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脳卒中後の歩行速度、歩行耐久性を改善させるシンプルな方法


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  現代の生体力学(バイオメカニクス)研究では、脳卒中後の歩行速度、歩行耐久性を規定する決定因子を明らかにし、有効な歩行介入の方法論にまで示唆を与えてくれています。

 

 今回は、生体力学が教える脳卒中後の歩行能力を改善させるシンプルな方法について、近年の研究報告をご紹介していきましょう。

 

 

◆ 歩行速度と歩行耐久性を規定する決定因子

 

 1990年代の研究により、速く歩くためには推進力を高めることが必要であり、推進力の増加には足関節底屈筋の筋活動が大きく関与していることが示されました。さらに、脳卒中後の歩行速度の改善には、麻痺側下肢の推進力の改善が寄与していることが示唆されています。

生体力学が教える速く歩くためのポイント

 

 2010年以降になると、脳卒中後の歩行速度の改善に関わるもうひとつの因子が発見されました。2010年に発表されたPetersonらの研究によって、麻痺側下肢の推進力は立脚後期の下肢の角度(Trailing limb angle:TLA)に依存することが明らかになったのです。

 

 これらの知見をもとに、デラウェア大学のHsiaoらは歩行速度を規定する方程式を示しました。

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Fig.1:Hsiao H, 2015より引用改変

 

 ここで足関節中心とCOPの距離であるdの値を一定とすると、歩行速度は、麻痺側下肢の推進力とTLAによって規定されるとHsiaoらは結論づけました。

生体力学が教える速く歩くためのポイント②



 脳卒中後の歩行速度は、麻痺側下肢の推進力とTLAにより規定されるのです。

 

 では、脳卒中後の歩行耐久性は何によって規定されるのでしょうか?

 

 2015年、デラウェア大学のAwadらの研究によって、脳卒中後の歩行耐久性の因子は、麻痺側下肢の推進力とTLAあることが示唆されています。麻痺側下肢の推進力とTLAの改善が脳卒中患者の6分間歩行の改善因子であることが示されました。

 

 歩行耐久性を規定する要素も歩行速度と同じように、麻痺側下肢の推進力とTLAであることが明らかになりつつあります。

脳卒中患者さんが長く歩けるようになるためのポイント

 

 そして近年では、脳卒中後の歩行練習において、麻痺側下肢の推進力とTLAにフォーカスした介入研究の結果が報告されています。

 

 

脳卒中後の歩行能力を改善させるシンプルな方法

 

 現代の生体力学研究は、脳卒中後の歩行速度、歩行耐久性を改善させる方法をひとことで示しています。

 

 「速く歩く練習をすること」

 

 歩行の運動学習は、適応的学習(adaptation learning)にもとづきます。適応的学習は、上肢のスキル学習(skill learning)のような意識的に新たな技術を習得する顕在的学習とは異なり、生得的に獲得している動作を求められる環境に無意識下で適応させる潜在的学習のことをいいます。

歩行を速く適応させる2つの方法

歩行を速く適応させる2つの方法 その2

 

 歩行の運動学習において、推進力を高めようとして「床を強く蹴るように歩いてください」という指導や、TLAを改善しようとして「歩幅を大きくして歩くようにして下さい」という意識的で顕在的な介入では適応効果は低いのです。

 

 速く歩くことは、推進力を形成する腓腹筋、ヒラメ筋の筋活動を潜在的に高めます(Liu MQ, 2008)。

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Fig.2:Liu MQ, 2008より引用改変

 

 そして歩幅が広がるため、潜在的にTLAが大きくなります(Peterson CL, 2010)。

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Fig.3:Peterson CL, 2010より引用 *Leg angle=TLA

 

 2015年、デラウェア大学のHsiaoらは、自立歩行が可能な脳卒中患者45名を対象に、12週間の歩行練習による足関節の底屈筋力(モーメント)とTLAの改善効果について検証しました。

 

 対象者は、快適な速度で歩行練習をするグループ、速い速度で歩行練習をするグループ、足関節底屈筋に機能的電気刺激(FES)を行いながら速い速度で歩行練習をするグループの3つに分けられました。歩行練習は1日6分間を6セット、週3日、12週間行われました。

 

 その結果、麻痺側足関節の底屈筋力とTLAは、速い歩行グループとFES+速い歩行グループで改善が示されました。また、足関節の底屈筋力のみFES+速い歩行グループで有意差を認めました(Hsiao H, 2015)。

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Fig.4:Hsiao H, 2015より引用改変

 

 脳卒中後の歩行練習において、速く歩く練習は麻痺側足関節の底屈筋力とTLAを改善させ、さらにFESを付加することによって、麻痺側足関節の底屈筋力を特異的に改善できることが示唆されているのです。

 

 また、歩行耐久性に対する介入研究では、Awadらが興味深い報告をしています。

 

 2015年、Awadらは速く歩く練習による歩行耐久性への効果をRCTにて検証しました。

 

 50名の歩行可能な脳卒中患者を歩行練習別に3つのグループに分けました。歩行練習は前述したHsiaoらの報告と同じよに、快適な速度で歩く練習、速い速度で歩く練習、FESを行いながら速い速度で歩く練習としています。これらの練習を12週間行い、練習前、練習後、練習後3ヶ月のそれぞれで、6分間歩行、歩行時のエネルギーコストを計測しました。

 

 その結果、速く歩く練習を行ったグループ、FESを行いながら速く歩く練習を行ったグループで練習後の6分間歩行距離の増加、歩行時のエネルギーコストの減少が示され、3ヶ月後においても維持されることが明らかになりました。

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Fig.5:Awad LN, 2015より引用改変

 

 Awardらは、速く歩く練習が歩行耐久性の改善に有効であるとして、速く歩く練習による麻痺側下肢の推進力とTLAの増加が、歩行時のエネルギー効率を改善させ、歩行耐久性の向上に寄与したと推測しています。

 

 また、歩行耐久性の向上には、長い距離を歩く練習のみでなく、速く歩く練習を合わせて行うことを推奨しています(Awad LN, 2015)。

 

 これらの研究結果から、生体力学研究は、脳卒中後の歩行速度、歩行耐久性の向上に「速く歩く練習」が有効であるといっています。

 

 もちろん、これは単に速く歩けば良いという短絡的なメッセージではありません。

 

 脳卒中後の歩行介入では、麻痺側下肢の推進力、TLAをひとつのランドマークとして評価し、患者さんの適応に合わせて、必要であれば歩行の運動学習として速く歩く練習を取り入れることが有用である、ということです。

 

 脳卒中後の歩行速度、歩行耐久性の改善に対して、生体力学研究はアプローチの方向性を示してくれています。これらの知見を臨床で考えるきっかけにしても良いかもしれませんね。

 

 

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歩行のしくみ㉑:脳卒中後の歩行速度、歩行耐久性を改善させるシンプルな方法

 

Referense

Liu MQ, et al. Muscle contributions to support and progression over a range of walking speeds. J Biomech. 2008 Nov 14;41(15):3243-52.

Peterson CL, et al. Leg extension is an important predictor of paretic leg propulsion in hemiparetic walking. Gait Posture. 2010 Oct;32(4):451-6.

Hsiao H, et al. Mechanisms used to increase peak propulsive force following 12-weeks of gait training in individuals poststroke. J Biomech. 2016 Feb 8;49(3):388-95.

Awad LN, et al. Reducing The Cost of Transport and Increasing Walking Distance After Stroke: A Randomized Controlled Trial on Fast Locomotor Training Combined With Functional Electrical Stimulation. Neurorehabil Neural Repair. 2016 Aug;30(7):661-70.