今回は、雑誌European Spine Journalの2014年5月号から「腰椎椎間板ヘルニアが生じやすい脊椎・骨盤アライメント」についての報告をご紹介します。
前回は、腱板断裂のリスクがわかるレントゲン所見の指標である「Critical Shoulder Angle(CSA)」を紹介しました。CSAが35度以上あると腱板断裂のリスクが高まり、腱板断裂修復術後であってもCSAが38度以上ある場合は、再断裂のリスクが通常の15倍になることが示されていました。
『腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる!?その指標とは?』
この論文を見て思ったのですが、腱板を損傷しやすい野球やバレーなどのオーバーヘッドスポーツを行う選手には、CSAの計測を義務化しても良いのではないでしょうか。CSAが35度以上の選手には、腱板損傷を予防するプログラムを行わせたり、投手であれば投球数を制限したりすることで腱板への負荷をコントロールすることができると思うのです。
今回の紹介する論文も、レントゲン所見から腰椎の椎間板変性のリスクを知ることができます。腰椎椎間板ヘルニアが職業病である介護職やリハビリ関連職、スポーツ選手の方は知っておいて損はないでしょう。
論文を紹介する前に、簡単にレントゲン所見からわかる脊椎・骨盤のアライメントについて確認しておきます。
Table of contents
◆ Spinal sagittal balance
ヒトの脊椎はS字を描いており、土台に骨盤があります。矢状面上の脊椎のバランスは、脊椎のS字の度合いを変化させたり骨盤の傾きを変化させることによって調整されています。脊椎・骨盤のアライメントの指標は多くあるのですが、それぞれが脊椎のバランスを維持するように相互作用し合っているのです。このような機能をSpinal sagittal balanceと言います。
では、脊椎・骨盤のそれぞれのアライメント指標を見てみましょう。
脊椎のアライメントには、胸椎後弯の角度(TK)、腰椎前弯の角度(LL)、C7からの垂線(C7PL)、矢状面での縦軸(SVA)があります。
Fig.1:Endo K, 2014より引用改変
C7からの垂線であるC7PLは、仮想の重心線であり(Lafage V, 2009)、SVAは仙骨後方からC7PLまでの距離を示しています。通常、C7PLは股関節の後方を通るのですが、ねこ背のように胸椎後弯の角度が増加すると、P7CLは前方へ変位します。それに伴いSVAが大きくなります。
Fig.2:Roussouly P, 2011より引用改変
骨盤のアライメントには、仙骨の傾き(SS)、骨盤の傾き(PT)、骨盤の形態角(PI)があります。
Fig.3:Endo K, 2014より引用改変
仙骨の傾きであるSSは、水平線に対する仙骨椎体面の角度となります。骨盤の傾きであるPTは、垂直線に対する大腿骨頭中心から仙骨椎体中心の角度になります。そして骨盤の形態角であるPIは、仙骨の傾きであるSSと骨盤の傾きであるPTとの和になります。
PIは生まれもった個人特有の角度です。また、骨盤がどのように動いてもPIの角度は変わりません。例えば、骨盤の前傾位では、SSが大きくなりますがPTは減少するため、その和であるPIの値は変わりません。骨盤の後傾位では、SSが減少しますが、PTは大きくなるためPIは変化しないのです。
Fig.4:Roussouly P, 2011より引用改変
PIは人それぞれなのですが、近年では、大きく4つのタイプに分けられています(Roussouly P, 2011)。PIの角度の違いによって、胸椎の後彎、腰椎の前弯の角度が異なります。これは、骨盤の形態に応じて胸椎、腰椎がバランスをとった結果であるとされています。
Fig.5:Roussouly P, 2011より引用改変
近年では、PIと脊椎疾患との関係が脊柱外科の界隈で注目され、多くの研究が進められています。
それでは、論文を見ていきましょう。
◆ 腰椎椎間板の変性に関与するアライメントとは?
中国・四川大学のYangらは、矢状面からの脊椎と骨盤のアライメントと腰椎椎間板ヘルニアのような腰椎椎間板の変性疾患との関係性について調査しました。
研究デザインは、後方視的研究(Retrospective study)です。
MRIによって対象者を腰椎椎間板の変性疾患のグループ80名(DG)と健常なグループ80名(NG)に分けました。さらにDGを痛みなどの症状があるグループ45名(SDG)と無症候性のグループ35名(ADG)に分けました。
レントゲン所見による脊椎・骨盤の矢状面アライメントはPI、SS、PT、LL、TK、SVAを計測しており、グループごとに比較しました。
Fig.6:Yang X, 2014より引用改変
その結果、椎間板の変性疾患をもつDGは、健常のNGに比べて、PI、SS、LLが明らかに減少し、SVAの増加を認めました。
Table.1:Yang X, 2014より引用改変
さらに、症状のあるSDGと無症候のADGを比較すると、PIは同じでしたが、SDGでは明らかにSSとLLが減少し、SVAの増加を認めました。
Table.2:Yang X, 2014より引用改変
結果をまとめたいのですが、パラメターの数が多くてわかりにくいので、さきほど紹介したPIの4つのタイプのイラストでまとめてみます。
腰椎椎間板の変性疾患が生じやすいのは、PIが減少しているLow gradeのタイプとなります。
Fig.7:Roussouly P, 2011より引用改変
その中でも、痛みなどの症状が生じやすいアライメントは、LLの減少がさらに強く、腰椎がまっすぐ(フラットバック)になるType2となります。
Fig.8:Roussouly P, 2011より引用改変
ここにSVAの増加、つまりC7PLの前方変位を加えた姿勢が最も腰椎椎間板の変性が生じやすく、症状がでやすい脊椎・骨盤のアライメントになるのです。
Fig.9:Roussouly P, 2011より引用改変
Yangらは、この結果から腰椎椎間板の変性には、骨盤の形態角であるPIの減少が起因していると示唆しています。低いPIを代償するために、腰椎の前弯の減少(フラットバック)や胸椎の後弯の増加(C7PLの前方変位)が生じ、重心線の前方変位に伴う背筋の過剰収縮が椎間板の圧縮応力を高め、椎間板ヘルニアなどの変性を生じさせると推察しています(Yang X, 2014)。
骨盤の形は人それぞれ異なります。生まれもったPIが低い場合、腰椎椎間板ヘルニアなどの変性疾患が生じやすいという指標は、腰椎のフラットバックや胸椎の後弯の増加と合わせて臨床の姿勢分析に応用できる知見になると思い紹介しました。
腰に負担が生じやすい職業やスポーツをされている方は、レントゲンでPIなどの脊椎・骨盤のアライメントを見てみると良いかもしれません。また、PIがわからなくても、腰椎の前弯の減少や胸椎の後弯の増強は姿勢観察から見ることができます。腰椎椎間板の変性疾患になりやすいアライメントであれば、コルセットの使用や筋力トレーニングなどの予防策を講じることが大切です。
PIを含む脊椎・骨盤の矢状面アライメントと脊椎疾患との関係性を調査した報告は他にも多くあります。機会があれば臨床応用の視点も含めてご紹介していきます。
◆ 読んでおきたい記事
シリーズ①:ねこ背になると歩き方も変わる?
シリーズ②:ねこ背になると生活がつまらなくなる?
シリーズ③:「背が低くなったんじゃない?」と言われた要注意!
シリーズ④:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜大規模研究による検証〜
シリーズ⑤:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜本当の犯人は?〜
シリーズ⑥:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜腰がまっすぐになると…〜
シリーズ⑦:自分でねこ背を計る方法(前編:科学的根拠の確認)
シリーズ⑧:自分でねこ背を計る方法(後編:C7PL2.0をやってみよう!)
シリーズ⑨:ねこ背と骨盤の代償運動を理解しよう
シリーズ⑩:なぜ、ねこ背になるのか?
シリーズ⑪:ねこ背の原因は背筋の霜降り化?
シリーズ⑫:ハイヒールを履くとねこ背になる?
シリーズ⑬:ねこ背と柔軟性 〜腰椎の柔らかさが大事〜
シリーズ⑭:ねこ背になると肩が上がらなくなる?
シリーズ⑮:座る姿勢がねこ背の原因になる?
シリーズ⑯:腰椎椎間板ヘルニアになりやすい脊椎・骨盤のアライメントとは?
Reference
Yang X, et al. The characteristics of spinopelvic sagittal alignment in patients with lumbar disc degenerative diseases. Eur Spine J. 2014 Mar;23(3):569-75.
Lafage V, et al. Pelvic tilt and truncal inclination: two key radiographic parameters in the setting of adults with spinal deformity. Spine (Phila Pa 1976). 2009 Aug 1;34(17):E599-606.
Endo K, et al. Characteristics of sagittal spino-pelvic alignment in Japanese young adults. Asian Spine J. 2014 Oct;8(5):599-604.
Roussouly P, et al. Biomechanical analysis of the spino-pelvic organization and adaptation in pathology. Eur Spine J. 2011 Sep;20 Suppl 5:609-18.