来年度の診療報酬改定の全貌がようやく見えてきましたね。リハビリテーション関係で大きく評価されているのは、ADL維持向上等体制加算のみです。ADL維持向上加算の増点は、病棟にリハビリスタッフを専従配置し、廃用予防を行うことがADLの早期回復に寄与するということを厚労省が評価した結果でしょう。
平成25年に発表された中央社会保険医療協議会(中医協)の資料によると急性期病棟に入院中の廃用症候群によるADLの低下が課題として挙げられています。入院中の患者のADL変化をみると、在院日数の長期化により退院時のADLが低下しており、特に65歳以上の高齢者では著明に低下していることがわかります。
図:中医協 総-1, 25.12.1より引用
これに対して、中医協では、リハビリスタッフの病棟配置による介入が入院による廃用症候群を予防し、ADLの改善に寄与するという広島大学病院の平田氏の研究報告を参考資料として提示しています。
図:中医協 総-1, 25.12.1より引用
このような背景から、今回の改定ではADL維持向上加算は80点に増点され、リハビリスタッフの病棟配置を評価し、病棟単位で廃用症候群の予防に取り組み、ADLの維持・改善を目指す体制が求められているのです。
そこで、今回は廃用症候群の中でも廃用性筋萎縮をテーマに、廃用によって筋萎縮が生じやすい筋について調査した報告をご紹介しましょう。
廃用によって筋萎縮しやすい筋がわかれば、リハビリのリソースを集中的に投下することで効率的な廃用予防が実施できるはずです。
◆ 廃用により筋萎縮を起こしやすい下肢筋
京都大学の池添らは、高齢者の廃用性筋委縮が生じやすい筋を特定するために超音波を用いて下肢の筋萎縮の程度を調べました。歩行可能な高齢者と長期臥床の高齢者を対象に、大殿筋、中殿筋、小殿筋、大腰筋、大腿直筋、外側広筋、中間広筋、大腿二頭筋、腓腹筋、ヒラメ筋の筋厚を測定しています。
長期臥床の高齢者では、歩行可能な高齢者に比べて全体的に49.1–83.0%の筋萎縮を認めました。その中でも特に大腿四頭筋、ヒラメ筋の筋萎縮は著明であり、廃用特異的に筋萎縮が生じることがわかりました。しかし、驚くことに大腰筋や小殿筋の筋萎縮は極めて軽度であるという結果が示されたのです(Ikezoe T, 2011)。
Fig.1:Ikezoe T, 2011より引用改変
廃用によって大腿四頭筋が特異的な筋萎縮を示す理由は、大腿四頭筋が歩行や階段昇降といった荷重活動に関与しているためであると推測されています。また、先行研究から大腿四頭筋は7日間の臥床で3%(Ferrando AA, 1995)、20日間で8%(Akima H, 1997)、42日間で14%(Berg HE, 1997)も筋萎縮することが報告されています。
ヒラメ筋は立位姿勢の保持や歩行の推進力に寄与することがわかっており、大腿四頭筋と同じく廃用よって筋萎縮が生じやすいと推測されています。
大腰筋は筋萎縮が少ないという驚きの結果が示されましたが、実は他の多くの先行研究においても同様の報告がされているのです。
Hidesらは、健常男性を対象に8週間の長期臥床による筋萎縮の程度を調べた結果、大腰筋は筋萎縮どころか筋肥大していたことを報告しています。その理由は明らかになっていませんが、臥床姿勢は起き上がりや膝を立てるといった動作により股関節屈筋が収縮しやすいのだろうと述べています(Hides JA, 2007)。
長期臥床により膝関節伸展筋である大腿四頭筋、足関節底屈筋のヒラメ筋や腓腹筋が筋萎縮しやすく、股関節屈筋である大腰筋は筋萎縮しにくいことが明らかになっているのです。
◆ 廃用により筋萎縮を起こしやすい体幹筋
では、体幹筋には廃用特異的な筋萎縮が生じるのでしょうか?
この問いについても池添らが答えてくれています。池添らは、歩行可能な高齢者と長期臥床の高齢者を対象に、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋、脊柱起立筋、腰部の多裂筋の筋厚を超音波を用いて調査しました。
その結果、長期臥床の高齢者では、腹横筋、脊柱起立筋、多裂筋が著明に筋萎縮していることがわかりました。しかし、またまた驚くことに腹直筋や内腹斜筋の筋萎縮は軽度だったのです。
Fig.2:Ikezoe T, 2012より引用改変
腹横筋と多裂筋は腰椎の安定化に関与しています(Kiefer A, 1997)。これらの筋は立位や座位時の脊柱のアライメントを維持するように活動するため、臥床で特異的に筋委縮すると推測されています。
また、脊柱起立筋も抗重力筋としての直立姿勢の維持に寄与し、歩行の立脚前期には慣性力による体幹前傾を防ぐ役割を有しています(Kiefer A, 1997)。そのため、臥床では特異的に筋萎縮するのです。
では、腹直筋や内腹斜筋といった腹筋群の筋萎縮が軽度であったのはなぜでしょうか。実は、過去の報告でも同様の知見が示されていました。Hidesらは8週間の長期臥床による腹筋群の筋萎縮の程度を調査したところ、股関節屈筋と同じように腹筋群においても筋肥大を起こしていたことを報告しています(Hides JA, 2007)。その理由として臥床姿勢は起き上がり動作など、立位でいるよりも腹筋群を活動させやすいためであると推測しています。
長期臥床により筋萎縮しやすい体幹筋は、腹横筋や多裂筋、脊柱起立筋といった抗重力筋であり、腹直筋などの腹筋群は萎縮が軽度であることが示唆されているのです。
これらの報告から、廃用によって筋萎縮が生じやすい筋は、膝関節伸展筋、足関節底屈筋、背筋群、体幹の深層筋(腹横筋、多裂筋)であり、腹筋群、股関節屈筋は廃用による影響が少ないことが明らかになっています。
このような廃用特異的な筋萎縮の知見にもとづき、リハビリテーションをデザインすることが効果的で効率的な廃用予防につながるでしょう。
廃用症候群の科学
シリーズ①:廃用によって筋萎縮しやすい筋とは?
シリーズ②:体幹筋の廃用性筋萎縮を予防しよう
Reference
Ikezoe T, et al. Atrophy of the lower limbs in elderly women: is it related to walking ability? Eur J Appl Physiol. 2011 Jun;111(6):989-95.
Ferrando AA, et al. Magnetic resonance imaging quantitation of changes in muscle volume during 7 days of strict bed rest. Aviat Space Environ Med. 1995 Oct;66(10):976-81.
Akima H, et al. Effects of 20 days of bed rest on physiological cross-sectional area of human thigh and leg muscles evaluated by magnetic resonance imaging. J Gravit Physiol. 1997 Jan;4(1):S15-21.
Berg HE, et al. Lower limb skeletal muscle function after 6 wk of bed rest. J Appl Physiol (1985). 1997 Jan;82(1):182-8.
Hides JA, et al. Magnetic resonance imaging assessment of trunk muscles during prolonged bed rest. Spine (Phila Pa 1976). 2007 Jul 1;32(15):1687-92.
Ikezoe T, et al. Effects of age and inactivity due to prolonged bed rest on atrophy of trunk muscles. Eur J Appl Physiol. 2012 Jan;112(1):43-8.
Kiefer A, et al. Stability of the human spine in neutral postures. Eur Spine J. 1997;6(1):45-53.