リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士・トレーナーによる「研究と臨床をつなげるための記録」

ヒトの大脳皮質と予測的姿勢制御 ①

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 1985年、アメリカの生理学者であるLibetらは、脳科学の視点から「自由意志」の存在を疑う研究論文”Unconscious cerebral initiative and the role of conscious will in voluntary action”を発表しました(Libet B. 1985)。この論文の内容は「リベットの実験」として多くの書籍に引用されています。

 

 自分の手首を動かそうとするとき、誰でもそれは自分の意志によって実行されたと思います。しかし、リベットの実験では、手首を動かそうと意図する前に脳の活動が始まっていることを示したのです。

 

 Libetらは、被験者に手首を動そうと意図した時間と実際に動かした時間を計測しました。意図から実行までの時間は0.2秒でした。次に、脳波を測定したところ、実際に手首を動かす0.55秒前に脳の活動が記録されたのです。

 

 脳は、手首を動かそうと意図する0.35秒前から活動していることが明らかになったのです。

 

 「私たちが行動しようと意図する前から脳が活動しているとすると、私たちの自由意志とはいったい何のだろうか…」とLibetは述べています。



 今回は、立位姿勢の予測的姿勢制御について近年の脳波研究を紹介しながら、大脳皮質と姿勢制御の関係についてさらに考察していきましょう。

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 私たちは意識せずに安定した立位をとることができますが、立位姿勢制御には視覚、前庭感覚、固有感覚といった多くの感覚入力と抗重力筋の出力により成り立っています。

ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

 

 生体力学の視点では、安定した立位とは身体重心(Center of mass:COM)が足圧中心(Center of presure:COP)の真上に位置していることを言います。これはバットを手のひらに乗せてバランスをとることを想像するとわかりやすですよね。

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 バットが倒れそうになったときは手のひらを動かすことによってCOP上にCOMが位置するように制御します。

 

 ヒトの立位姿勢の場合、COMの偏位に対して足関節底屈筋などの抗重力筋がCOMをCOPの真上に引き戻すように働きます。体重計に乗るとただ立っているだけなのにメモリが小刻みに動いているのは姿勢のゆらぎ(COMの小さな偏位)を抗重力筋がたえず制御している結果なのです。

 

 立位で手を挙上するとき、COMを前方へ移動させようとする慣性力が働きます。そのため身体が前に倒れないように挙上運動の前に抗重力筋の筋活動が始まります。この姿勢制御によって安定した立位(COMがCOP上に位置した状態)で手を挙上することができるのです。この動作に先行して行われる姿勢制御を「予測的姿勢制御(anticipatory postural adjustments:APA)」と言います。

 

 私たちが安定して立ちながらスマホを見たり、サッと手を挙げたりできるのはAPAのおかげなんですよね。 



◆ 予測的姿勢制御を司るのは補足運動野

 

 冒頭で紹介したLibetらは、脳波計測により手首を動かそうと意図する0.35秒前から脳が活動していることを発見し、自由意志の存在に異議を突きつけました。

 

 このように脳波は高い時間分解能によってミリ秒単位の計測が可能です。2008年、千葉大学のYoshidaらは脳波を用いて予測的姿勢制御に関与する大脳皮質の領域を明らかにしました。

 

 健常者を対象に、座位、立位で上肢を挙上させた際の三角筋、脊柱起立筋、腹直筋、大腿直筋、大腿二頭筋の筋電図を測定しました。また、脳波により得られる運動関連脳電位の成分である準備電位を計測しました。準備電位とは運動の準備状態を反映する電位のことを言います。

 

 その結果、立位の上肢挙上では、基準となる肩挙上に伴う三角筋の筋活動に先行して0.45〜0.5秒前から大腿二頭筋、脊柱起立筋の筋活動が認められたとともに、補足運動野領域の準備電位の増大が0.5〜0.6秒前に認められたのです。

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Fig.1:Yoshida S, 2008より引用改変。

 

 Yoshidaらは、この結果から補足運動野を中心とした大脳皮質領域がAPAの神経制御に関与していると示唆しています(Yoshida S, 2008)。

 

 旭川医科大学の高草木氏はパーキンソン病などの疾病モデル(Jacobs JV, 2009)から先行性(予測的)姿勢制御は補足運動野が関与するという作業仮説を述べています。補足運動野で生成された姿勢制御のプログラムが皮質網様体脊髄路を介し、随意運動に先行して構えの姿勢などの姿勢調整を実現するとしています(高草木, 2009)。

  

 Yoshidaらの知見は、高草木氏の先行性姿勢制御の作業仮説を裏付けるものになるでしょう。補足運動野では生成した姿勢制御プログラムを随意運動に先行して投射し、予測的姿勢制御を行こなうことによって動作時のCOMの安定を図っているのです。

 

 それでは、下肢のステップ運動時の予測姿勢制御においても補足運動野が関与しているのでしょうか?下肢のステップ運動は、上肢の挙上運動に比べて生体力学的な予測的姿勢制御が異なり、いわゆる「逆応答現象」が生じます。

 

 次回は下肢のスッテプ時の予測的姿勢制御と大脳皮質の脳活動に関する知見を紹介していきましょう。

 

 それにしても、私たちが手を挙げようと思う前に、脳が手を挙げる準備をしているというのは不思議ですね…

 

 

姿勢制御のしくみとリハビリテーション

シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう

シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

シリーズ③:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①

シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②

シリーズ⑤:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①

シリーズ⑥:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②

シリーズ⑦:ヒトの大脳皮質と予測的姿勢制御 ①

 

脳のしくみとリハビリテーション

シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう

シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

シリーズ③:脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう

シリーズ④:脳卒中の発症部位と歩行速度

シリーズ⑤:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①

シリーズ⑥:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②

シリーズ⑦:ヒトの皮質網様体路と歩行制御 

シリーズ⑧:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①

シリーズ⑨:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②

シリーズ⑩:ヒトの大脳皮質と予測的姿勢制御 ①

 

参考文献

高草木 薫, ニューロリハビリテーションにおけるサイエンス. 脊髄脊椎ジャーナル. 2014.

 

Reference

Libet B. Unconscious cerebral initiative and the role of conscious will in voluntary action.  Behav. Brain Sci. 8, 529–566 (1985).

Jacobs JV, et al. The supplementary motor area contributes to the timing of the anticipatory postural adjustment during step initiation in participants with and without Parkinson's disease. Neuroscience. 2009 Dec 1;164(2):877-85.

Yoshida S, et al. Anticipatory postural adjustments modify the movement-related potentials of upper extremity voluntary movement. Gait Posture. 2008 Jan;27(1):97-102.

 

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