リハビリmemo

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加齢により歩行の適応能力は変化する?①


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 歩行は身体と環境の相互作用により最適な歩行様式に適応される。

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 これは運動学習の運動適応にもとづくものであり、split belt treadmillの研究によって近年、新たな知見が多く報告されている。

 しかし、このような運動学習理論は加齢の影響をほとんど含んでいない。高齢化が進む現在、加齢の影響を考慮する必要性はますます高まっている。今回は、加齢が歩行の適応能力にどのような影響を与えるのか?というテーマについて考察してみたい。

 その前に、運動学習の基盤となる記憶、ならびに上肢の運動学習と加齢の関係性についてまとめておこう。

 

 

 神経科学の研究分野で最も有名な患者であるHM氏が亡くなったのが2008年12月であり、今月で7年が経過する。

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by The New York Times. DEC. 4, 2008

 

 HM氏はてんかん治療のため、1953年に海馬およびその周辺部を切除した。手術後、人格や推論などの一般的な知能や数十秒間の記憶である短期記憶には何の影響もなかったが、新しい宣言的記憶意味記憶エピソード記憶など)を形成することが不可能になった。彼の症例研究によって、記憶には様々な種類があり、それらの遂行には複数の脳のシステムが関わっていることが明らかになり、記憶の解明に大きく寄与した。

 

 HM氏の貢献はこれだけではない。運動学習における症例研究はとりわけ衝撃的であった。鏡を見ながら星形をトレースさせる課題は、鏡に映った手の動きが左右反対になるため、スムーズに課題を遂行するためには運動学習が必要となる。HM氏にこの課題を行わせると、試行を繰り返すにしたがって課題遂行時間は減少した。そして、いったん実験室を離れると、宣言的記憶を失った彼にはこの運動課題を行ったという記憶は一切のこっていなかった。ところが、改めて運動課題を行わせると前回よりもさらに上手に課題を遂行できたのである。

 

 この症例研究から、運動学習は学習を行った記憶とは無関係に進行し、保持されることが明らかになった。運動技能の学習には宣言的記憶とは異なる手続き記憶が寄与し、その学習は潜在的に行われるのである。運動学習は手続き記憶によって学習者が気が付かないままに学習(適応)されるのだ(Corkin S, 2002)。

 

 ここで全般的な記憶について簡単にまとめておく。記憶は、短期記憶と長期記憶に大別される。長期記憶は記憶を言葉にあらわすことができる宣言的記憶と言葉ではあらわすことができない非宣言的記憶に分けられる。宣言的記憶意味記憶エピソード記憶に分けられる。非宣言的記憶手続き記憶のことを言い運動学習の基盤となる。

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 ピアノなどの楽器の演奏や車の運転、自転車の乗り方、スキーやテニスなでの運動技能の学習は手続き記憶にもとづいている。これは俗にいう「体が覚えている」ということであり、明確に言葉で表せない非宣言的記憶である。長嶋元監督が少年野球教室で「球がこうスッとくるだろ」「そこをグゥーッと構えて、腰をガッとする」「あとはバァッといってガーンと打つんだ」と指導するのは運動学習が非宣言的記憶であるためだ。

 

◆ 加齢と記憶

 

 高齢者心理学により加齢と記憶の関係性は一応の結論に到達している。短期記憶は加齢の影響が小さい。長期記憶の宣言的記憶であるエピソード記憶は加齢の影響が顕著であり、意味記憶は加齢の影響を受けない。また、手続き記憶は高齢期でも低下せず、維持される(McDaniel MA, 2006)。

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 運動学習に必要な手続き記憶は加齢の影響を受けないことでコンセンサスが得られている。覚えた運動技能は年をとっても忘れないのである。では、運動を学習する能力は加齢の影響を受けるのだろうか?

 

 

◆ 加齢と運動学習能力

 

 運動学習はスキル学習と運動適応にわけられる。スキル学習は新たな運動技能を習得することを言い、運動適応はもともと備わっている動作を新たな環境に適応させることを言う。これらの運動学習は神経メカニズムとともに、学習過程、効果的なフィードバックが異なることが明らかになっている(Bastian AJ, 2008)。

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歩行を速く適応させる方法・その2』より

 

 

 米国ミシガン大学のSeidlerらは、スキル学習と運動適応に対する加齢の影響について報告している。高齢者と若年者を対象に、スキル学習は系列反応時間課題(Serial reaction time task:SRT)を用い、運動適応は視覚運動変換課題(Visuomotor adaptation task)を実施した(Seidler RD, 2006)。

 

 ピアノを弾く、漢字を書く、暗証番号を入力するなどの日常行動のほとんどが連続的な運動である。この連続的運動の学習効果を調べるのがSRTである。被験者はジョイスティックを持ち、画面上の指示にしたがってスティックを上下、左右に動かす(例:上→右→下→左…)。同じ順序で24回施行し、これを3セット行い、その後は順番を変え、2セット行い、反応時間を計測した。

 

 その結果、もともとの反応時間の異なりはあったが、学習効果(反応時間の減少率)に有意な差は認められなかった。

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fig.1:Seidler RD, 2006より引用。縦軸に反応時間、横軸にブロックス数を示している。若年者(オレンジ)、高齢者(ブルー)ともにS1〜S3で学習効果が認められている。

 

 プリズム眼鏡をかけたことはあるだろうか?プリズム眼鏡をかけて、コップを持とうとしても上手くコップに到達できない。しかし、何回か繰り返しているうちにスムーズにコップを持つことができるようになる。そして、眼鏡を外すとまた思うようにコップが持てなくなる。このような運動適応を調べるのが視覚運動変換課題である。

 

 被験者はジョイスティックを持ち、ターゲットの場所に合わせてスティックを動かす。この研究では、30度、45度にターゲットを設定し、軌道変化を測定した。

 

 その結果、軌道変化による運動適応は高齢者に低下していることが認められた。

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 fig.2:Seidler RD, 2006より引用。ターゲットが45度変化する際の運動軌道の適応状態を示している。若年者(ブルー)に比べて高齢者(ピング)の軌道が不安定であることがわかる。

 

 研究結果は、加齢によってスキル学習能力は維持されるが、運動適応能力は低下することを示している。Seidlerらは、運動適応能力が低下する要因として、加齢による小脳機能の低下によるものと推察している。この研究報告によって、加齢に伴い新たな運動技能の獲得能力よりも環境に運動を適応させる能力が低下することが示唆された。

 

 

 ヒトは、習得した運動技能の記憶である手続き記憶はいつまでも維持することができる。運動の学習能力においては、手指動作などの運動技能の習得能力は加齢により影響は受けないが、リーチ動作などの粗大運動では、環境の変化に対する適応能力は低下する傾向にある。このような加齢特異的な運動学習の知見は、高齢者の上肢の運動療法を検討する際や高齢者の運動学習の研究を行うときには参考になるだろう。

 

 では、歩行の運動学習は加齢の影響を受けるのであろうか?このテーマについては次回、考察してみたい。 

 

 最後に、今月はHM氏の忌月である。運動療法は、生活に必要な動作や行動を医学的見地から学習させる運動学習にもとづいている。HM氏の研究協力により運動学習の基盤となる手続き記憶の潜在性が明らかになった。我々の運動療法はHM氏の貢献に立脚していることを忘れてはいけない。

 

 R.I.P. Henrry M.

 You left a legacy in science that cannot be erased.

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

Reference

Corkin S. What's new with the amnesic patient H.M.? Nat Rev Neurosci. 2002 Feb;3(2):153-60.

McDaniel Mark A, et al. New considerations in aging and memory: The glass may be half full. (2008). The handbook of aging and cognition (3rd ed.)

Amy J. Bastian et al, (2008) Understanding sensorimotor adaptation and learning for rehabilitation. Curr Opin Neurol. 21(6): 628–633

Seidler RD. Differential effects of age on sequence learning and sensorimotor adaptation. Brain Res Bull. 2006 Oct 16;70(4-6):337-46.

 

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