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リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による「研究と臨床をつなげるための記録」

坂道歩行が足関節底屈筋の痙縮を改善させる?

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 脳卒中後の足関節底屈筋の痙縮は、歩行時の足部のクリアランスを低下させ、歩行能力の低下に寄与します(Fung J, 1994)。また、脳卒中だけでなく、脊髄損傷後の底屈筋の痙縮と歩行能力の低下の関係も示されており(Manella KJ, 2011)、リハビリテーションの大きな治療課題となっています。

 

 この底屈筋の痙縮に対して、アメリカ・エモリー大学のSabatierらのグループは近年の研究結果からこう言います。

 

 「足関節底屈筋の痙縮は、ある環境下を歩くことで改善する可能性がある」と。

 

 では「ある環境下」とは、どのような環境なのでしょうか?今回は、Sabatierらのグループが行っている研究についてご紹介していきましょう。

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 痙縮は「上位運動ニューロン病変による感覚-運動制御の障害である」と定義されており(Pandyan AD, 2005)、特に網様体脊髄路と前庭脊髄路による脊髄の興奮性への抑制と促通のバランスが崩れた結果として生じると理解されています。

痙縮の発生メカニズムを理解しよう

 

 脊髄の興奮性の評価は、臨床では腱反射を用いますが、より詳細に計測する場合は「H反射」が用いられます。H反射は、打鍵器の代わりに電気刺激を使用し、反射の程度を関節運動ではなく、筋電図のH波の変化により評価します。H反射には、いろいろな姿勢や歩行課題でも計測できる利点があります。

H反射を理解して立位姿勢制御のしくみを知ろう

 

 痙縮は、脊髄の興奮性が高まることによって生じます。H反射は、この脊髄の興奮性の高まりをH波の振幅の増加によって示すことができます(Koelman JH, 1993)。そのため、痙縮の改善はH波の振幅の減少によって示すことができるのです。 

 

 Sabatierらのグループは、ある環境下で歩行することによるヒラメ筋のH波の変化を調査しました。



◆ 下り坂の歩行が脊髄の興奮性を減少させる

 

 脊髄の興奮性は、上位運動ニューロンだけでなく、荷重や関節覚などの固有感覚、拮抗筋からの相反神経抑制など様々な修飾を受けています。

 

 ヒラメ筋のH波の振幅は、臥位よりも立位で減少します(Katz R, 1988)。立位よりも歩行で減少し、歩行よりも走行で減少します(Capaday C, 1987)。このように、H波の振幅は姿勢や運動の特異性により変化します。H波の変化は、姿勢の安定化や運動の効率性を高めるために生じると考えられています。

 

 つまり、脊髄の興奮性は、姿勢や運動課題によって特異的な変化が生じるのです。筋緊張が姿勢や動作によって変化するのもうなずけますね。

 

 Sabatierらのグループは、この脊髄の興奮性の課題特異性に注目し、どのような歩行がH波の振幅を減少させるのか?という検証を行い、その結論をこう述べています。

 

 「脊髄の興奮性は、下り坂を歩くことによって減少する」

 

 2015年、Sabatierらは、健常者を対象に、平地歩行と坂道歩行におけるH波の変化を計測しました。被験者は、トレッドミル上での平地歩行、上り坂の歩行、下り坂の歩行を20分間、実施しました。坂道の勾配は15%に設定され、H反射の測定は歩行の前、直後、20分後に計測しています。

 

 その結果、H波の振幅は、平地歩行と下り坂の歩行で有意に減少し、下り坂の歩行ではより大きな減少が認められました。その減少幅は平地歩行の約5倍にも達していました。

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Fig.1:Sabatier MJ, 2015より引用改変

 

 この結果により、下り坂という環境下での歩行が脊髄の興奮性を短期的に減少させる可能性が示唆されたのです(Sabatier MJ, 2015)。



 さらに、2017年、SabatierらのグループのArnoldらは、下り坂の勾配や歩行時間がヒラメ筋のH反射に与える影響について調査しました。

 

 健常者を対象に、下り坂の勾配を15%と25%、歩行時間を15分と20分に設定しました。それぞれの歩行前後のH波の振幅を計測しました。

 

 その結果、平地歩行に比べて、15%の勾配で15分の歩行時間ではH波の効果的な減少が生じないこと、15%の勾配でも歩行時間が20分であれば有意に減少することが示されました。また25%では歩行時間が15分でも有意にH波の振幅が減少しました。

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Fig.2:Arnold E, 2017より引用改変

 

 この結果から、低勾配の場合でも、歩行時間を長くすることでヒラメ筋のH波を減少させる可能性が明らかになったのです(Arnold E, 2017)。

 

 Sabatierらは、これらの結果より、下り坂の歩行が短期的な脊髄の興奮性の減少を生じさせることから、繰り返しの下り坂の歩行練習が長期的な脊髄の興奮性の可塑的変化を引き出す可能性があると推測しています。そして、このような観点から、下り坂の歩行が脳卒中後の痙縮の緩解に寄与する可能性を示唆しているのです。

 

 

◆ 下り坂の歩行が脊髄の興奮性を減少させる理由

 

 では、なぜ下り坂を歩くことで脊髄の興奮性が減少するのでしょうか?

 

 この問に対して、Sabatierらは主に2つの答えを述べています。ひとつは、ヒラメ筋の遠心性収縮による求心性のフィードバックであり、もうひとつは前脛骨筋による相反神経抑制です。

 

 下り坂の歩行では、踵接地の衝撃を吸収するため、平地歩行や上り坂の歩行に比べて、より大きな膝関節の屈曲と足関節の底屈が生じます。この動作は、膝関節伸展筋と足関節底屈筋の遠心性収縮により制御されています(Lay AN, 2006)。このような下り坂の特異的な足関節底屈筋の遠心性収縮が脊髄の興奮性の減少に寄与すると考えられています。

 

 遠心性収縮は、求心性収縮と異なり、筋が収縮しながら筋の長さが伸びていきます。そのため、筋紡錘のある錐内筋線維も合わせて伸びる必要がでてきます。このような筋紡錘への伸張作用が求心性フィードバックにより脊髄の興奮性を減少させるのだろうと推測されています(Burke D, 2012)。

 

 また、下り坂では、平地歩行などに比べて、踵接地時の前脛骨筋の筋活動が増加し、ヒラメ筋との共同収縮が大きく働きます(Lay AN, 2007)。前脛骨筋の筋活動の増加は、相反神経抑制により、ヒラメ筋を制御する脊髄の興奮性の減少に寄与します。

 

 下り坂の歩行では、このような作用が連続的に生じるため、脊髄の興奮性の減少が誘発されるのであろうとSabatierらは推察しています。



 Sabatierらのグループでは、今後、健常者ではなく、脳卒中患者などを対象にして下り坂の歩行の効果を検証するとしています。今回、ご紹介した報告は、健常者による準備的な研究であり、この結果を短絡的に臨床応用することには注意したほうがよさそうです。しかし、ただトレッドミル歩行を行わせるのではなく、脊髄の興奮性の課題特異性を考慮し、下り勾配を付加するという考え方は参考になる報告であったと思います。Sabatierらの続報を待ちたいですね。

 

 

痙縮のメカニズム

シリーズ①:筋紡錘のメカニズムから痙縮について考えよう

シリーズ②:筋紡錘のメカニズムから考える痙縮へのアプローチ

シリーズ③:上位運動ニューロンのメカニズムから痙縮について考えよう

シリーズ④:網様体脊髄路と前庭脊髄路から筋緊張の制御メカニズムを理解しよう

シリーズ⑤:痙縮の発症メカニズムを理解しよう 

 

References

Fung J, et al. Effects of conditioning cutaneomuscular stimulation on the soleus H-reflex in normal and spastic paretic subjects during walking and standing. J Neurophysiol. 1994 Nov;72(5):2090-104.

Manella KJ. Operant Conditioning of Tibialis Anterior and Soleus H-reflex Improves Spinal Reflex Modulation and Walking Function in Individuals with Motor-incomplete Spinal Cord Injury. Vol. Doctor of Philosophy (PHD), University of Miami, University of Miami Libraries Scholarly Repository, 2011.

Pandyan AD, et al. Spasticity: clinical perceptions, neurological realities and meaningful measurement. Disabil Rehabil. 2005 Jan 7-21;27(1-2):2-6.

Li S, et al. New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity. Front Hum Neurosci. 2015 Apr 10;9:192.

Koelman JH, et al. Soleus H-reflex tests and clinical signs of the upper motor neuron syndrome. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1993 Jul;56(7):776-81.

Katz R,  et al. Changes in presynaptic inhibition of Ia fibres in man while standing. Brain. 1988 Apr;111 ( Pt 2):417-37. 

Capaday C, et al. Difference in the amplitude of the human soleus H reflex during walking and running. J Physiol. 1987 Nov;392:513-22. 

Sabatier MJ, et al. Slope walking causes short-term changes in soleus H-reflex excitability. Physiol Rep. 2015 Mar;3(3).

Arnold E, et al. Walking duration and slope steepness determine the effect of downslope walking on the soleus H-reflex pathway. Neurosci Lett. 2017 Feb 3;639:18-24.

Lay AN, et al. The effects of sloped surfaces on locomotion: a kinematic and kinetic analysis. J Biomech. 2006;39(9):1621-8.

Burke D. Chapter 3. Fusimotor mechanisms, muscle spindles and their role in the control of movement, in: The Circuitry of the Human Spinal Cord: Spinal and Cortical Mechanisms of Movement, Cambridge University Press, New York, 2012, pp. 110–137.

Lay AN, et al. The effects of sloped surfaces on locomotion: an electromyographic analysis. J Biomech. 2007;40(6):1276-85.