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網様体脊髄路と前庭脊髄路から筋緊張の制御メカニズムを理解しよう


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 2015年、テキサス大学のLiらは、痙縮のメカニズムについての新しい知見をまとめたシステマティックレビュー”New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity”を発表しました。

 

 通常、脊髄の反射回路の興奮性は、上位運動ニューロンにより促通と抑制のバランスが保たれるように制御されています。そのため、腱反射が消失したり、過度に亢進することはありません。

 

 このレビューでLiらは、上位運動ニューロンの障害による脊髄への促通および抑制のバランスが崩れた結果として痙縮が生じることを様々な知見から考察しています(Li S, 2015)。

 

 ですが、上位運動ニューロンには5つの下行性経路があり、どの経路が脊髄の反射回路を制御し、痙縮に関与しているのかということはあまり知られていません。

 

 そこで前回、5つの下行性経路の機能的特性から「視蓋脊髄路、赤核脊髄路、皮質脊髄路は痙縮に関与しない」ことを確認しました。

上位運動ニューロンのメカニズムから痙縮について考えよう

 

 今回は、網様体脊髄路、前庭脊髄路について考察し、筋緊張の制御メカニズムから痙縮の理解につなげていきましょう。

 

Table of contents



◆ 背側網様体脊髄路は筋緊張の亢進を抑制する

 

 網様体脊髄路は、延髄の網様体からの背側網様体脊髄路と、橋の網様体からの内側網様体脊髄路に分けられます。まずは背側網様体脊髄路から見ていきましょう。

 

 背側網様体脊髄路は、延髄の網様体に起源をもちます。延髄網様体は背側網様体脊髄路を介して四肢の筋緊張を制御する役割を担っており、その機能は大脳皮質からの皮質網様体路によって制御されています。

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Fig.1:Li S, 2015より引用改変

 

 では、延髄網様体を制御している皮質網様体路が損傷された場合、四肢の筋緊張はどのようになるのでしょうか? 

 

 前回のエントリ(9/18)で紹介した1968年に行われたLawrenceとKuypersのサルの皮質脊髄路を人為的に損傷させる実験には続きがあります。

 

 Lawrenceらはサルの皮質脊髄路を損傷させた結果、起立や歩行などの動作は障害されないが、手指や上肢の分離運動が困難になることを明らかにしました。この実験により、初めて皮質脊髄路は末梢の分離運動の制御に関与していることがわかったのです。

 

 しかし、ここで実験は終わりませんでした。Lawrenceらは次に皮質網様体路を人為的に損傷させたのです。

 

 その結果、サルは体幹や近位筋の制御が困難になり、歩くことや立つことができなくなりました。そして筋緊張の亢進が認められたのです(Lawrence DG, 1968)。

 

 また、皮質網様体路は運動前野や補足運動野を起源としています。そこで、サルの運動前野や補足運動野を損傷させる実験も行われました。その結果は、やはり伸張反射が増大し、筋緊張の亢進が認められました(Gilman S, 1971)。

 

 ヒトにおいても病態モデルから下行性経路の役割を調査した結果、運動前野や皮質網様体路の損傷により痙縮が生じることが示されています(Fries W, 1993)。

 

 これらの知見から、延髄網様体は背側網様体脊髄路を通じて脊髄の反射回路の興奮性を抑制する機能をもっており、延髄網様体の抑制機能は、大脳皮質からの皮質網様体路によって制御されていることが示唆されました。

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Fig.2:Li S, 2015より引用改変

 

 運動前野や皮質網様体路が損傷されると延髄網様体の抑制機能が働かなくなり、背側網様体脊髄路を通じて脊髄の反射回路の興奮性を抑制することができなくなります。脱抑制となった脊髄の反射回路の興奮性は高まり、筋緊張の亢進が生じるのです。

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Fig.3:Li S, 2015より引用改変

 

 網様体脊髄路は、延髄網様体からの脊髄の興奮性を「抑制」する作用を伝える重要な下行性経路と考えられています。

 

 

◆ 前庭脊髄路、内側網様体脊髄路は、筋緊張の亢進を促通する

 

 除脳硬直は中脳レベルでの重度な損傷により生じる病変です。除脳硬直では体幹の伸展とともに過剰な下肢の抗重力筋の筋緊張亢進が認められます。

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 では、なぜ、除脳硬直ではこのような特異的な症状が出現するのでしょうか?



 前庭脊髄路は橋から延髄にある外側前庭核を起源とし、前庭器官からの重力情報に反応して頚部、体幹、下肢の筋緊張に関与します。

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Fig.4:Li S, 2015より引用改変

 

 前庭脊髄路の脊髄の反射回路への関与は、前庭電気刺激(Galvanic vestibular stimulation:GVS)を用いた研究により明らかにされています。

 

 GVSは、微弱な電気刺激により非侵襲的に前庭脊髄路を促通したり、抑制することができます。Kennedyらは、前庭脊髄路が脊髄の興奮性に与える影響について、GVSを用いてヒラメ筋のH反射を検証しました。

 

*H反射の簡単な説明についてはコチラをご覧ください。

H反射を理解して立位姿勢制御のしくみを知ろう

 

 結果は、GVSにより前庭脊髄路を興奮させるとヒラメ筋のH波の振幅は増大しますが、抑制ではH波の振幅は変わらないことが示されました。

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Fig.5:Kennedy PM, 2004より引用改変

 

 この結果から、前庭脊髄路は足関節底屈筋の反射回路の興奮性を促通させる機能を有していることが示唆されています(Kennedy PM, 2004)。

 

 重力方向の変化を前庭器官が感知すると、前庭脊髄路は興奮し、脊髄の反射回路の興奮性を促通します。私たちが安定した立位を保てるのも、わずかな頭部の変位に応じて、前庭脊髄路が重心を基底面内に維持させるように抗重力筋の興奮性を促通してくれているからなのです。

 

 このような知見から、前庭脊髄路は、下肢の屈筋を抑制し、伸筋の脊髄の反射回路の興奮性を「促通」させる機能的特性をもっていると考えられています。

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Fig.6:Li S, 2015より引用改変

 

 

 また、網様体脊髄路のもうひとつの下降路である内側網様体脊髄路は、橋の網様体に起源をもち、体幹や近位筋の筋緊張の制御に関与しています。

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Fig.7:Li S, 2015より引用改変

 

 ヒトは急に大きな音を聞いて驚くと背筋がピンとのびて、下肢の抗重力筋の筋緊張が反射的に亢進します。このような反応は、驚愕反射といわれ、音による驚愕反射を聴覚性驚愕反射(Audiogenic startle reflex:ASR )と言います。

 

 ASRは、動物実験や病態モデルから、反射中枢が橋の網様体にあることがわかっています(Davis M, 1982)。

 

 このようなASRのメカニズムをもとに、橋の網様体に起源をもつ内側網様体脊髄路の機能を調査する研究が行われました。

 

 錐体路を損傷した急性期の脳卒中患者を対象に、ASRによる反応を見てみると、弛緩性麻痺にも関わらず筋緊張の亢進を認めました(Voordecker P, 1997)。さらに、痙縮のある脳卒中患者では、ASRによる過度の筋緊張亢進が見られたのです(Jankelowitz SK, 2004)。

 

 動物実験から橋の網様体は筋緊張の制御に関与することが示されています。ASRの研究により、ヒトにおいても橋の網様体は筋緊張を制御し、内側網様体脊髄路を通じて、脊髄の反射回路の興奮性を「促通」させる機能を担っていることが示唆されています。

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Fig.8:Li S, 2015より引用改変

 

 

 筋緊張を反映する脊髄の反射回路の興奮性は、橋・延髄の外側前庭核に起源をもつ前庭脊髄路と、橋の網様体に起源をもつ内側網様体脊髄路の2つの下降路による促通機能と、延髄の網様体に起源をもつ外側網様体脊髄路による抑制機能によってバランスが保たれているのです。

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Fig.9:Li S, 2015より引用改変

 

 そして、もうひとつの特徴は、前庭脊髄路、内側網様体脊髄路ともに大脳皮質の関与を受けないということです。大脳皮質の関与を受けているのは、皮質網様体路を介して制御されている脊髄の反射回路を抑制する外側網様体脊髄路のみとなります。

 

 除脳硬直を発症させるのは、橋・延髄より上の中脳レベルでの大きな損傷です。中脳レベルの損傷では、皮質網様体路のみが損傷され、大脳皮質と連結のない前庭脊髄路や内側網様体路は影響を受けません。結果的に皮質網様体路の損傷による延髄網様体の機能不全により脊髄の反射回路は脱抑制となります。

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Fig.10:Li S, 2015より引用改変

 

 さらに、影響を受けない前庭脊髄路と内側網様体脊髄路は脊髄の反射回路の興奮性を促通し続けるため、除脳硬直の特異的な症状である過剰な体幹伸展や下肢の伸展パターンが形成されるのです。



 このような除脳硬直のメカニズムは、痙縮のメカニズムに似ています。次回、これらの知見から上位運動ニューロン障害による痙縮のメカニズムを明らかにしていきましょう。

 

 

◆ 読んでおきたい参考記事

シリーズ①:筋紡錘のメカニズムから痙縮について考えよう

シリーズ②:筋紡錘のメカニズムから考える痙縮へのアプローチ

シリーズ③:上位運動ニューロンのメカニズムから痙縮について考えよう

シリーズ④:網様体脊髄路と前庭脊髄路から筋緊張の制御メカニズムを理解しよう

シリーズ⑤:痙縮の発症メカニズムを理解しよう  

 

Reference

Li S, et al. New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity. Front Hum Neurosci. 2015 Apr 10;9:192.

Lawrence DG, Kuypers HG. The functional organization of the motor system in the monkey. II. The effects of lesions of the descending brain-stem pathways. Brain. 1968 Mar;91(1):15-36.

Gilman S, et al. Experimental hypertonia in the monkey: interruption of pyramidal or pyramidal-extrapyramidal cortical projections. Trans Am Neurol Assoc. 1971;96:162-8.

Fries W, et al. Motor recovery following capsular stroke. Role of descending pathways from multiple motor areas. Brain. 1993 Apr;116 ( Pt 2):369-82.

Kennedy PM, et al. Vestibulospinal influences on lower limb motoneurons. Can J Physiol Pharmacol. 2004 Aug-Sep;82(8-9):675-81.

Davis M, et al. A primary acoustic startle circuit: lesion and stimulation studies. J Neurosci. 1982 Jun;2(6):791-805.

Voordecker P, et al. Audiogenic startle reflex in acute hemiplegia. Neurology. 1997 Aug;49(2):470-3.

Jankelowitz SK, et al. The acoustic startle reflex in ischemic stroke. Neurology. 2004 Jan 13;62(1):114-6.