「痙縮とは、上位運動ニューロン病変により、間欠的または持続する不随意な筋活動をきたす感覚-運動制御の障害である」(Pandyan AD, 2005)
イギリス・キール大学のPandyanらは、2005年に新しい痙縮の定義を唱え、現代の神経生理学ではこの定義に準拠して研究が進められています。
痙縮の原因は、古くから筋紡錘の感度の変化とされていました。しかし、2000年前後で行われたマイクロニューログラフィの研究によって筋紡錘の神経活動に変化がないことが示され、痙縮は筋紡錘の感度の変化により生じるという仮説は推論の域を超えませんでした。そして2000年以降は、上位運動ニューロンによる脊髄の反射回路の障害が痙縮の要因として注目されているのです。
2015年に報告されたレビュー”New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity(脳卒中後の痙縮の病態生理に対する新しい洞察)”でテキサス大学のLiらは、上位運動ニューロンのインバランスが痙縮の要因であることを詳細にまとめています。
通常、脊髄の反射回路は、促通性と抑制性の上位運動ニューロンにより制御されていますが、脳卒中などの病変が生じると、上位運動ニューロンの促通と抑制のバランスが崩れ、痙縮が発症するのです。
では、上位運動ニューロンとは何を指しているのでしょうか?まずは、痙縮を発症させる上位運動ニューロンの正体を暴いていきましょう。
Table of contents
◆ 5つの上位運動ニューロン
上位運動ニューロンとは、脊髄を制御する下行性経路(Desending pathways)のことを言います。下行性経路には主に5つの経路があります。
・視蓋脊髄路(Tectospinal tract)
・赤核脊髄路(Rubrospinal tract)
・皮質脊髄路(Corticospinal tract:CST)
・網様体脊髄路(Reticulospinal tract:RST)
・前庭脊髄路(Vestibulospinal tract:VST)
視蓋脊髄路は中脳の上丘に起源をもち、主に眼球運動の方向付けに関与しています。また、赤核脊髄路は中脳の赤核に起源をもち、四肢の遠位筋に関与しますが、ヒトではほとんど使用されていません(Nathan PW, 1955)。赤核脊髄路は脳卒中後の機能回復に寄与していることが示され、最近、話題になっていますね。
『脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう』
よって、視蓋脊髄路と赤核脊髄路は痙縮の発症メカニズムから除外されます。痙縮を発症させる可能性がある下行性経路は残りの3つとなります。
・皮質脊髄路(Corticospinal tract:CST)
・網様体脊髄路(Reticulospinal tract:RST)
・前庭脊髄路(Vestibulospinal tract:VST)
Fig.1:Li S, 2015より引用改変
◆ 皮質脊髄路の損傷で痙縮は発症しない
皮質脊髄路は、運動野を起源とし、放線冠、内包後脚、大脳脚、橋、延髄の錐体を通る錐体路です。錐体で対側へ交差し、外側皮質脊髄路として脊髄の側索を下降していきます。
Fig.2:Li S, 2015より引用改変
皮質脊髄路の役割は、1968年にLawrenceとKuypersにより報告された伝統的な研究によって示されています。
彼らは、サルの錐体路である皮質脊髄路を切断し、その後の行動を観察しました。切断術後から、サルは健常時と同じように立つ、座る、歩くという動作が可能でした。しかし、目的物に手を伸ばして握ることができず、指を個別に動かすことが困難となることがわかったのです。この結果から、皮質脊髄路は末梢の巧緻性に関与していること、立ったり歩くということには関与していないことが初めて示唆されました(Lawrence DG, 1968)。
その後の研究により、現在では、皮質脊髄路が主に末梢の運動の分離に寄与することがわかっています。外側皮質脊髄路は望まない筋の収縮が行われないように抑制性のニューロンを興奮させることによって運動を分離させています(Schieber MH, 2007)。
そして、もうひとつ、皮質脊髄路を損傷させる動物モデルの研究でわかったことがあります。
サルの運動野や皮質脊髄路を単独で損傷させると、弛緩性麻痺は生じますが、痙縮は生じないことが示されたのです(Tower SS, 1940)。
ヒトの皮質脊髄路を人為的に損傷させることはできませんが、2000年に延髄の錐体で皮質脊髄路のみ損傷したラクナ梗塞のケーススタディが発表されました。
Fig.3:Sherman SJ, 2000より引用:右の延髄錐体にラクナ梗塞が示されています(黒矢印)。
この症例に対して筋電図などの神経生理学的分析を行った結果、筋の弱化(muscle weakness)は認めましたが、痙縮は認められませんでした。この結果から、ヒトにおいても皮質脊髄路は痙縮に関与していないことが示唆されたのです(Sherman SJ, 2000)。
これらの知見から、現在では、錐体路である皮質脊髄路は痙縮に関与しないと考えられています。
視蓋脊髄路と赤核脊髄路に加えて、皮質脊髄路も痙縮に関与しないことがわかりました。残りは、網様体脊髄路と前庭脊髄路です。次回、この錐体外路系のメカニズムを確認して、痙縮の要因となる正体を明らかにしていきましょう。
◆ 読んでおきたい記事
シリーズ①:筋紡錘のメカニズムから痙縮について考えよう
シリーズ②:筋紡錘のメカニズムから考える痙縮へのアプローチ
シリーズ③:上位運動ニューロンのメカニズムから痙縮について考えよう
シリーズ④:網様体脊髄路と前庭脊髄路から筋緊張の制御メカニズムを理解しよう
シリーズ⑤:痙縮の発症メカニズムを理解しよう
Reference
Pandyan AD, et al. Spasticity: clinical perceptions, neurological realities and meaningful measurement. Disabil Rehabil. 2005 Jan 7-21;27(1-2):2-6.
Li S, et al. New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity. Front Hum Neurosci. 2015 Apr 10;9:192.
Nathan PW, et al. Long descending tracts in man. I. Review of present knowledge. Brain. 1955;78(2):248-303.
Lawrence DG, Kuypers HG. The functional organization of the motor system in the monkey. II. The effects of lesions of the descending brain-stem pathways. Brain. 1968 Mar;91(1):15-36.
Lemon RN, et al. Lawrence and Kuypers (1968a, b) revisited: copies of the original filmed material from their classic papers in Brain. Brain. 2012 Jul;135(Pt 7):2290-5.
Schieber MH. Comparative anatomy and physiology of the corticospinal system. Handb Clin Neurol. 2007;82:15-37.
Tower SS. Pyramidal lesion in the monkey. Brain, vol.63, no.1, pp.36–90,1940.
Sherman SJ, et al. Hyper-reflexia without spasticity after unilateral infarct of the medullary pyramid. J Neurol Sci. 2000 Apr 15;175(2):145-55.