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リハビリmemo

大学病院勤務、大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による、研究と臨床をつなげるための記録

変形性膝関節症の術後の痛みが転倒のリスク因子になる

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 今回は、雑誌Clinical biomechanicsの2016年9月号からオットー・フォン・ゲーリケ大学のHamacherらの報告をご紹介します。

 

 Hamacherらは、2010年ごろより転倒に関する論文をすごい勢いで報告をしています。今回は「人工膝関節術後の疼痛が転倒のリスク因子になるのでは?」というリサーチクエスチョンのもと、検証をおこないました。この研究は短報(Short communication)ではありますが、研究背景が論理的であり、また臨床に多くの示唆を与えてくれる内容になっています。



◆ 足部クリアランスが転倒リスクのパラメータになる

 

 2013年、雑誌Lancetに掲載された高齢者の転倒現場を検証した報告では、転倒の原因は不適切な体重移動(41%)が最も多く、次いで、つまずき(21%)、ぶつかり(11%)、支え物の損失(11%)となっています(Robinovitch SN, 2013)。

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Fig.1:Robinovitch SN, 2013より引用改変

 

 Hamacherらはこのような転倒要因の中から、「つまずき」に注目しました。

 

 つまずきには、歩行時の足部クリアランスの低下が大きく寄与すると言われています。若年者よりも高齢者では足部クリアランスが低下しやすく、また転倒癧のない高齢者よりも転倒癧のある高齢者では、さらに足部クリアランスが低下していることがシステマティックレビューにより明らかになっています(Barrett RS, 2010)。

 

 では、どのうような状況で足部クリアランスは低下しやすいのでしょうか?

 

 日常生活の環境は、多くの注意が必要な多重認知環境です。私たちはスマホを見ながら、友達と話したり、車の往来に注意しながら歩くことができます。しかし、これが高齢者ならどうでしょうか?

 

 若者と高齢者を対象に、水の入ったグラスをもちながら歩く二重課題を行うと、若者に比べて、高齢者では有意に足部クリアランスが低下することが報告されています(Santhiranayagam BK, 2015)。

 

 歩行中の足関節の運動は、股関節や膝関節と異なり、大脳皮質による高次の制御を受けています。加齢に伴う注意能力の低下は、高次の運動機能に影響を与えるため、高齢者の二重課題では足部クリアランスが低下すると推察されています(Hamacher D, 2015)。

 

 加齢によりもともと認知処理能力が低下している高齢者の場合、多くの注意が必要な日常生活では容易に足部クリアランスが低下するのです。 

 

 Hamacherらはこれらの知見から、二重課題による足部クリアランスの変化が転倒のパラメータになると考えました。



◆ 疼痛が認知能力を低下させる

 

 最近まで、「痛みが転倒のリスク因子になる」という考えは一般的ではありませんでした。しかし、2010年以降に痛みと転倒の関係を調査したシステマティックレビューが発表され、痛みが転倒のリスク因子になるということが明らかになってきました(Stubbs B, 2014)。

 

 コンピーター上で、注意などの高次機能を使う課題(朝食を作る過程を問う課題やクルスワードのような言葉のパズル)を被験者が痛みがある状態と痛みがない状態で比較すると、痛みがある状態において、有意に課題達成能力が低下することが示されています(Keogh E, 2013)。

 

 また、痛みの強度や箇所と高齢者のバランス能力の関係を調査した研究では、痛みが強いほど、また痛みの箇所が多いほど、高齢者のバランス能力が低下することが示されています(Stubbs B, 2016)。

 

 それゆえ、Hamacherらは痛みが認知機能と高次の運動制御能力を阻害し、認知能力を低下させることから、痛みが歩行中の認知能力にも影響を与えると推察しました。

 

 実際、健常者と腰痛患者を対象に、歩行中に二重課題を行うと、健常者に比べて、腰痛患者では有意に歩行の不安定性が認められています(Hamacher D, 2014)。



 これらの背景から、Hamacherらは「人工膝関節置換術(TKA)後の疼痛が認知能力を低下させ、歩行時の二重課題によって足部クリアランスが低下するだろう」という仮説を立て、検証したのです。

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

 研究デザインは横断的研究(Cross-sectional study)です。

 

 対象は、TKA術後4~6週が経過した患者36名(平均64.4歳)としました。疼痛の程度は、簡便な痛み質問票(Brief Pain Inventory:BPI)を用いて評価しています。

*BPIとは、痛みの程度および痛みによる気分や行動につ いて10段階で評価する簡易式スケール

 

 また、対象者は、通常歩行と二重課題での歩行を行い、それぞの歩行時の足部クリアランスを歩行解析装置を用いて計測しました。そして通常歩行と二重課題歩行による足部クリアランスの変化量と、疼痛の程度との関係性を統計学的に検証しました。

 

 その結果、中等度の正の相関(r=0.416)が認められました。つまり、疼痛の程度が強いほど、二重課題の歩行時の足部クリアランスが低下しやすいことが明らかになったのです。

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Fig.2:Hamacher D, 2016より引用改変

 

 この結果から、術後の疼痛が強い患者ほど、認知負荷が高まると足部クリアランスが低下しやすい傾向にあることが示唆されました。Hamacherらは、術後の強い疼痛により認知能力が低下しやすく、その状態で認知負荷が生じたときに足部クリアランスが低下し、つまずきのによる転倒が生じるのだろうと述べています。

 

 

 Hamacherらの報告から示唆されることは、疼痛が強い場合、それだけで通常よりも認知能力が低下しており、多重認知環境である日常生活では歩行のパフォーマンスが低下しやすく、転倒しやすいということです。疼痛の強い患者さんの歩行観察では、通常の歩行観察のみでなく、二重課題での歩行観察を追加し、歩行パフォーマンスの変化を評価したほうが良いでしょう。

 

 今回は変形性膝関節症が対象でしたが、今後は他の疾患においても、疼痛が転倒のリスク因子になるという報告が数多く見られるようになるかもしれませんね。

 

 

転倒の科学

転倒の科学①:健康寿命から考える転倒予防

転倒の科学②:転倒予防のリスクマネージメント① 転倒のリスク因子を知ろう! 

転倒の科学③:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!AGS編 

転倒の科学④:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!CDC編

転倒の科学⑤:有効なバランス能力の評価とは?

転倒の科学⑥:バランス能力の評価を再考しよう

転倒の科学⑦:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

転倒の科学⑧:変形性膝関節症の術後の痛みが転倒のリスク因子になる

転倒の科学⑨:睡眠薬のメカニズムと転倒リスクについて知っておこう

 

Reference

Hamacher D, et al. Pain severity reduction in subjects with knee osteoarthritis decreases motor-cognitive dual-task costs. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2016 Sep 22;39:62-64.

Robinovitch SN, et al. Video capture of the circumstances of falls in elderly people residing in long-term care: an observational study. Lancet. 2013 Jan 5;381(9860):47-54.

Barrett RS, et al. A systematic review of the effect of ageing and falls history on minimum foot clearance characteristics during level walking. Gait Posture. 2010 Oct;32(4):429-35.

Santhiranayagam BK, et al. Minimum toe clearance events in divided attention treadmill walking in older and young adults: a cross-sectional study. J Neuroeng Rehabil. 2015 Jul 12;12:58.

Hamacher D, et al. The Effect of a Six-Month Dancing Program on Motor-Cognitive Dual-Task Performance in Older Adults. J Aging Phys Act. 2015 Oct;23(4):647-52.

Stubbs B, et al. Pain and the risk for falls in community-dwelling older adults: systematic review and meta-analysis. Arch Phys Med Rehabil. 2014 Jan;95(1):175-187.

Keogh E, et al. The disruptive effects of pain on complex cognitive performance and executive control. PLoS One. 2013 Dec 30;8(12)

Stubbs B, et al. Musculoskeletal pain characteristics associated with lower balance confidence in community-dwelling older adults. Physiotherapy. 2016 Jun;102(2):152-8.

Hamacher D, et al. A cognitive dual task affects gait variability in patients suffering from chronic low back pain. Exp Brain Res. 2014 Nov;232(11):3509-13.