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肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編


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 肩疾患の60%以上に肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)が認められることが報告されており、リハビリテーションにおけるScapular dyskiensisの評価、治療の重要性が認識されつつあります。

新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう

 

 2002年、Kiblerらは視覚的に肩甲骨の運動異常を評価し、Scapular dyskinesisを4つに分類する方法を考案しました。Kiblerらの4分類には、Scapular dyskinesisを細かく分類することで、問題点の抽出や治療のリーズニングにつなげれるという利点がありました。

 

 しかし、肩甲骨の運動異常を視診のみで分類することは、検査者に高いスキルが求められます。そのため、4分類の評価の信頼性はとても低い結果となり、臨床応用するには疑義が残りました。

 

 そこで、McClureやUhlらは、Scapular dyskinesisの程度や有無を評価するスクリーニングの重要性を謳い、Scapular dyskinesisをよりシンプルに評価する方法を提案しました。

 

 McClureらはScapular dyskinesisを「正常、軽度、明らか」の3分類に分け、運動異常の程度をスクリーニングできるようにしました。Uhlらはさらに単純化し、「ある(Yes)orなし(No)」でScapular dyskinesisの有無をスクリーニングする2分類を報告したのです。

 

 Scapular dyskinesisの評価目的をリーズニングからスクリーニングに変えたことで評価の信頼性は確実に向上しました。

肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編

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Fig.1:Huang TS, 2015より引用改変

 

 しかしながら、評価の信頼性を高めたことで、Kiblerらが提唱した4分類の評価から問題点を抽出し、治療を選択するというリーズニングの利点が失われてしまったのです。

 

 では、高い信頼性があり、Scapular dyskinesisのリーズニングにつながる評価方法はあるのでしょうか?

 

 今回は、この難題に挑戦した台湾大学のHuangらの報告をご紹介しながら、Scapular dyskinesisの評価についてまとめていきましょう。

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◆ ブラッシュアップされたKiblerらの4分類

 

 Huangらは、Kiblerらの4分類をベースとして、新たな評価方法の確立を目指しました。Kiblerらの4分類の課題は以下の2点でした。

 

・視診のみでは肩甲骨の運動異常が捉えきれない。

・肩甲骨の運動異常は複数存在することがあり、ひとつのタイプに分類できない場合がある。

 

 これらに対して、Huangらは、まず視診のみでなく「触診」を合わせて評価することにしました。触診により、視診では捉えきれない肩甲骨の動きを確認することで評価の信頼性が高まると考えたのです。

 

 また、4分類に新たにミックスタイプを追加しました。肩甲骨の運動異常が重複した場合、ミックスタイプで記述、判定できるようにしました。

 

 さらに、被検者に重りを付加しました。重りを付加することにより、肩甲骨周囲筋への負担を増やし、肩甲骨の運動異常を検出しやすくしました。

 

 これらの対応により、Scapular dyskinesisを詳細に分類しながらも、高い評価の信頼性(κ係数:0.49-0.64)を得ることができたのです。

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Fig.2:Huang TS, 2015より引用改変

 

 Huangらはこの評価方法をScapular dyskinesisの包括的分類評価(Comprehensive claciffication test)と呼んでいます。



◆ Scapular dyskinesisの包括的分類評価をやってみよう

 

 それでは、Huangらの評価方法のポイントを見ていきましょう。

 

 Huangの分類には、Kiblerらの4分類をもとに、新たにミックスタイプが追加されています。

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Fig.3:Huang TS, 2015より引用改変

 

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Fig.4:Huang TS, 2015より引用改変

 

 被検者は、重り(1-2kg)を持ち、ゆっくり上肢を挙上させ、ゆっくり下降させます。重りの選定は被検者が挙上時に不快感や痛みがともなわない程度(VAS3/10以下)とします。検査者は、その際に肩甲骨の動きを視診と触診をあわせて行います。

 

 触診は、検査者の手の橈側を両側の肩甲骨の内側縁にあて、2指〜4指を肩甲棘におきます。被検者の挙上および下降時の肩甲骨の動きを触知します。

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Fig.5:Huang TS, 2015より引用

 

 視診や触診のポイントは、肩甲骨の下角と内側縁がつながっており、タイプⅠとタイプⅡが判定しづらい点です。そこで内側縁の下1/3をランドマークとして、内側縁の下1/3が突出している場合はタイプⅠ、内側縁の上2/3が突出している場合をタイプⅡし、内側縁から下角までが突出している場合をミックスタイプ(タイプⅠ+タイプⅡ)と判断します。

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Fig.6:Huang TS, 2015より引用改変

 

 正常(タイプⅣ)の判定は、被検者の上肢挙上60度までに肩甲骨の挙上や上方回旋があまり生じないことに留意します。肩甲上腕リズムでは、上肢の挙上60度まではsetting phaseとして肩甲骨の動きはあまり生じません。逆を言えば、60度までに肩甲骨が挙上したり、上方回旋した場合は、タイプⅢに分類されます。

 

 タイプⅢの肩甲骨の上縁の早期の挙上は、触診にて肩甲棘の付け根(root)においている検査者の2指または3指の左右の高低差を比べて検出します。

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Fig.7:Huang TS, 2015より引用改変

 

 さらに重要なのは、これらの肩甲骨の運動異常が上肢の挙上時ではなく、下降時に生じやすいという点です。下降時は肩甲骨周囲筋の遠心性収縮による制御が求められるため(Ebaugh DD, 2010)、挙上時に比べて肩甲骨の運動異常を認めやすいのです。

 

 しかし、Huangらの評価方法は肩甲骨の両側の左右差をみるため、両側性にScapular dyskinesisが認められる場合は注意が必要です。

 


 視診に触診を合わせ、ミックスタイプを追加し、タイプ別の確認事項を定義したことにより、Huangらの新しい包括的分類は、高い信頼性を確保できました。さらにScapular dyskinesisをタイプ別に分類することで、問題点の抽出から治療の選択といったクリニカルリーズニングの一助になるだろうとHuangらは述べています。

 

 肩甲骨の運動異常を視診と触診を合わせて評価することは、既に臨床の場面で行われているかもしれません。Huangらの報告は、その方法の詳細なポイントを教えてくれるとともに、評価方法の信頼性を担保してくれる価値のある報告と思われます。

 

 

◆ Scapular dyskinesisの評価の流れ(まとめ)

 

 最後に、Scapular dyskinesisの評価の流れについてPluimらの報告をご紹介しましょう。

 

 Pluimらは、Scapular dyskinesisを肩甲骨の運動時の異常として捉え、静的なアライメント評価であるLSSTは行いません。

 

 まず最初に、Scapular dyskinesisのスクリーニングとして、McClureの3分類、Uhlらの2分類の評価を行います。これによりScapular dyskinesisの有無とその程度を把握します。Scapular dyskinesisを認めた場合、次にタイプを分類するためにHuangらの包括的分類評価を行います。そして、判定されたタイプから推測される因子の確定を行うためにKiblerらのSATやSRTを実施します(Pluim BM, 2013)。

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 例えば、スクリーニングによりScapular dyskinesisを認め、包括的分類評価でタイプⅠに判定されたとします。タイプⅠは肩甲骨の下角の突出なので、挙上時の肩甲骨の後傾が不十分であることが推測されます。この推測を確定するためにScapular retraction/reposition testを行い、陽性であれば肩甲骨の後傾に関わる因子に問題があるとリーズニングを進めることができるのです。

 

 

 Scapular dyskinesisの評価について、前編、中編、後編にわけて考察してきました。ここまで長文を読んでいただきありがとうございます。それぞれの知見は、まだエビデンスといえるほどではありませんが、みなさんの臨床の一助になれば幸いです。今後も新たな知見が報告され次第、Scapular dyskinesisの評価についてエントリをブラッシュアップしていきます。

 

 さて、Scapular dyskinesisの包括的分類評価を考案したHaungらの功績はこれで終わりません。次回、その報告をご紹介していきます。

 

 

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References

Huang TS, et al. Comprehensive classification test of scapular dyskinesis: A reliability study. Man Ther. 2015 Jun;20(3):427-32.

Ebaugh DD, et al. Scapulothoracic motion and muscle activity during the raising and lowering phases of an overhead reaching task. J Electromyogr Kinesiol. 2010 Apr;20(2):199-205.

Pluim BM. Scapular dyskinesis: practical applications. Br J Sports Med. 2013 Sep;47(14):875-6.