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リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による「研究と臨床をつなげるための記録」

ステップ動作の予測的姿勢制御を理解しよう!

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 生体力学が言う安定した立位とは、身体重心(Center of mass:COM)が足圧中心(Center of pressure:COP)の真上に保たれている状態のことです。手のひらで棒を立ててバランスをとる場面を想像するとわかりやすですね。

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 立位で上肢を挙上させるとCOMを前方へ移動させようとする慣性の力が生じます。COMが前方に移動するとCOPから逸脱してしまうため、体が前に倒れてしまいます。これでは安定して上肢を挙上することができないので、上肢を挙上する前から脊柱起立筋やハムストリングスなどの筋を活動させてCOMの前方移動を防ぐ姿勢制御が働いているのです。この動作に先行する姿勢制御を予測的姿勢制御(anticipatory postural adjustments:APA)と言います。

 

 そして立位での上肢の挙上動作の予測姿勢制御には大脳皮質の補足運動野(SMA)が関与していることが脳波研究により示されています。

ヒトの大脳皮質と予測的姿勢制御 ①

 

 では、立位での下肢のステップ動作ではどのような予測的姿勢制御が働き、それは大脳皮質のどの部位が関与しているのでしょうか?

 今回は、ステップ動作の予測的姿勢制御のしくみを簡単に理解していきましょう。

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 左足を一歩前に出す場面をイメージして下さい。左足を前に出すためには、重心(COM)を右足に乗せることは容易にイメージできると思います。では、その際のCOPの移動の軌跡を見てみましょう。

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 左足を一歩前に出すのに、足圧の中心であるCOPは一度、左足の踵のほうへ移動し、その後に右足に移動していきます。この左足に足圧を移動させることがステップ動作の予測的姿勢制御であり、いわゆる逆応答現象と言われています(Cau N, 2014)。

 

 では、なぜ、支持する右足ではなく、逆の振りだす左足にCOPを移動させる必要があるのでしょうか?

 

 私たちの歩行が適応する基準は「歩きやすさ」です。歩く速度がそれぞれの人によって異なるように、身体の状態に合わせて、もっとも歩きやすい(身体にとって快適な)速度が無意識下に規定されいるのです。

歩き方をデザインする基準

 

 歩行を獲得した400万年前、ヒトは少ない食料(エネルギー)で長距離を移動しなければなりませんでした。生き延び、子孫を残すためにはエネルギーを節約した歩容に適応する必要があり、進化の過程で自然選択されてきたのです。

歩行の起源

 

 このような進化の形はステップ動作にも反映されています。

 

 COP上にCOMが位置する安定した立位から左足を一歩前に出すためには、COMを右足側に移動させ、さらに前方へ移動させていく必要があります。

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 このようなCOMの移動は筋活動により行えますが、もっと省エネする方法はないのでしょうか?

 

 手のひらに乗せた棒をイメージしてみましょう。この棒を前方へ倒すためにはどのようにしたら良いでしょうか?手前に手のひらを引けばいいんですよね。そうすることでCOMがCOPの前方に逸脱するため、棒は勝手に前へ倒れてくれるのです。

 

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  では、今度は棒を横方向へ倒すためにはどうしたら良いでしょうか?これも同じように反対側へ手のひらを動かせばCOMがCOPの側方へ逸脱して勝手に側方へ倒れてくれます。

 

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 もう一度、左足をステップする際のCOMとCOPの移動の軌跡を見てみましょう。

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 安定した立位ではCOP上にCOMが位置しています。左足を一歩、前に出すためにはCOMを前方および右側へ移動させなければなりません。その際、事前にCOPを左足の踵方向へ移動させることによってCOMを前方および右側へ逸脱させることができます。すると手のひらの棒と同じように身体が勝手に前方および右側へ倒れるのです。身体が倒れるとCOMも移動するので無駄な筋活動を使わずに省エネ化したステップが行えるのです。これがステップ動作の予測的姿勢制御のメカニズムなんですね。

 

 ヒトの身体はミリ秒単位でこのような姿勢制御を行うことによって、意識せず、努力せずに歩き出すことができているのです。



◆ すくみ足のメカニズム

 

 ステップ動作の予測的姿勢制御が損なわれると歩き始めの一歩が出づらくなります。その症状の代表がパーキンソン病の「すくみ足(Freezing of gait)」です。

 

 パーキンソン患者のステップ動作のCOPの移動の奇跡を健常者と比べてみましょう。下の図はFernandezらが行ったパーキンソン患者と本態性振戦患者のステップ動作時のCOPの軌跡を健常者と比べたものです。

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Fig.1:Fernandez KM, 2013より引用改変

 

 健常者に比べて特にパーキンソン患者では後方へのCOPの移動が少ないことがわかります。そのため、ステップに必要となるCOMの前方移動が難しくなり、足が出にくくなるのです。これがすくみ足のメカニズムになります。

 

 

 では、このようなステップ動作の予測的姿勢制御に大脳皮質は関与しているのでしょうか?

 次回はステップ動作時の脳波研究の知見をご紹介していきます。そこから予測姿勢制御に対する神経活動の課題特異性が垣間見れます。予測的姿勢制御の課題によって神経活動が異なるという知見は臨床に応用できるかもしれません。

 

 

姿勢制御のしくみとリハビリテーション

シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう

シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

シリーズ③:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①

シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②

シリーズ⑤:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①

シリーズ⑥:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②

シリーズ⑦:ヒトの大脳皮質と予測的姿勢制御 ①

シリーズ⑧:ステップ動作の予測的姿勢制御を理解しよう!

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

歩行のしくみ⑱:ステップ動作の予測的姿勢制御を理解しよう!

 

Reference

Cau N, et al. Center of pressure displacements during gait initiation in individuals with obesity. J Neuroeng Rehabil. 2014 May 7;11:82.

Fernandez KM, et al. Gait initiation impairments in both Essential Tremor and Parkinson's disease. Gait Posture. 2013 Sep;38(4):956-61.


参考資料

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