿筋の特異的な筋活動について報告しています。

 

 末期の変形性股関節症の患者17名と健常者17名を対象として、歩行時、段差昇降時の中殿筋の筋活動を表面筋電図を用いて計測しました。その結果、末期の変形性股関節症では健常者に比べて、歩行時、段差昇降時ともに中殿筋の筋活動のピークが増加していることが明らかになったのです。(Dwyer MK, 2013)。

 

 Dwyerらの報告を受けて、2015年、ダルハウジー大学のRutherfordらは、末期のみでなく初期の変形性股関節症の患者も対象に加えて歩行時の筋電図分析を行いました。

 

 対象は変形性股関節症の末期の患者20名、初期の患者20名、健常者20名です。筋電図は中殿筋と大殿筋を測定しています。さらに、筋電図測定は筋活動のピークのみでなく、インパルスもアウトカムに加え、包括的に測定しました。

*インパルスとは時間的要素を付加(積分)して歩行周期全体の筋活動を示したものです。

 

 その結果、変形性股関節症の中殿筋と大殿筋はそれぞれ病期によって特異的な筋活動を示すことが明らかになったのです。

 

 まず、中殿筋の筋活動を見てみましょう。健常者の場合、立脚期に二峰性のピークを認めます。立脚初期に大きなファーストピークがあり、次いで立脚中期にセカンドピークが生じます。しかし、変形性股関節症では以下のような特異的な筋活動が生じていました。

 

 初期の変形性股関節症では、ファーストピーク後の低下が少ないことと遊脚期を通して筋活動が増加していました。そして末期の変形性股関節症では、ファーストピーク後の低下はほとんどなくなり、セカンドピークが大きく増加しています。さらに遊脚期においても筋活動が大きく増加していました。

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Fig.1:Rutherford DJ, 2015より引用改変

   

 変形性股関節症の中殿筋は、初期から末期になるとファーストピーク後の低下がほとんどなくなり、セカンドピークが大きく増加します。さらに遊脚期を通じて筋活動が大きく増加するため、歩行周期全体の活動量を示したインパルスが著明に増大するのです。

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Fig.2:Rutherford DJ, 2015より引用改変。末期の変形性股関節症に見られる中殿筋の筋活動の増加量を示しています。

 

 次に、大殿筋の筋活動を見てみましょう。健常者の大殿筋では立脚初期に大きなピークが生じます。初期の変形性股関節症では健常者に比べて筋活動の変化はありませんでした。しかし、末期の変形性股関節症では立脚初期のピーク後の筋活動が増加し、遊脚後期の増加も認められました。

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Fig.3:Rutherford DJ, 2015より引用改変

 

 変形性股関節症の大殿筋は、初期では健常者と同じような筋活動を示しますが、末期になると立脚初期のピークの筋活動が立脚中期まで延長し、遊脚後期の筋活動の立ち上がりも早いため、歩行周期を通じたインパルスが増加するのです。

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Fig.4:Rutherford DJ, 2015より引用改変。末期の変形性股関節症に見られる大殿筋の筋活動の増加量を示しています。

 これらの結果から、変形性股関節症は健常者に比べて、殿筋の筋活動は歩行周期を通じて増加することが明らかになっています。さらに、このような特異的な筋活動の変化は、初期から末期へと病期の進行に応じて大きくなるのです。

 

 Rutherfordらは、変形性股関節症に見られる殿筋の特異的な筋活動は、股関節の安定化や筋疲労が起因していると推測しています。そして特異的な筋活動が股関節の接触応力を高める要因になるだろうと述べています(Rutherford DJ, 2015)。

 

 筋電図より得られる筋活動の所見は、筋のコンディションによって影響されます。その原因は筋の萎縮や疲労、関節可動域制限、求心性収縮や遠心性収縮といった収縮形態とされています。特に筋疲労は運動単位の数や発射頻度を増加させ、発動電位の持続時間の延長や伝導速度の遅延など、筋活動の量やタイミングに影響を与えることがわかっています(Sadoyama T, 1981)。


 変形性股関節症の保存療法では、筋力や関節可動域の維持、改善に加えて、筋疲労などの筋のコンディションに対する介入によって殿筋の特異的な筋活動を改善することが求められるでしょう。

 

「筋のコンディショニングにより股関節へのメカニカルストレスを軽減させる」

 

 これが現代の生体力学が示す変形性股関節症の保存療法の基本戦略になるのです。

 

 

変形性股関節症の保存療法

シリーズ①:変形性股関節症の保存療法と基本戦略①

シリーズ②:変形性股関節症の保存療法と基本戦略②

シリーズ③:変形性股関節症の保存療法と基本戦略③

 

変形性股関節症リハビリテーション

股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント

股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点

股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由

股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方

股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か

股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2) 

股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント

股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント

股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法

股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度

股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法

股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展

股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ

股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法

股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント

股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)

股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨

股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)

股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ

 

Reference

Dwyer MK, et al. Comparison of gluteus medius muscle activity during functional tasks in individuals with and without osteoarthritis of the hip joint. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2013 Aug;28(7):757-61.

Rutherford DJ, et al. Hip joint motion and gluteal muscle activation differences between healthy controls and those with varying degrees of hip osteoarthritis during walking. J Electromyogr Kinesiol. 2015 Dec;25(6):944-50.

Sadoyama T, et al. Frequency analysis of surface EMG to evaluation of muscle fatigue. Eur J Appl Physiol Occup Physiol. 1981;47(3):239-46.

 

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