変形性膝関節症を悪化させる主な要因は、膝関節に生じる負荷(メカニカルストレス)であると言われています。
歩行や日常生活動作でメカニカルストレスが繰り返し生じることによって、膝関節の痛みや悪化を招きます。そのため、変形性膝関節症の予防や保存療法では、歩行への介入とともに日常生活動作への指導が重要な役割を担っているのです。
では、どのような日常生活動作に気をつければ良いのでしょうか?
この問いについて、近年の生体力学は「浅い膝関節屈曲姿勢での荷重動作が膝のメカニカルストレスを最も大きくする」と答えています。一般的に膝を深く曲げる動作(椅子からの立ち上がりやしゃがみ動作など)が膝の負担を強めるイメージがありますが、生体力学研究では膝関節屈曲40度以内での荷重動作である階段昇降や坂道の歩行などが最も膝のメカニカルストレスを高めると示唆しているのです。
しかし、何故、膝を深く曲げた動作よりも浅く曲げた動作のほうが膝への負担が高まるのでしょうか?
今回は、近年の形態分析学の側面からこの問いについて考察してみましょう。
変形性膝関節症を悪化させるメカニカルストレスは、膝関節のスペースが狭くなった部分から生じてきます。形態分析学ではこの膝関節のスペースがどの屈曲角度で最も狭くなるのかという研究が1970年代から始まっているのです。1976年、Maquetらは、X線を用いて膝屈曲角度における膝関節のスペースを計測し、最も狭くなるのは屈曲24-28度であるということを初めて報告しました(Maquet P, 1976)。
その後もMaquetらの報告を支持する研究報告が示され、2003年、Vignonらは変形性膝関節症患者58名の膝関節スペースをX線にて撮影し、2年間の追跡調査を行う縦断的研究を報告しました。その結果、変形性膝関節症の進行とともに、膝屈曲20−30度の肢位で最も膝関節のスペースが狭小化していることを明らかにました(Vignon E, 2003)。
これらの研究から、メカニカルストレスによる変形性膝関節症の軟骨変性には膝屈曲20−30度の肢位で生じる狭小化が寄与していることが示唆されたのです。
しかし、X線では半月板の形状が考慮されていないこと、2次元での撮影のため前後、内外側といった局所のスペースの変化については測定できないという欠点が指摘されていました。
そこで登場してきたのがMRI(核磁気共鳴画像法 )です。MRIによって得られた3次元データを数学的にモデル化し、局所の膝関節のスペースを計測することが可能となりました。
ルートヴィヒ・マクシミリアン大学のWirthらは、2010年、変形性膝関節症患者80名、160の膝を対象にMRIによって得られたデータをモデル化し、1年間、膝関節のスペースの計測を継続しました。Wirthらは、変形性膝関節症の重症度によってグループを分け、膝屈曲角度における狭小化率(狭小化が生じている割合)を算出して比較検討しました。
Fig.1:Wirth W, 2010より引用。MRIによって得られたデータ(a)から大腿骨内側部のモデル(b)を作成し、膝関節スペースの狭小化を測定。
まず、全てのグループの平均的な狭小化率を見てみましょう。全体の傾向として、膝関節の狭小化は膝屈曲角度30-40度が最も高くなり、40度以降は減少しいてるのがわかります。
Fig.2:Wirth W, 2010より引用改変
次に軽度の変形性膝関節症の場合では、屈曲角度0-30度、30-40度で狭小化のピークが示されています。
Fig.3:Wirth W, 2010より引用改変
さらに中等度の変形性膝関節症の場合では、膝屈曲角度15-45度で狭小化のピークを迎えています。
Fig.4:Wirth W, 2010より引用改変
これらの結果から、Wirthらは、軽度の変形性膝関節症ほど浅い膝関節の角度で狭小化が生じると示唆しています(Wirth W, 2010)。
近年では、さらにMRIによる形態分析学研究が進んでおり、2016年、テネシー大学のMichaelらは、MRIのデータから大腿骨だけでなく、脛骨の軟骨もモデル化しました。
Fig.5:Michael Johnson J, 2016より引用
そして膝関節の狭小化を測定することによって接触応力の分布を膝の屈曲角度に応じてマッピングしたのです。
Fig.6:Michael Johnson J, 2016より引用。膝関節屈曲角度別の接触応力を示している。
Michaelらは、この解析手法を用いて変形性膝関節症の患者を内反膝、外反膝、正中の3つアライメントからグループ分けを行い、膝関節の屈曲角度別に接触応力を分析しました。
その結果、内反膝と外反膝では屈曲角度において異なるパターンが示されました。内反膝の軟骨変性は大腿骨側で屈曲0-20度、脛骨側で屈曲0−40度で強く、膝外反の軟骨変性は大腿骨側で屈曲20-60度、脛骨側では60度を超えると強くなることがわかったのです。
Fig.7:Michael Johnson J, 2016より引用
つまり、軟骨の摩耗は内反膝では屈曲早期に、外反膝では深い屈曲位で生じるという特性を有することが明らかになったのです。
生体力学は変形性膝関節症の注意すべき日常生活動作について「浅い屈曲角度での荷重動作に気をつけよう」と言っています。
そして形態分析学においても、膝の浅い屈曲角度では関節の狭小化が生じやすく、特に日本人に多い内反膝ではより軟骨の摩耗が生じやすいことが示されているのです。
このような知見から変形性膝関節症の予防や保存療法を考えると、やはり階段昇降や坂道での歩行は無理して頑張るのではなく、なるべく頻度を減らす必要があるかもしれません。また膝の屈曲拘縮は軟骨変性を増悪させるリスク因子になるでしょう。
これらの知見を動作指導に反映するためにも、まずは患者さんの話をしっかり聞き、生活背景や実際の日常生活動作を詳細に評価することが大切になりますね。
変形性膝関節症の保存療法シリーズ
保存療法①:変形性膝関節症を予防する基本戦略
保存療法②:変形性膝関節症の予防① 股関節外転筋トレーニングの有効性について
保存療法③:変形性膝関節症の予防② 膝OAで股関節外転筋力が低下する理由
保存療法④:変形性膝関節症の予防③ 股関節外転勤トレーニングをしよう
保存療法⑤:変形性膝関節症の予防④ 膝の屈曲拘縮を予防しよう!
保存療法⑥:変形性膝関節症に良い靴選び
保存療法⑦:変形性膝関節症に良い靴選び②
保存療法⑧:変形性膝関節症に良い靴選び③
保存療法⑨:変形性膝関節症に良い靴選び④
保存療法⑩:変形性膝関節症の予防⑤ 生体力学が教える注意すべき日常生活動作
保存療法⑪:変形性膝関節症の予防⑥ 注意すべき日常生活動作とその理由
Reference
Maquet P, et al. The weight-bearing surfaces of the femoro-tibial joint. Acta Orthop Belg. 1976;42 Suppl 1:139-43.
Vignon E, et al. Measurement of radiographic joint space width in the tibiofemoral compartment of the osteoarthritic knee: comparison of standing anteroposterior and Lyon schuss views. Arthritis Rheum. 2003 Feb;48(2):378-84.
Wirth W, et al. Spatial patterns of cartilage loss in the medial femoral condyle in osteoarthritic knees: data from the Osteoarthritis Initiative. Magn Reson Med. 2010 Mar;63(3):574-81.
Michael Johnson J, et al. Cartilage loss patterns within femorotibial contact regions during deep knee bend. J Biomech. 2016 Jun 14;49(9):1794-801.
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