効果的に姿勢や歩行障害を改善させるためには、そのしくみを理解しリハビリテーションをデザインすることが大切です。運動学や脳科学といった学問により明らかにされた「しくみ」は科学的に検証された知見であり、しくみにもとづくリハビリテーションは、科学的根拠にもとづくリハビリテーションとも言い換えられるでしょう。
長らく脳卒中患者の姿勢・歩行障害は錐体路徴候に主眼があてられていました。しかし現在では、皮質網様体脊髄路を代表とする錐体外路の役割が注目されています。
旭川医科大学の高草木氏は動物研究にもとづき、姿勢・歩行制御における皮質網様体脊髄路の役割を作業仮説として提唱しています。そして近年ではニューロイメージング(脳機能画像)研究の発展により、ヒトの姿勢・歩行制御に対する皮質網様体脊髄路の役割が明らかになりつつあります。
さらに臨床においても脳卒中による皮質網様体脊髄路の損傷が歩行能力の低下に寄与することが明らかになっています。
このように従来とは異なり、近年では姿勢・歩行に対する皮質網様体脊髄路の関与が強く示唆されているのです。効果的な姿勢・歩行障害のリハビリテーションをデザインするためには、さらに神経系のしくみを理解する必要があるでしょう。
今回は、ヒトの大脳皮質と姿勢制御について近年のニューロイメージング研究をご紹介します。
脳活動計測では、EEG(脳波)やMRI(磁気共鳴画像)が代表的ですが、これらの欠点はヒトが動いている間の脳活動を測定できない点です。そのため姿勢や歩行時の運動イメージなどによって代替的な脳活動研究が行われています。
この問題を解決するニューロイメージング機器として登場したのがNIRS(近赤外線分光法)です。
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脳活動は神経細胞の電気的な活動により行われます。私たちと同じように神経細胞は酸素を取り込むことによって活動しており、神経細胞が活性化すると、それに応じて脳血流も増加します(神経血管カップリング)。NIRSは神経血管カップリングの原理を利用して、脳血流量の変化を神経細胞の活動の変化として計測します。
NIRSは頭部に計測プローブのついたキャップをかぶるだけで、MRIのように被験者を拘束する必要がありません。そのため立位やトレッドミル上での歩行時の脳活動計測が可能になるのです。
◆ 立位姿勢制御における補足運動野の関与
大阪大学大学院のMiharaらのグループは、NIRSを用いることで、ヒトの姿勢制御に大脳皮質が関与することを初めて明らかにしました。
健常者にNIRSを装着し、立位姿勢の状態で外乱(床が前後に動く)を与えた際の脳血流量の変化を計測しました。
Fig.2:Mihara M, 2008, Life and Biomedical Sciencesより引用改変
その結果、外乱による立位姿勢制御には前頭前野、補足運動野(SMA)、後部頭頂葉の脳血流量の増加が示されたのです。
Fig.3:Mihara M, 2008, Life and Biomedical Sciencesより引用改変
前頭前野の活性化は注意の配分、後部頭頂葉の活性化は身体図式に寄与していると推察しながら、Miharaらは特にSMAの活性化に注目しています。
外乱に対する姿勢バランスは、足関節のスティフネスによって制御(足関節戦略)されることが運動学的に示されています(Winter DA, 1998)。また、MRI研究では足関節の運動の準備にSMAの活性化の関与が示唆されており(Sahyoun C, 2004)、Miharaらはこれらの知見から立位姿勢制御における足関節戦略にSMAの活性化が関与しているのだろうと結論づけています(Mihara M, 2008)。
高草木氏は、大脳皮質の6野には皮質網様体路の投射が豊富であるという動物実験(Matsuyama, 1997)から、ヒトにおいてもSMAや運動前野から姿勢制御プログラムが網様体へ投射することで姿勢制御を行うという作業仮説を提唱しました。
Fig.4:高草木 薫, 2009より引用改変
この作業仮説に対して、近年の拡散テンソルトラクトグラフィーを用いた画像研究では、ヒトにおいても皮質網様体路がSMAや運動前野に由来していることを示しています。
そして今回の報告では、初めてヒトにおいても姿勢制御にSMAが関与することが証明されたのです。ヒトの姿勢制御は、SMAの活性化が始点となり、SMAから投射される皮質網様体路を通じて実行されることが示唆されているのです。
では、脳卒中後の姿勢制御の改善に大脳皮質は関与しているのでしょうか?
次回は、脳卒中患者を対象にした姿勢制御のNIRS研究をご紹介しながら、姿勢制御のしくみについてさらに理解を深めていきましょう。
姿勢制御のしくみとリハビリテーション
シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう
シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう
シリーズ③:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①
シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②
シリーズ⑤:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①
シリーズ⑥:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②
脳のしくみとリハビリテーション
シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう
シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう
シリーズ③:脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう
シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①
シリーズ⑤:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②
シリーズ⑥:ヒトの皮質網様体路と歩行制御
シリーズ⑦:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①
シリーズ⑧:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②
参考文献
高草木 薫. 大脳基底核による運動の制御. 臨床神経,49:325―334, 2009
Reference
Mihara M, et al. Role of the prefrontal cortex in human balance control. Neuroimage. 2008 Nov 1;43(2):329-36.
Infrared Spectroscopy - Life and Biomedical Sciences, 2012. INTECH
Winter DA, et al. Stiffness control of balance in quiet standing. J Neurophysiol. 1998 Sep;80(3):1211-21.
Sahyoun C, et al. Towards an understanding of gait control: brain activation during the anticipation, preparation and execution of foot movements. Neuroimage. 2004 Feb;21(2):568-75.
Matsuyama K, et al. Organization of the projections from the pericruciate cortex to the pontomedullary brainstem of the cat: a study using the anterograde tracer Phaseolus vulgaris-leucoagglutinin. J Comp Neurol. 1997 Dec 29;389(4):617-41.
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