リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士・トレーナーによる「研究と臨床をつなげるための記録」

肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう

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 肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)の要因のひとつに肩甲骨周囲筋の異常な筋活動があり、これまでに数多くの肩甲骨周囲筋の筋電図研究が行われてきました。しかし、南カルフォルニア大学のMichenerらは、これらの研究成果をたったひとことで一蹴したのです。

 

 「肩甲骨周囲筋の筋電図研究は矛盾だらけである」と。

 

 Michenerらの言葉を裏付けるように、2014年に報告された肩峰下インピンジメント症候群を対象にした筋電図研究のシステマティックレビューでは、肩甲骨周囲筋の異常な筋活動を特徴づける明らかなエビデンスは示されませんでした(Struyf F, 2014)。

 

 エビデンスを示せなかった理由をアントワープ大学のStruyfらは、そもそも症例によって肩甲骨の運動異常のパターンが異なるためだといいます。肩甲骨の運動異常は、過度な上方回旋や後傾の減少など、いくつかのパターンに分けることができます。これまでの筋電図研究では、被験者を運動パターンで分類せずに、ひとくくりにしていたため、信頼性のあるデータが抽出できなかったのだろうとStruyfらは推論しています。

肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実

 

 では、肩甲骨の運動異常をパターン別に分類し、筋電図を計測することによって、肩甲骨周囲筋の異常な筋活動を捉えることは可能なのでしょうか?

 

 この課題に挑戦したのが、前回のブログでご紹介した香港大学のHuangです。

 

 Huangらは2015年、視診と触診によって肩甲骨の運動異常を4つの運動パターン+ミックスパターンに分類する包括的分類評価を報告しました。この包括的分類評価を用いて肩甲骨の運動異常をパターン別に分類することによって、精度の高いリーズニングを行うことが可能になりました。

肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編

 

 そして次に、Huangらは包括的分類評価を用いて、分類に応じた肩甲骨周囲筋の筋活動の変化を明らにしていったのです。

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◆ 肩甲骨周囲筋の筋活動は肩甲骨の運動パターンにより異なる

 

 2015年、Huangらは、肩甲骨の運動異常の包括的分類評価と肩甲骨周囲筋の筋活動との関連性について横断的な調査を行いました。

 

 まずはHuangらが提唱する包括的分類評価の内容を確認しておきましょう。肩甲骨の運動異常を視診と触診で評価し、4つのパターン+ミックスパターンに分類します。詳細は前回ブログを参照ください。

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Fig.1:Huang TS, 2015aより引用改変

 

 Huangらは、肩疾患を有する82名を包括的分類評価にもとづいて、上肢の挙上時と下降時のそれぞれでパターンに分類しました。

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Fig.2:Huang TS, 2015bより引用改変

 

 その結果、挙上時では正常(パターンⅣ)が全体の6割を占め、3割に過度な挙上や早期の上方回旋(パターンⅢ)が示されました。

 下降時では、正常は2割にとどまり、2割が下角が突出するパターンⅠであり、3割が内側縁が突出するパターンⅡ、残りの3割が内側縁と下角の両方が突出するミックスパターン(パターンⅠ+Ⅱ)に分類されました。

 

 ここからわかることは、肩甲骨の運動異常は挙上時よりも下降時に認められやすいということです。これは上肢を下降させる際、肩甲骨周囲筋に異常があると遠心性収縮による制御が困難になるためだと考えられています(Ebaugh DD, 2010)。

 

 また、挙上時ではパターンⅢのみが認められ、下降時ではパターンⅠとⅡが認められる傾向にあることが示されました。

 

 これらの結果から、Huangらは「肩甲骨の運動異常は上肢の挙上時ではなく下降時に生じやすいこと、挙上時ではパターンⅢ、下降時ではパターンⅠとⅡに注目すると評価の精度が高まるだろう」と述べています。

 

 では、これらの運動パターンと肩甲骨周囲筋の筋活動の関係性はどうだったのでしょうか?

 

 Huangらは、僧帽筋の上部・中部・下部線維、前鋸筋を対象筋として上肢の挙上時、下降時の筋電図を計測しました。

 

 その結果、肩甲骨周囲筋の筋活動の有意な変化が認められたのは「下降時のみ」でした。挙上時には筋活動の変化が見られず、これは上述した肩甲骨の運動異常が挙上時よりも下降時に生じやすいことと関係しているとHuangらは述べています。そのため筋電図による筋活動所見の結果は、下降時のみにフォーカスして論じられています。

 

 それでは下降時にみられたパターン別の僧帽筋と前鋸筋の筋活動の変化を見てみましょう。

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Fig.3:Huang TS, 2015bより引用改変

 

 まず前鋸筋ですが、パターンⅠ、パターンⅡ、パターンⅠ+Ⅱで筋活動の低下を認めました。前鋸筋は肩甲骨の外旋と後傾に作用し、胸郭に肩甲骨の内側縁と下角を固定する機能的役割を担っています。これは前鋸筋を支配する長胸神経の麻痺によって肩甲骨の内側縁と下角が浮かび上がる翼状肩甲(Scapular winging)の症状から考えられています(Martin RM, 2008)。よって前鋸筋の筋活動の低下が肩甲骨の下角や内側縁の突出であるパータンⅠやⅡに関連するとされています。

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Fig.4:右側のScapular winging(Martin RM, 2008より引用)

 

 また僧帽筋の上部線維は主にパターンⅡで筋活動の増加が示されました。僧帽筋の上部線維は、肩甲骨の挙上と上方回旋に機能しますが、肩甲骨の外旋には作用しません。しかし、僧帽筋の上部線維と前鋸筋はフォースカップルとして肩甲骨の運動を制御しており(Ellenbecker TS, 2010)、前鋸筋に筋力低下が生じると代償的に僧帽筋の上部線維の過活動が生じると推察されています。

 

 僧帽筋の下部線維は、パターンⅠ+Ⅱで筋活動の低下を認めました。僧帽筋の下部線維は肩甲骨の後傾と上方回旋に作用し、特に最大挙上位時、またはそこからの下降時に強く働きます(Roche SJ, 2015)。また、僧帽筋を支配する副神経の麻痺では、肩甲骨の内側縁や下角が浮かび上がる翼状肩甲のような症状が見られます(Charopoulos IN, 2010)。そのため僧帽筋の下部線維が低下するとパターンⅠ+Ⅱの運動異常が生じるとされています。

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Fig.5:副神経麻痺による僧帽筋機能不全(Charopoulos IN, 2010より引用)

 

 それでは、これまでの結果をまとめてみましょう。

 

 まず肩甲骨周囲筋の異常な筋活動は、上肢の下降時に生じやすいということです。これは下降時では遠心性収縮による制御が求められるため、活動不全の筋活動が検出されやすいとされています。

 

 パターン別の筋活動の変化では、肩甲骨の下角のみが突出するパターンⅠは、前鋸筋の筋活動が低下します。肩甲骨の内側縁のみが突出するパターンⅡは、前鋸筋の筋活動が低下し、僧帽筋の上部線維の筋活動が増加します。肩甲骨の下角と内側縁の両方が突出するパターンⅠ+Ⅱは、前鋸筋と僧帽筋の下部線維の筋活動が低下します。

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Fig.6:Huang TS, 2015bより筆者作成

 

 このように肩甲骨の運動パターンによって僧帽筋と前鋸筋の筋活動が異なることがわかります。これらの知見は肩甲骨の運動異常のクリニカルリーズニングの精度をさらに高めてくれるものと思われます。肩甲骨の運動異常をHuangらの包括的分類評価によりパターン別に分類し、そこから肩甲骨周囲筋の筋活動の変化を推測することができるのです。

 

 例えば、包括的分類評価でパターンⅠが見られた場合、肩甲骨の後傾が不十分であることが推察され、その要因として前鋸筋の機能不全が挙げられるようになります。そこで前鋸筋の筋活動を促すエクササイズを行い、肩甲骨の運動異常が改善されなければ、肩甲骨の後傾に関連のある僧帽筋の下部線維への介入へとリーズニングを進めることができます。

 

 今回の報告では、上肢の挙上時の筋活動に有意差が認められなかったことから、下降時の筋活動の変化に着目しており、挙上時に見られたパターンⅢの筋活動については論じられていません。パターンⅢを示す肩甲骨の早期の上方回旋や過度な挙上においても筋活動の変化(僧帽筋上部線維の増加)が生じると言われていますが、今後の報告を待ちたいと思います。

 

 Huangらの報告は、Michenerの「肩甲骨周囲筋の筋電図研究は矛盾だらけである」という発言に一石を投じる結果となりました。今後、このような肩甲骨の運動パターンに応じた肩甲骨周囲筋の筋電図研究が増え、矛盾のない研究結果が示されることを期待したいですね。

 

 

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References

Struyf F, et al. Scapulothoracic muscle activity and recruitment timing in patients with shoulder impingement symptoms and glenohumeral instability. J Electromyogr Kinesiol. 2014 Apr;24(2):277-84.

Huang TS, et al. Comprehensive classification test of scapular dyskinesis: A reliability study. Man Ther. 2015a Jun;20(3):427-32.

Huang TS, et al. Specific kinematics and associated muscle activation in individuals with scapular dyskinesis. J Shoulder Elbow Surg. 2015b Aug;24(8):1227-34.

Ebaugh DD, et al. Scapulothoracic motion and muscle activity during the raising and lowering phases of an overhead reaching task. J Electromyogr Kinesiol. 2010 Apr;20(2):199-205.

Martin RM, et al. Scapular winging: anatomical review, diagnosis, and treatments. Curr Rev Musculoskelet Med. 2008 Mar;1(1):1-11.

Ellenbecker TS, Cools A. Rehabilitation of shoulder impingement syndrome and rotator cuff injuries: an evidence-based review. Br J Sports Med 2010;44:319-27.

Roche SJ, et al. Scapular dyskinesis: the surgeon's perspective. Shoulder Elbow. 2015 Oct;7(4):289-97.

Charopoulos IN, et al. Unusual insidious spinal accessory nerve palsy: a case report. J Med Case Rep. 2010 May 27;4:158.