現代の生体力学研究は「股関節に生じる接触応力」が変形性股関節症を悪化させる要因であることを明らかにしています。股関節の局所に接触応力が高まることによって、股関節の滑膜に炎症が生じ、軟骨変性や骨棘が形成され、変形が増悪していきます。この接触応力を増加させる要因のひとつに、歩行時の殿筋の過剰な収縮が挙げられています。
Fig.1:変形性股関節症を悪化させるフロー
ダルハウジー大学のRutherfordらは、変形性股関節症では歩行時の大殿筋、中殿筋の筋活動が健常者に比べて増大していることを明らかにしました(Rutherford DJ, 2015)。
末期の変形性股関節症の歩行時の大殿筋と中殿筋の筋活動を見てみると、筋活動が歩行周期を通じて増加していることがわかります。
Fig.2:Rutherford DJ, 2015より引用改変
このような筋活動の増加が股関節の接触応力を増加させ、変形性股関節症の悪化に寄与すると考えられているのです。実際、中殿筋の筋活動と接触応力との関係を調べたValenteらの報告では、歩行中の中殿筋の筋活動の弱化が接触応力を減少させることが示されています(Valente G, 2013)。
殿筋の筋活動が増加する理由は明らかになっていませんが、痛みから逃避するための関節運動の制御や筋の疲労によって生じることが推測されています。
これらの知見から、変形性股関節症の保存療法では「殿筋のコンディショニングにより、股関節への接触応力を軽減する」ことが基本戦略となっています。つまり「お尻まわりの筋肉のコリをほぐして、股関節への負担をやわらげる」ということです。
そして、2017年に入り、変形性股関節症を悪化させる新たな指標が明らかになりました。それは「累積モーメント(Cumulative hip moment)」という指標です。
◆ 新しい指標である「累積モーメント」とは?
関節モーメントとは、関節が回転しようとするチカラのことを言います。股関節の内転モーメントと言えば、股関節を内転させようとするチカラのことです。歩行時の関節モーメントは床反力の影響を受けるので、主に立脚期に計測されます。
Fig.3:股関節の内転モーメント
関節モーメントには「ピーク」と「インパルス」があり、歩行時の関節への負担を考える良い指標になります。関節モーメントのピークとは、立脚期中の関節の回転しようとするチカラの最大値のことを言います。インパルスとは、立脚期全体での関節の回転しようとするチカラの総量のことを言います。
Fig.4:関節モーメントのピークとインパルス
関節モーメントのピークとインパルスの考え方は、変形性膝関節症の発症や悪化の要因として注目されており、膝関節の内転モーメントのピークやインパルスを減少させることが変形性膝関節症の保存療法の基本戦略となっています。
この関節モーメントを用いた新しい指標が「累積モーメント」になります。
累積モーメントとは、立脚期全体の関節モーメントの総量を示すインパルスに「1日の歩数(身体活動量)」を乗じた値を言います。簡単に言えば、日常生活で生じる関節モーメントの総量になります。習慣的な日常生活を累積モーメントであらわす場合は、3〜5日間の平均歩数をインパルスに乗じて算出します(Trost SG, 2005)。
この累積モーメントが変形性股関節症の悪化の新しい指標になるのです。
◆ 累積モーメントの知見を保存療法に応用しよう
2017年、京都大学のTateuchiらは、変形性股関節症の悪化に股関節の累積モーメントが与える影響についての前向きコホート研究を行いました。
対象は、二次性の変形性股関節症50名(重度の股関節症を除く)です。アウトカムは、歩行時の股関節モーメント(ピーク、インパルス、累積モーメント)とレントゲン画像による股関節の関節スペースとしました。股関節モーメントは矢状面、前額面、水平面の3つの面で測定しています。これらのアウトカムをベースライン期と12ヶ月後に計測しました。
12ヶ月後に変形性股関節症が悪化(関節スペースが0.5mmより減少)していたのは21例(42.0%)でした。
股関節モーメントでは、前額面上のモーメントのインパルスがもっとも大きく、次いで矢状面上のモーメントでした。
Fig.5:Tateuchi H, 2017より引用改変
そして、変形性股関節症の悪化にもっとも寄与していたのが前額面上の股関節の累積モーメントでした。
Fig.6:Tateuchi H, 2017より引用改変
この結果から、変形性股関節症の1年後の悪化を前額面上の股関節の累積モーメントによって予測できる可能性が示唆されたのです。
これは、変形性股関節症の悪化が瞬間的な関節負荷の増加(モーメントのピーク)や歩行周期全体での負荷(モーメントのインパルス)のみではなく、1日の身体活動量によって影響を受けることを意味しています。
繰り返しの関節軟骨への負荷は微小な損傷を蓄積させ、軟骨細胞のアポトーシスを誘発します(Clements KM, 2001)。そのため、1日の歩数や身体活動量が多いことは変形性股関節症の悪化に寄与するのです。
Tateuchiらは、研究結果から変形性股関節症の悪化を防ぐためには、1日の身体活動を計測し、ライフスタイルへの介入が必要であるとしています。また、前額面上に生じる歩行時の股関節のモーメントを減少させるための歩行への介入が重要であると述べています(Tateuchi H, 2017)。
この研究結果を加味して、もう一度、累積モーメントの式を見てみましょう。
変形性股関節症を悪化させる累積モーメントは、前額面上の股関節モーメントと1日の身体活動量により規定されます。
前額面上の股関節モーメントである内転モーメントは歩行時の接触応力を増加させることが報告されています(Wesseling M, 2015)。そのため、この股関節の内転モーメントを減少させることが累積モーメントの減少につながります。
また、患者さんによって、生活習慣や活動量はそれぞれです。患者さんのライフスタイルを把握し、痛みのあるときは歩数を制限したり、身体活動量を少なくするなど、患者さん自身で累積モーメントを減少できるようセルフマネージメントの指導を行うことが大切になります。
Tateuchiらの報告は、変形性股関節症の悪化を防ぐための保存療法において、多くの示唆を与えてくれます。変形性股関節症の保存療法では、殿筋のコンディショニングとともに、歩行への介入とセルフマネージメントの指導により股関節の累積モーメントを減らすアプローチを考慮する必要があるでしょう。
変形性股関節症の保存療法
シリーズ①:変形性股関節症の保存療法と基本戦略①
シリーズ②:変形性股関節症の保存療法と基本戦略②
シリーズ③:変形性股関節症の保存療法と基本戦略③
シリーズ④:変形性股関節症の悪化を予測する新しい指標を知っておこう
股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント
股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点
股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由
股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方
股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か
股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2)
股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント
股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント
股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法
股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度
股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法
股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展
股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ
股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法
股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント
股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)
股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨
股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)
股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ
References
Rutherford DJ, et al. Hip joint motion and gluteal muscle activation differences between healthy controls and those with varying degrees of hip osteoarthritis during walking. J Electromyogr Kinesiol. 2015 Dec;25(6):944-50.
Valente G, et al. Influence of weak hip abductor muscles on joint contact forces during normal walking: probabilistic modeling analysis. J Biomech. 2013 Sep 3;46(13):2186-93.
Trost SG, et al. Conducting accelerometer-based activity assessments in field-based research. Med Sci Sports Exerc. 2005 Nov;37(11 Suppl):S531-43.
Tateuchi H, et al. Daily cumulative hip moment is associated with radiographic progression of secondary hip osteoarthritis. Osteoarthritis Cartilage. 2017 Feb 21. pii: S1063-4584(17)30863-4.
Clements KM, et al. How severe must repetitive loading be to kill chondrocytes in articular cartilage? Osteoarthritis Cartilage. 2001 Jul;9(5):499-507.
Wesseling M, et al. Gait alterations to effectively reduce hip contact forces. J Orthop Res. 2015 Jul;33(7):1094-102.