リハビリmemo

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脳卒中の発症部位と歩行速度


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 脳卒中後の歩行速度は、その患者さんの生活の質(QOL)に大きく影響します。歩行速度は外出頻度と密接な関係があり、地域参加できることがQOLの向上に寄与するのです。

脳卒中後の歩行速度とQOL

 

 このような背景から、歩行速度を改善するための研究が多く行われており、特に生体力学研究からは多くの示唆が得られます。

生体力学が教える速く歩くためのポイント①

生体力学が教える速く歩くためのポイント②

 

 そして、近年では、脳卒中の発症部位によって、歩行速度の改善に違いが見られることが明らかになってきました。発症部位から歩行速度の改善が予測できれば、改善予測に合わせた戦略的なリハビリテーションの提供が可能になります。

 

 今回は、脳卒中の発症部位と歩行速度の改善について考察してみましょう。

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 2015年、ケンブリッジ大学のJonesらは「脳卒中の発症部位によってリハビリによる歩行速度の改善を予測できる」という興味深い研究結果を報告しています。

 

 Jonesらは、脳卒中患者50名を対象に、MRIによる発症部位の特定とともに歩行能力を測定しました。そして6週間の歩行リハビリを行い、再度、歩行能力を測定しました。

 

 その結果、被殻やその周囲(島、外包)の病変ではリハビリによる歩行速度の改善成績が良くないことが明らかになったのです。Jonesらは、歩行速度の改善に影響を与える特異的な部位として被殻とその周囲を挙げ、こられの病変ではより積極的な歩行リハビリを行うことが推奨されると述べています。

 

 では、なぜ被殻やその周囲の病変ではリハビリによる歩行速度の改善成績が良くないのでしょうか?今回は、被殻に焦点を絞り、その理由について解剖学的、画像的知見から考えてみましょう。



被殻のしくみと歩行

 

 被殻のある基底核には運動制御を担う大脳皮質-基底核視床の運動ループが存在します。運動ループは大脳皮質の運動野、運動前野から始まり、基底核線条体である被殻淡蒼球、そして視床下核を中継し、視床のVLに到達し、視床から大脳皮質の運動野に戻ります。この運動ループによって運動プログラムが生成されるのです。

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Fig.1:Neuroscience: funcametals for rehabilitationより引用改変

 

 大脳皮質-基底核視床の運動ループによって生成された運動プログラムは3つのルートによって出力されます。

 ひとつ目のルートは、基底核から視床、運動野を介して皮質脊髄路を経由するルートで、このルートは主に巧緻運動に寄与します。

 ふたつ目は、基底核から脚橋被蓋核を介して網様体脊髄路を経由するルート。このルートは姿勢や近位筋の制御に関与します。

 みっつ目は、基底核から中脳の歩行誘発野を介して網様体脊髄路を経由し、CPG(central pattern generator)を制御するルートで、歩行の開始、調整に関与します。

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Fig.2:Neuroscience: funcametals for rehabilitationより引用改変 

 

 このような運動制御に関する基底核のしくみから、被殻の病変では姿勢や歩行の調整に障害が生じることが推測されるのです。特にCPGは快適歩行速度に寄与することが動物実験から示されており、ヒトにおいてもCPGが歩行速度に寄与していると考えられています。この観点からも被殻の病変が歩行速度に影響を与える可能性があるでしょう。



被殻出血と皮質網様体

 

 MRIの検査方法である拡散強調画像(diffusion weighted image:DWI)は急性期の脳卒中の診断で使用されます。急性期病院で働いている方はよくご存知ですよね。この拡散強調画像をもとに、一定の方向に向かって連続する神経線維を画像化したものが拡散テンソル画像(diffusion tensor image:DTI)になります。そして、近年ではこの拡散テンソル画像をもとに派生した拡散テンソルトラクトグラフィー(diffusion tensor tractography:DTT)が注目されています。DTTは神経線維を3次元で表示できることから、脳病変による神経線維への影響や神経線維と症状の関係性を解析できるのです。

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Fig.3:脳腫瘍(赤い矢印)が皮質脊髄路を圧迫しているのがよく分かるDTT画像 

 

 運動制御に関わる大脳皮質からの下降路には、主に皮質脊髄路(corticospinal tract:CST)と皮質網様体路(corticoreticular pathway:CRP)があります。CSTは四肢の末梢の運動制御に関与し(Davidoff RA, 1990)、CRP網様体脊髄路からなる皮質網様体脊髄路は四肢の近位、体幹筋の運動制御に関わることが示されています(Jang SH, 2013)。

 

 被殻出血の多くの症例では、神経学的な症状である筋力の弱化(muscle weakness)が認められることが報告されています(Ghetti G, 2012)。近年では、拡散テンソルトラクトグラフィーの研究によって被殻出血による筋力の弱化の原因としてCSTとCRPの関与が報告されつつあります。

 

 嶺南大学のYooらは、拡散テンソルトラクトグラフィーを用いて、57名の被殻出血患者のCSTとCRPの損傷程度と運動機能、歩行機能の評価を行いました。その結果、CSTの損傷が41名(71.9%)、CRPの損傷が50名(87.8%)に認められ、両方の損書が37名(64.9%)に認められたと報告しています。

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Fig.4:Yoo JS, 2014より引用改変。被殻出血によりCST、CRPが損傷されています様子が良くわかりますね。

 

 この結果から、Yooらは、被殻出血はCSTよりもCRPを損傷する割合が多く、またCST、CRPの両方を損傷しやすい特異的な脳病変であると述べています。被殻出血によりCRPが損傷されやすい理由としては、解剖学的にCRPがCSTよりも被殻に近いことを挙げています。

 

 また、運動機能との関連をみると興味深い結果が得られました。被殻出血によりCSTのみが損傷されると主に手指の機能障害を認め、CRPのみが障害されると歩行の機能障害が認められたのです。さらにCSTとCRPの両方が損傷された場合は、CST、CRP単独よりも重度化しやすい傾向が見られました。

 

 Yooらはこれらの結果から、被殻出血ではCRPの損傷による四肢の近位筋の弱化、歩行能力の低下をより臨床的に重要視し、介入するべきであると結論づけています(Yoo JS, 2014)。

 

 

 人為的にヒトの被殻を損傷させることは倫理的に許されないため、被殻の病変と歩行速度の因果関係を示すことはできません。しかし、神経解剖学により被殻を含む基底核は、大脳皮質、視床と運動ループを形成し、運動プログラミングの生成とともに網様体脊髄路を経由して姿勢や歩行の調整に関与することがわかっています。

 また、拡散テンソルトラクトグラフィー研究により、被殻出血ではCSTよりもCRPがより損傷されやすく、CRPの損傷が近位筋や歩行能力の低下に寄与することが明らかになっています。これらの知見からも被殻病変が歩行速度の改善に影響を与える可能性は高いと考えられているのです。

 

 今回、ご紹介した知見以外にも、被殻は潜在的学習にも関与しており、被殻の病変が潜在的学習にもとづく歩行適応にも影響するという知見もありますが、冗長になってしまうので別の機会にご紹介します。

 

 以上から、被殻出血によって近位筋の弱化や歩行速度の改善が思わしくない場合は、より集中的なリハビリテーション(intensive rehabilitation)を実施し、歩行速度の改善を図る必要があるでしょう。

 

 画像研究の発達によって、今まで以上に脳病変と症状の関係性が明らかになってきています。特に拡散テンソルトラクトグラフィーの研究では、皮質網様体路など今までは仮説であったものが科学的な知見として説明できるようになってきました。より患者さんの病態に合わせたリハビリテーションが提供できるよう、本ブログでも新しい知見を紹介していきますのでご覧いただけると幸いです。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

脳のしくみとリハビリテーション

シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう

シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

シリーズ③:脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう

シリーズ④:脳卒中の発症部位と歩行速度

シリーズ⑤:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①

シリーズ⑥:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ② 

シリーズ⑦:ヒトの皮質網様体路と歩行制御 

シリーズ⑧:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①

シリーズ⑨:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②

 

 

 

参考図書

Neuroscience: Fundamentals for Rehabilitation, 4e

 

Reference

Jones PS, et al. Does stroke location predict walk speed response to gait rehabilitation? Hum Brain Mapp. 2016 Feb;37(2):689-703.

Davidoff RA. The pyramidal tract. Neurology. 1990 Feb;40(2):332-9.

Jang SH, et al. Functional role of the corticoreticular pathway in chronic stroke patients. Stroke. 2013 Apr;44(4):1099-104.

Ghetti G. Putaminal hemorrhages. Front Neurol Neurosci. 2012;30:141-4.

Yoo JS, et al. Characteristics of injury of the corticospinal tract and corticoreticular pathway in hemiparetic patients with putaminal hemorrhage. BMC Neurol. 2014 Jun 6;14:121.

  

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