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リハビリmemo

大学病院勤務、大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による、研究と臨床をつなげるための記録

そろそろ臨床実習を再考するべきでは?応用行動分析学による論考

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 先日、臨床実習について考える機会があったので、今回は、臨床実習の問題点と、応用行動分析学による臨床実習への提言をご紹介しようと思います。



◆ 現在の臨床実習の問題点

 

 まずは、一般的に言われている臨床実習の問題点を見てきましょう。

 

 実習指導者においては「学生を指導する十分な時間がない」のが現状です。診療報酬上、18単位以上の算定が求められる施設がほとんどであり、18単位は360分(6時間)なので、休憩時間(1時間)と診療録の記載時間(1時間)を足せば、8時間をフルに業務に使うことになります。そのため、学生指導は勤務時間外で行うしかありません。しかし、残業を減らすことが求められるため、実質的に学生指導を行う時間がほとんどありません。

 

 また、近年の養成校の増加、有資格者の増加にともない、教育経験が乏しい若手の指導者が急増しています。若手の指導者は、学生の指導経験が乏しいため、手探りで指導しなければならず、臨床実習は大きなプレッシャーとなります。

 

 さらに、残念ではありますが、現在までに多くの指導者によるハラスメント事例が報告されています。2008年と2013年に大阪の近畿リハビリテーション学院の学生が実習中に自殺するという事件が起きたことは記憶に新しいのではないでしょうか。

 

 今年の3月に行われた第190回国会では、衆議院の阿部氏より、理学療法士作業療法士でない無資格の学生が臨床実習で患者を担当し、診療報酬を算定していることに関する質問がありました。安倍首相の答弁では、患者を担当すること、および診療報酬を算定することに違法性はないとしています(資料①)。

 

 しかし、阿部氏の質問が世論を反映したものであるとするならば、少なくとも無資格の学生ではなく、有資格の理学療法士作業療法士に担当してほしいと思う患者さんがいるはずです。医師では、学生が患者を担当することが医師法に反すると判断された経緯があり、現在では、患者さんを担当させずに、診療の補助として実習を行っています。また、看護師の学生も医師と同様に、看護の補助という立場で実習を行っています。理学療法士作業療法士においても実習における患者さんの倫理的な問題を無視することはできないでしょう。

 

 臨床実習の問題点。

 

・実習指導を行う時間の不足

・若手指導者の教育経験不足

・指導者によるハラスメント

・患者さんの診療を受ける権利の倫理的な問題

 

 では、このような問題点を表面上だけで捉えるのではなく、その背景には、学生、指導者、患者さんの心理面、行動面においてどのような要因があるのでしょうか?



◆ 応用行動分析学とは?

 

 臨床実習における学生、指導者、患者さんの心理面や行動面の分析については、応用行動分析学の研究結果が興味深いのでご紹介しましょう。

 

 応用行動分析学(Applied Behavior Analysis)とは「ヒトの行動」を分析する学問です。

 

 難しく言うと、独立変数(環境)を操作することで従属変数(行動)がどの程度変化したかを記述することによって、行動の「原理」や「法則」を導き出す学問です。その成果は、人間のさまざまな問題行動の解釈や解決に応用されています。

 

 「出勤時に近道をする」という行動を例として、簡単に応用行動分析学による考え方を見てみましょう。

 

 Aさんの職場は車で40分ほどの距離にあります。職場への道はよく渋滞します。遅刻は厳禁なので、朝は早目に起きて出勤しなければなりません。しかし、朝は眠いのでなるべく寝ていたいものです(行動の前提条件を「先行刺激」と言います)。

 

 そこで、近道をしてみることにしました。

 

 近道をした結果、渋滞にも巻き込まれずに、朝もゆっくり寝ていられるようになりました(行動した結果のフィードバックを後続刺激と言います)。

 

 近道をすれば渋滞も気にせず、寝ていられるので、翌日も、またその翌々日も近道をすることにしました(これを行動の強化と言います)。近道をするという行動の結果、ゆっくり寝ていられる、渋滞を気にしないといったフィードバックより、その行動は強化され、継続されるようになります。

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 しかし、近道をした結果、事故にあったり、事故を見かけた場合はどうなるでしょうか?

 

 事故にあったり、事故を見かけるというフィードバックは行動を弱化させるように働きます(これを嫌悪刺激と言います)。事故という嫌悪刺激によって、その後、近道をするという行動はなくなりました。

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 このように、人は前提条件である先行刺激によって行動が喚起されますが、その行動は、直後に与えられるフィードバックによって変化するという特性をもつのです。応用行動分析学では、ヒトの行動は、その人の心のみで決まるのではなく、心と環境の相互作用によって決まると言います。

 

 何かをしようと思って行動しても、強化や嫌悪といったフィードバックによって、その後の行動は変化するのです。

 

 それでは、臨床実習に関わる学生、指導者、患者さんの心と行動の変化を応用行動分析学的に分析してみましょう。

 

 

◆ 学生、指導者、患者さんの心理と行動を分析してみる

 

 ここでは、よく学生の積極性が判断される「質問をする」という行動を例に考えてみます。

 

 学生は、病院という慣れない環境の中、指導者や他のスタッフからの視線を受けるという緊張状態にいます。診療の見学や質問をしないと自分の評価にも関わるので、勇気をだして質問をしにいきます。思い切って質問したところ、指導者からは「もう少し考えてから質問しなさい」「その質問事項について、明日までに調べてきなさい」という答えが返ってきました。

 

 この状況を応用行動分析学的に考えてみましょう。学生は質問をする前から、慣れない環境、指導者からの視線といった先行刺激を受けています。そして勇気を振り絞って「質問をする」という行動を起こしました。その結果、指導者からの叱責、新たな課題の追加という学生にとって嫌悪な刺激が返ってきました。このようなフィードバックは学生の「質問をする」という行動を弱化させます。「また質問をしたら叱責されるのでは?」という思いがあるので、質問をしたくても、質問をするという行動が起こせなくなるのです。

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 質問をなかなかしない(できない)学生の行動を見て、指導者や周りのスタッフたちはどのように評価するでしょうか?

 

 たいていの場合、「積極性のない学生」や「やる気がない学生」といった評価をするでしょう。このような評価は学生をますます萎縮させる嫌悪刺激になります。

 

 しかし、本当に「積極性のない学生」なのでしょうか?

 

 学生は、実習当初、積極性をだして「質問をする」といった行動を起こしているのです。その結果、指導者による嫌悪刺激によって学生の行動を弱化させられたと考えると「積極性がない」という学生の評価は見当違いになります。このような本質を見ずにラベル(うわべ)だけで判断することを応用行動分析学では「ラベリング」と言います。学生が質問ができなくなった過程を無視された結果、「積極性がない」というラベリングが行われるのです。

 

 ここで、指導者が与える後続刺激を変えてみましょう。学生の質問に対して、まずは質問をしたことを称賛します。そして質問に対して建設的な返答をします。時間がなくて質問に答えられない場合は、時間がないことを伝え、その後にしっかりと質問に答える時間を作ります。このような指導者の対応は、学生にとって行動を強化する強化刺激になります。

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 指導者から強化刺激を受けた学生の行動はどうなるでしょうか?もちろん行動が強化された結果、積極的に質問をするようになります。このような学生を見た周りのスタッフはどのように評価するでしょうか?きっと「積極的な学生」と評価してもらえるはずです。

 

 このように、学生の行動は、学生の気持ちだけでなく、指導者やスタッフとの関わり合い(相互作用)から決まることがわかります。

 

 このように書くと、学生ではなく、指導者がいけないのか?と言われてしまいますが、指導者が叱責したり、課題を追加するという嫌悪刺激を与える行動も分析できます。

 

 現在のリハビリテーションの診療体系では、指導者が十分に指導を行う時間がありません。日常の業務に追われながら、スキマ時間に学生の対応を行わなければなりません。

 

 また、指導者は、自身の指導者としての評価も気になります。学生がスタッフに迷惑をかけていたり、レポートがしっかり書けていないと周りのスタッフから「指導が行き届いていないでは?」と評価されるかもしれません。また、学生が患者さんの評価に時間をかけすぎていると「患者さんに迷惑をかけてしまう、良好な関係を築けない」と焦ります。学生と同様に、指導者も戦々恐々としているのです。

 

 これは実習指導者の教育経験が低い傾向にあることも関与しているでしょう。養成校が増え、教育経験の少ない若手指導者の増加と学生の増加がマッチングしている現状があります。教育経験の少ない指導者はそれだけでプレッシャーを感じています。

 

 指導者は、このようなプレッシャーがあっても、実習当初では、学生を称賛したり、支援してこうと思うはずです。しかし、レポートなどの指導により日々の業務がさらに忙しくなったり、学生の不適切な点について上司から注意を受けたり、患者さんからクレームを受けることがあります。特に教育経験の少ない若手の指導者では、学生の至らない点は全て自分の指導力のなさが原因である、と自分を責めてしまうでしょう。

 

 このような指導者への嫌悪刺激が「学生を称賛し、支援していこう」という指導者の行動を変化させます。学生を我慢強く支援するより、叱責などによりコントロールするほうが楽です。学生が出来ないのは学生の能力が低いからだとラベルを貼るほうが楽です。このような背景により、指導者による叱責や課題を与えるとういう嫌悪な行動が生じやすいと分析されています。

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 現在では、指導者による学生へのハラスメントが大きな問題になっています。指導者からの過度な嫌悪刺激が学生からハラスメントと捉えられてもおかしくありません。ハラスメントという問題行動のみを見るのではなく、そこにいたる指導者の行動背景を分析する必要があるのではないでしょうか。

 

 指導者による嫌悪な対応は、指導者のみの問題ではなく、実習のシステムが指導者の行動を変容させているとも思います。

 

 では、患者さんはどうでしょうか。

 

 患者さんは早期の退院、早期の仕事復帰をしたく、リハビリに励もうとされます。しかし、担当が学生であり、診療の多くの時間を評価にとられる現状から、有資格者にしっかりとリハビリをして欲しいと思うこともあるでしょう。このような後続刺激は、患者さんのやる気を損なわせる可能性があります。あるいは指導者へのクレームという行動につながるかもしれません。

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 確かに、患者さんには診療を受ける権利がありますので、有資格者でない学生が担当し、診療を行うことに対して、その権利が損なわれたと思われても不思議ではありません。

 

 このような患者さんからのクレームは、指導者への嫌悪刺激となり、指導者が学生に厳しくすることで、学生がさらに萎縮するといった悪循環を生む可能性があります。学生においも患者さんとの関係性の悪化は、自身の行動を萎縮させる嫌悪刺激になるでしょう。



 応用行動分析学では、現在の臨床実習のシステムには学生・指導者・患者さん心理、行動をネガティブに変容させる構造的要因が数多くあると結論づけられています。

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 では、どうしたら良いでしょうか?

 

 その答えを応用行動分析学はひとことで述べます。

 

 「臨床実習のしくみを再考すべきである」と。

 

 学生が患者さんを担当し、レポート中心となる伝統的な実習形態から、新たな実習形態(クリニカルクラークシップ)に移行する時代に来ているのかもしれません。

 

 

参考資料

資料①:第190回国会 理学療法士作業療法士の臨床実習に関する質問主意書および答弁書

山本淳一リハビリテーション「意欲」を高める応用行動分析 理学療法での活用.  理学療法学 41巻8号 Page492-498 (2014.12)

山崎裕司:行動分析学に基づく臨床教育. 理学療法学 42巻8号 Page738-739(2015.12)  

山崎裕司:やる気を引き出す臨床教育. 理学療法研究 32号 Page3-6(2015.03)