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脳卒中の超早期リハビリテーション論争 まとめ②


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  脳卒中の超早期リハビリテーションに対する推奨派と反対派の議論は30年にもわたり行われ、巷では「脳卒中の超早期リハビリテーション論争」と呼ばれている。

脳卒中の超早期リハビリテーション論争 まとめ①

 

 医学において批判(Critical)という用語は欠かせない。問題を議論し、検証する批判的吟味を通じてのみ医学は発展するのである。

 

 今回は、脳卒中に対する超早期リハビリの推奨派、反対派それぞれの主張を見てみよう。

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◆ 推奨派の主張

 

 推奨派の論拠は「超早期リハビリは、脳卒中特異的に生じる廃用症候群を予防するとともに、脳の神経可塑性を促進させる」というものである。

 

 脳卒中患者は最大酸素摂取量が特異的に低下しやすい。通常の長期臥床している患者よりも運動耐容能が低下しやすい(疲れやすい)のである。これは麻痺側下肢の耐久性の高いタイプⅠ線維が特異的に変性することに起因し、結果的に耐久性の低いタイプⅡ線維の割合が増加するためである。脳卒中後の不活動は、脳卒中特異的な筋萎縮を生じさせ、その後の動作や歩行時の最大酸素摂取量を低下させる(Ivey FM, 2006)。

 

 また、脳卒中の機能回復の基盤である神経可塑性(Neuroplasticity)は脳卒中後早期に生じやすいことが動物実験で示されている。Murphyらは、神経成長を促進する因子は脳卒中発症して間もなく分泌が高まり、神経成長を抑制する因子の分泌が高まる数週間までの期間が最も神経可塑性が生じやすいことを明らかにした(Murphy TH, 2009)。脳卒中発症から数週間が神経可塑性を高めるゴールデンタイムなのである。

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Fig.1:Murphy TH, 2009より引用改変 

 

 リハビリの有効性が実施時間とともに失われていくことも明らかになっている。Biernaskieらは、脳卒中発症後のリハビリ介入時期が遅くなるほど機能回復が遅延することを動物実験で示している。発症後5日で介入した群は14日後、30日後に介入した群よりも有意な改善が認められたのである(Biernaskie J, 2004)。

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Fig.2:Biernaskie J, 2004より引用改変

 

 さらに脳卒中後早期にリハビリを行うことで脳梗塞の梗塞巣の大きさが減少することも示されている(Egan KJ, 2014)

 

 推奨派は、このような論拠をもとに超早期リハビリを推し進めている。超早期リハビリは脳卒中特異的な廃用症候群を予防するとともに、神経可塑性のゴールデンタイムにより多くのリハビリを実施することが長期的な予後に有効なのだ。



◆ 反対派の主張

 

 これに対して反対派は、超早期リハビリのリスクについて危惧している。

 

 反対派が最も危惧していることは、超早期リハビリが救出可能なペナンブラの再灌流の妨げになるということである。

 

 Olavarríaらは脳卒中後のヘッドアップが脳血流に与える影響についてのシステマティックレビューを報告し、中大脳動脈梗塞の患者においてヘッドアップを30度行うと脳血流速度が低下することを明らかにした(Olavarría VV, 2014)。

 

 またChristoforidisらは、ヘッドアップは側副血行路の新生を阻害し、結果的にペナンブラや小さな梗塞の改善を妨げることを示している(Christoforidis GA, 2004)。

 

 このような背景から近年では、HeadPoST( Head Position in Acute Ischemic Stroke Trial)というプロジェクトがオーストラリアで始まっている。HeadPoSTは、脳卒中後の早期のヘッドアップが脳血流と病態に与える影響を調査するプロジェクトである。

 

 2016年にHeadPoSTによって行われたパイロットスタディでは、92名の脳卒中患者を対象として、30度のヘッドアップにより脳血流速度が20%低下したことを報告している(Brunser AM, 2016)。HeadPoSTでは、このパイロットスタディをもとに今後、大規模RCTを行う準備をしている。

 

 HeadPoSTの追い風になっているのは2014年に発表されたJAMA(Journal of American Medical Association)の報告である。Saverらは、2038名の脳卒中患者を対象にしたシステマティックレビューにおいて、脳卒中急性期の最適な血圧管理は不明確であるとともに、早期の運動による血圧変化が長期的な予後を不良にする可能性を示唆している(Saver JL, 2014)。

 

 また、超早期リハビリは脳出血を増悪させる可能性がある。Skarinらは、脳卒中治療に関わる医師を対象に脳梗塞患者、脳出血患者に対する超早期リハビリの効果についての心象を調査した。その結果、約60%の医師が脳出血患者への超早期リハビリはリスクが高い心象を有していることが明らかになった。その理由として主に再出血のリスクを挙げている(Skarin M, 2011)。

 

 さらに反対派が危惧しているのは、r-tPA後の超早期リハビリによるリスクである。r-tPA(recombinant tissue-type plasminogen activator)は脳卒中急性期の治療法として開発されたアルテプラーゼ静注療法のことであり、日本では2005年から治療に認可され広く普及している。しかしながら、現在までr-tPA後の超早期リハビリのリスクについてはエビデンスが乏しいままである。

 

 Davisらは、r-tPA後12時間から24時間でリハビリテーションを行った結果、脳卒中患者の75%に問題はなかったが、残りの25%では増悪などネガティブな反応が見られたことを報告している(Davis O, 2013)。

 

 これらの知見から、反対派は超早期リハビリによる脳の循環動態に与える影響が不明確な現状において、脳卒中後のペナンブラや小梗塞の改善を妨げるリスクや脳出血後の再出血のリスクを論拠に反対している。またr-tPA後の超早期リハビリの十分なガイドラインが未確立なことも反対派の主張に拍車をかけている。



 このような超早期リハビリの推奨派、反対派の議論のさなか、2015年、脳卒中に対する超早期リハビリの大規模RCTであるAVERTⅢが発表された。AVERTⅢをもとに推奨派、反対派の主張はどのように吟味されるのであろうか。

 

 次回は、AVERTⅢの紹介と、2016年に新たな段階へ進み始めた超早期リハビリの最新報告を紹介していこうと思う。

 

 

脳卒中の超早期リハビリテーション論争

脳卒中の超早期リハビリテーション論争 まとめ①

脳卒中の超早期リハビリテーション論争 まとめ②

脳卒中の超早期リハビリテーション論争 AVERTⅢの全容と批判

脳卒中の超早期リハビリテーション論争 そして新たな展開へ

 

Reference

Ivey FM, et al. Exercise rehabilitation after stroke. NeuroRx. 2006 Oct;3(4):439-50.

Murphy TH, et al. Plasticity during stroke recovery: from synapse to behaviour. Nat Rev Neurosci. 2009 Dec;10(12):861-72.

Biernaskie J, et al. Efficacy of rehabilitative experience declines with time after focal ischemic brain injury. J Neurosci. 2004 Feb 4;24(5):1245-54.

Egan KJ, et al. Exercise reduces infarct volume and facilitates neurobehavioral recovery: results from a systematic review and meta-analysis of exercise in experimental models of focal ischemia.Neurorehabil Neural Repair. 2014 Oct;28(8):800-12.

Olavarría VV, et al. Head position and cerebral blood flow velocity in acute ischemic stroke: a systematic review and meta-analysis. Cerebrovasc Dis. 2014;37(6):401-8.

Christoforidis GA, et al. Angiographic assessment of pial collaterals as a prognostic indicator following intra-arterial thrombolysis for acute ischemic stroke. AJNR Am J Neuroradiol. 2005 Aug;26(7):1789-97.

Brunser AM, et al. Head position and cerebral blood flow in acute ischemic stroke patients: Protocol for the pilot phase, cluster randomized, Head Position in Acute Ischemic Stroke Trial (HeadPoST pilot). Int J Stroke. 2016 Feb;11(2):253-9.

Saver JL, et al. Blood pressure management in early ischemic stroke. JAMA. 2014 Feb 5;311(5):469-70.

Skarin M, et al. 'Better wear out sheets than shoes': a survey of 202 stroke professionals' early mobilisation practices and concerns. Int J Stroke. 2011 Feb;6(1):10-5.

Davis O, et al. Early mobilization of ischemic stroke patients post intravenous tissue plasminogen activator. Stroke. 2013;44:A121.