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ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編


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 私たちは投げるために肩を進化させてきました。この根拠について進化形態学では、鎖骨の延長化と肩甲骨の関節窩の垂直化、そして上腕骨の形態的変化から説明しています。

ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編

 

 ハーバード大学のRoachらは、ヒトは投げるために肩を進化させたが、現代では肩の進化が怪我のリスク因子になっていると述べています。

 

 今回は、「上腕骨のねじれ(Humeral torsion)」という上腕骨特有の形態から、肩の進化とその弊害について考察していきましょう。

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◆ 上腕骨のねじれは運動習慣の影響を受ける

 

 上腕骨を上から見ると、上腕骨頭の向きと肘関節の軸が交差するのがわかります。この角度を「上腕骨のねじれ」といいます。

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Fig.1:Larson SG, 2015より引用改変

 

 上腕骨のねじれは、出生直後から増加していき、成人までに平均23.4度ほど大きくなります(Cowgill LW, 2007)。

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Fig.2:Larson SG, 2015より引用改変

 

 上腕骨のねじれの形成には、遺伝的要因の他に、運動や動作習慣が大きく影響します。幼少期から野球をやっている選手は、野球をやっていない選手と比べて、上腕骨のねじれが10〜20度ほど少ないことが報告されています(Chant CB, 2007)。

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Fig.3:Chant CB, 2007より引用改変

 

 これは、上腕骨の骨端線の癒合が他の骨よりも遅いことから説明できます。骨癒合していない幼少期からの習慣的な投球動作は、上腕骨のねじれを減少させるように作用します。そのため、成人になった野球選手の上腕骨のねじれは減少しているのです。



◆ 上腕骨のねじれの減少が投げる能力を向上させた

 

 では、なぜ投球動作が上腕骨のねじれを減少させるように作用するのでしょうか?これをRoachらは次のように説明しています。

 

 速く、強く投げるためにはコッキングフェーズの粘弾性エネルギーを多く生み出す必要があります。そのためには、体幹の回旋による慣性モーメントを肩関節の外旋方向に作用させ、外旋可動域を拡大させなければなりません。

ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編

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 この外旋可動域の拡大に上腕骨のねじれが重要な意味をもつのです。(Roach NT, 2013)。

 

 上腕骨のねじれの程度と外旋可動域の関係を調べてみると、上腕骨のねじれが少ないほど外旋可動域が大きいことが報告されています(Roach NT, 2012)。少ない上腕骨のねじれがコッキングフェーズでの外旋可動域を拡大させ、粘弾性エネルギーの増大に寄与するのです。

 

 実際、上腕骨のねじれの程度とコッキングフェーズの回旋力(回旋仕事量)、ボールスピードとの関係においても、上腕骨のねじれが少なければ少ないほど回旋力が強く、ボールスピードが速いことが明らかになっています(Roach NT, 2013)。

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Fig.4:Roach NT, 2013より引用改変

 

 上腕骨のねじれの少なさが投球動作では有利に働くのです。

 

 Roachらは、このような背景から、上腕骨のねじれの減少が、ヒトの投げる能力を進化させたといいます。

 

 ヒトの上腕骨のねじれは他の類人猿に比べて、10度〜20度ほど少ないことが報告されています(Larson SG, 2007)。約200万年という長い間、ヒトは石や木片を投げることで狩猟活動を行ってきました。そこでは、上腕骨のねじれが少なく、粘弾性エネルギーを効率的に生成できるものが主役になれたのです。結果として、進化の自然選択により、ヒトと他の類人猿の上腕骨のねじれの差が生まれたと推測されています。

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Fig.5:Larson SG, 2007より引用改変

 

 

◆ 上腕骨のねじれの減少が怪我のリスクファクターになる

 

 鎖骨、肩甲骨、上腕骨の形態学的進化により、ヒトは他の類人猿よりも速く、強く、正確に投げることができるようになりました。現代では、投げる能力に秀でたものが野球などのオーバーヘッドスポーツの選手として活躍しています。しかし、このようなスポーツと狩猟活動では、根本的に投げる回数が異なります。

 

 例えば、野球のピッチャーは、投球動作を100回以上くり返えします。それも全力で。しかし、狩猟活動に最適化された肩は、このような投球回数を前提に構築されていません。結果として、肩の怪我が生じるのです。

 

 アメリカ・クリーブランドクリニックのPolsterらは、プロ野球の投手25名を対象に、利き手、非利き手の上腕骨のねじれを測定しました。2年間の追跡調査を行い、怪我の発症率、重症度、故障期間を記録しました。その結果、2年間に怪我をした選手は11名(44%)であり、故障期間と上腕骨のねじれに負の相関関係(r = -0.78)が認められました。また、上腕骨のねじれが重度な怪我の予測因子として特定され、上腕骨のねじれが少ない選手は怪我の発生率が高いことが明らかになったのです(Polster JM, 2013)。

 

 近年では、アメリカ・ステッドマンホーキンスクリニックのNoonanらにより、怪我のリスクが高まる上腕骨のねじれのカットオフ値が報告されています。プロ野球の投手225名を対象に、上腕骨のねじれと肩の怪我の発症について調査した結果、プレシーズンからポストシーズンまでの間に怪我をした選手は、怪我をしていない選手に比べて、上腕骨のねじれの利き手と非利き手の差が4度以上、低いことが明らかになりました(Noonan TJ, 2016)。

 

 これらの結果から、上腕骨のねじれが少ない選手ほど怪我のリスクが高いことが示唆されています。Polsterらは、上腕骨のねじれの測定を投手のリスクアセスメントとして行うべきであるという提言を述べています。



 このように進化の過程で得た投げる能力が、現代ではスポーツによる怪我の要因になっているのです。Roachらは、スポーツの怪我のマネージメントにおいて、進化形態学の知見が役に立つと言います。幼少期からの過度の投げ込みは上腕骨のねじれを減少させますが、同時に上腕骨の骨端線離開(リトルリーガーズショルダー)を発症させるリスクを高めます。肩甲骨の関節窩の垂直化が不十分な場合では腱板断裂のリスクが高まります。

腱板断裂の新しいリスク指標を知ろう

 

 このような進化形態学の知見がスポーツ医学の新しい見解を作っていくのかもしれませんね。

 

 

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肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム

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肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう

肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう

肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編

肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編

肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編

 

References

Roach NT, et al. Elastic energy storage in the shoulder and the evolution of high-speed throwing in Homo. Nature. 2013 Jun 27;498(7455):483-6.

Larson SG, et al. Evolutionary transformation of the hominin shoulder. Evolutionary Anthropology 16:172–187 (2007)

Cowgill LW. Humeral torsion revisited: a functional and ontogenetic model for populational variation. Am J Phys Anthropol. 2007 Dec;134(4):472-80.

Chant CB, et al. Humeral head retroversion in competitive baseball players and its relationship to glenohumeral rotation range of motion. J Orthop Sports Phys Ther. 2007 Sep;37(9):514-20.

Roach NT, et al. The effect of humeral torsion on rotational range of motion in the shoulder and throwing performance. J Anat. 2012 Mar;220(3):293-301.

Polster JM, et al. Relationship between humeral torsion and injury in professional baseball pitchers. Am J Sports Med. 2013 Sep;41(9):2015-21.  

Noonan TJ, et al. Humeral Torsion as a Risk Factor for Shoulder and Elbow Injury in Professional Baseball Pitchers. Am J Sports Med. 2016 Sep;44(9):2214-9.