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睡眠薬のメカニズムと転倒リスクについて知っておこう


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 先日、当院の医療安全委員会で、転倒事例のケースカンファレンスを行ったのですが、そこで睡眠薬ゾルピデムマイスリー)と転倒リスクについての話題が挙がりました。

 

 ゾルピデムの商品名は「マイスリー」で、その名前は医療関係者でなくとも聞いたことがあるほど、多くの不眠症の患者さんに処方されている睡眠薬です。

 

 ゾルピデムと転倒リスクの関係性については、近年、研究者の間で多くの議論がなされており、トピックスとなっています。2016年には初めてのメタアナリシスが発表され、大規模な研究報告もあり、ゾルピデムは転倒リスクを増加させるというコンセンサスが得られようとしています。

 

 そこで今回は、まず、睡眠薬の作用機序と転倒リスクについて簡単にまとめてみました。作用機序を理解した上で、ゾルピデムマイスリー)と転倒リスクの関係性とその対処法について考察していこうと思います。

 

 日本では、高齢者の5人に1人は不眠を訴え、20人に1人は睡眠薬を使用しています(Doi Y, 2000)。ぜひ、転倒のマネージメントに関わる方は、睡眠薬と転倒の関係性について知っておきましょう。

 

 

◆ 1分で睡眠薬のメカニズムを理解しよう

 

 まずは、睡眠薬の作用機序を簡単に見ていきましょう。

 

 神経活動は、神経細胞神経細胞の間にあるシナプスを介して行われます。シナプス神経伝達物質が放出され、受容体に結合し、特定のイオンが神経細胞内に流入することで神経細胞が興奮したり、抑制されたりします。

 

 私たちは、緊張したり、興奮したりすると、シナプスドーパミンやアドレナリンといった神経伝達物質が放出されます。伝達物資が受容体に到着すると、イオンチャネルが開き、神経細胞内にナトリウムイオン(Na+)が流入することで神経が興奮(脱分極)します。

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 逆に、眠いときなどはγアミノ酸(GABA)が伝達物質として放出され、受容体に到着すると神経細胞内に塩化物イオン(Cl-)が流入し、神経活動が抑制(過分極)されます。

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 睡眠薬は、GABA受容体に作用し、Clイオンの流入を増加させることで神経活動を抑制し、睡眠効果を生じさせるのです。

 

 

睡眠薬の移り変わりと転倒リスク

 

 1900年に入ると不眠症の治療薬としてバルビツール系の睡眠薬が開発され、半世紀にわたって使用されてきました。バルビツールは細胞内のGABA受容体に「直接的」に作用するため、CIイオンの流入を大きく増大させます。そのため、強い睡眠効果と同時に、適応量の10倍で昏睡になり、それ以上になると死に至る危険な睡眠薬でした。

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 バルビツールの使用には大きなリスクがともなったため、1960年になるとベンゾジアゼピン系の睡眠薬が使用されるようになります。ベンゾジアゼピン睡眠薬の商品名には、ハルシオンレンドルミンなどがあり、知っている名前もあるのではないでしょうか。ベンゾジアゼピンはBZDと略記されます。

 

 ベンゾジアゼピンは、バルビツールと異なって、ベンゾジアゼピン受容体を介して「間接的」にGABA受容体に作用します。そのため、過剰に摂取してもバルビツールほど致死的なリスクが少なく、安全にしようできるため、広く用いられるようになりました。

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 しかし、話はここで終わりません。GABA受容体にはいくつかの部位があります。これらの部位はω(オメガ)受容体と呼ばれ、部位によって働きが異なります。例えば、ω1受容体は鎮静、睡眠効果に関与し、ω2受容体は筋弛緩効果に関与します。ベンゾジアゼピンはこれら全ての受容体に作用するため、普及するにしたがって、多くの問題が表面化してきたのです(Rudolph U, 1999)。

 

 特に病院や施設では、筋弛緩効果による高齢者の転倒が大きな問題となりました。

 

 2000年ごろには、ベンゾジアゼピンを使用した高齢者の転倒リスクの報告が多くなり、またレビュー論文も多数、報告されるようになりました。

 

 その中でも、多くの交絡因子で調整し、ベンゾジアゼピンと転倒による大腿骨頸部骨折の関係性を大規模に検証したのがドイツ・ハイデルベルク大学のZintらです。

 

 Zintらは、大腿骨頸部骨折で入院した患者17,198名と同じ母集団から選出した対照者85,990名を対象にしたnested case-control研究を行いました。

 

 その結果、ベンゾジアゼピンの服用は有意に大腿骨頸部骨折のリスクを高めることがわかりました(調整RR1.16)。特にWHOが規定する1日の標準投与量を超えた服用ではよりリスクが高まり(調整RR1.32)、さらに新たに服用を始めた場合、骨折のリスクが2倍を超えることが示されたのです(Zint K, 2010)。

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Fig.1:Zint K, 2010より引用

 

 このような転倒リスクとともに、ベンゾジアゼピンには服用中断にともなう退薬症候や反跳性不眠が生じることもあり、やめられないという依存性も問題でした。また、過剰摂取による交通事故も増加し、北欧では社会問題にもなりました(Gustavsen I, 2008)。

 

 そこで2000年ごろから、ベンゾジアゼピンに代わり登場したのが、非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬です。非ベンゾジアゼピンには、冒頭で紹介したゾルピデムマイスリー)の他にも2つあり、これらは総称して「Z-drug」と呼ばれています。Z-drugはベンゾジアゼピンの欠点を補うことができるため、現在では主流の睡眠薬となっています。

 

 しかし、近年、そのZ-drugのひとつであリ、もっとも服用率の高いゾルピデムが転倒リスクを増加させることが明らかになってきたのです…

 

 次回、ゾルピデムと転倒リスクについての最新の知見をご紹介して、その対処法について考えていきましょう。

 

 

転倒の科学

転倒の科学①:健康寿命から考える転倒予防

転倒の科学②:転倒予防のリスクマネージメント① 転倒のリスク因子を知ろう! 

転倒の科学③:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!AGS編 

転倒の科学④:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!CDC編

転倒の科学⑤:有効なバランス能力の評価とは?

転倒の科学⑥:バランス能力の評価を再考しよう

転倒の科学⑦:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

転倒の科学⑧:変形性膝関節症の術後の痛みが転倒のリスク因子になる

転倒の科学⑨:睡眠薬のメカニズムと転倒リスクについて知っておこう

 

References

Doi Y, et al. Prevalence of sleep disturbance and hypnotic medication use in relation to sociodemographic factors in the general Japanese adult population. J Epidemiol. 2000 Mar;10(2):79-86.

Rudolph U, et al. Benzodiazepine actions mediated by specific gamma-aminobutyric acid(A) receptor subtypes. Nature. 1999 Oct 21;401(6755):796-800.

Zint K, et al. Impact of drug interactions, dosage, and duration of therapy on the risk of hip fracture associated with benzodiazepine use in older adults. Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2010 Dec;19(12):1248-55.

Gustavsen I, et al. Road traffic accident risk related to prescriptions of the hypnotics zopiclone, zolpidem, flunitrazepam and nitrazepam. Sleep Med. 2008 Dec;9(8):818-22.