リハビリmemo

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H反射を理解して立位姿勢制御のしくみを知ろう


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 「H反射」この言葉を聞いて嫌になる気持ち、よくわかります。

 しかしです、H反射を理解することで立位姿勢制御や歩行制御のメカニズムを知ることができ、臨床におけるクリニカルリーズニングの質を高められるとしたら、少しはこのエントリを読んでみようと思いませんか?

 今回は、H反射を簡単に説明して、H反射の知識をもとに、立位姿勢制御のしくみについて考えてみたいと思います。



◆ 1分でH反射を理解しよう

 

 H反射をひとことでいうと、「脊髄の興奮性(興奮のしやすさ)」をあらわす指標となります。H反射は、なじみのある腱反射と同じメカニズムなので、まずは簡単に腱反射をおさらいしましょう。

 

 腱反射は、打腱器で腱を叩くことによって筋紡錘が伸張され、その伸張刺激が感覚神経であるⅠa線維を通じて脊髄へ伝達され、脊髄内でα運動ニューロンに伝わり、運動神経であるα運動線維を通って筋を収縮させます。

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 通常、脊髄の興奮性は、脳からの抑制が働いています。しかし、脳卒中などの錐体路錐体外路障害がある場合、脳からの抑制が弱まるため、脊髄の興奮性が高まります(興奮しやすくなる)。そのため、腱を叩くと筋の収縮が過度に生じ、筋収縮や関節運動の変化から、腱反射が亢進していると評価されます。

 

 H反射は、1990年にドイツのPaul Hoffmannによって報告され、Hoffmann氏の頭文字からH反射と呼ばれています(Hoffmann P, 1910)。

 

 Hoffmann氏は、打腱器の代わりに電気刺激を用い、筋収縮や関節運動の評価の代わりに筋電図を用いて脊髄の興奮性を評価しました。

 

 筋に電気刺激を与えると、太く興奮しやすい(閾値の低い)感覚神経であるⅠa線維が刺激されます。刺激はⅠa線維を上行して脊髄内に届けられます。脊髄内でシナプスを介してα運動ニューロンに伝わり、α運動線維を下行して筋に到達し、筋の収縮が生じます。この筋収縮を筋電図で波形(H波)として評価します。

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 H波の振幅や潜時の増減により脊髄の興奮性の変化を示すことができます。またM波との閾値比(H/M)も指標として用いられますが、今回は省略していおきます。

 

 H反射は、筋電図を用いるため、腱反射よりも詳細に客観的に評価できる点で優れていますが、何と言っても立位や歩行で測定できる点で、リハビリテーション医療に多くのことを教えてくれる指標なのです。



◆ 足底感覚はH反射を介して立位姿勢を制御する

 

 私たちは意識せずに立っていることができます。しかし、実際は前後にわずかながらに揺れているのです。この前後の揺れは足関節の底屈筋により制御されています。これをAnkle strategyとも言います。

 

 立位姿勢の前後の揺れは、身体重心(COM)の揺れであり、COMの揺れは足圧中心(COP)の移動で表すことができます(Winter DA, 1998)。

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Fig.1:Winter DA, 1998より引用改変。COMとCOPは同じ軌跡を示している。

 

 2007年、Tokunoらはヒトの立位におけるAnkle strategyとH反射との関係について報告しました。

 

 立位時のCOPの前後の変位、ヒラメ筋の筋電図所見、H反射を同時に測定しました。その結果、COPが前方へ変位した際、ヒラメ筋の筋活動の増加と、H反射の振幅の増加が認められました。

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Fig.2:Tokuno CD, 2007より引用改変

 

 立位におけるAnkle strategyは、主にヒラメ筋の筋活動により制御され、ヒラメ筋の筋活動は、H反射の増加(脊髄の興奮性の増大)によって調整されていることがわかっているのです。

 

 では、なぜ立位でCOPが前方へ変位すると脊髄の興奮性が増大するのでしょうか?その理由のひとつとして、足底感覚の寄与が報告されています。

 

 2009年のSayenkoらの報告では、足底の感覚入力を行う部位によってH反射の振幅が変化することを明らかにしています。

 

 踵部と中足骨部の感覚入力では、中足骨部においてH反射の振幅が増大したのです。

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Fig.3:Sayenko DG, 2009より引用改変

 

 つまり、立位時のCOPの前方変位により、足底感覚の入力部位が前方へ移動し、その入力が脊髄の興奮性を高めた結果、H反射が増大し、ヒラメ筋の筋活動による制御が働いたと推測されているのです。

 

 このようにH反射を計測することによって、立位時の足底感覚入力の変化が脊髄の興奮性を変化させ、立位姿勢制御に寄与していることがわかるのです。

 

 足底感覚以外にも様々な感覚入力によりH反射は変化します。逆に言えば、H反射を測定することによって感覚入力による脊髄の興奮性への影響を評価することが可能となります。

 

 立位姿勢制御は、主に視覚、前庭覚、体性感覚が影響を与えてます。

ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

 

 これらの影響もH反射を評価することで調べることができます。また、脳幹や大脳皮質、小脳も脊髄の興奮性に関与するため、H反射によりその関与を調べることができます。さらに、H反射は座位や立位、歩行でも測定することができるため、下肢の課題特異性を調べることができます。そして加齢の影響も…

 

 このようにH反射を知ることによって、ヒトの姿勢や歩行の多くの特性を理解することができるのです。次回は、H反射の知識をもとに立位姿勢制御における感覚入力の重要性について考察していきましょう。

 

*今回は、H反射の詳しい説明の多くを省いて、シンプルに説明しています。詳しく知りたい方は是非、教科書を参照して下さい。

 

 

姿勢制御のしくみとリハビリテーション

シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう

シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

シリーズ③:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①

シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②

シリーズ⑤:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①

シリーズ⑥:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②

シリーズ⑦:ヒトの大脳皮質と予測的姿勢制御 ①

シリーズ⑧:ステップ動作の予測的姿勢制御を理解しよう!

シリーズ⑨:H反射を理解して立位姿勢制御のしくみを知ろう

 

Reference

Hoffmann P. Beitrag zur Kenntnis der menschlichen Reflexe mit besonderer Berucksichtigung der elektrischen Erscheinungen. Arch Anat Physiol 1910;1:223–46. 

Winter DA, et al. Stiffness control of balance in quiet standing. J Neurophysiol. 1998 Sep;80(3):1211-21.

Tokuno CD, et al. Control of the triceps surae during the postural sway of quiet standing. Acta Physiol (Oxf). 2007 Nov;191(3):229-36.

Sayenko DG, et al. Differential effects of plantar cutaneous afferent excitation on soleus stretch and H-reflex. Muscle Nerve. 2009 Jun;39(6):761-9.