リハビリmemo

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痙縮の発症メカニズムを理解しよう


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 テキサス大学のLiらは、脳卒中後の痙縮のメカニズムにおける新しい考え方”New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity”というレビューの中で「痙縮は上位運動ニューロンの損傷によって、脊髄の反射回路の興奮性に対する促通と抑制の制御バランスが崩れた結果である」と述べています。

 

 上位運動ニューロンには5つの下行性経路があり、その中でも網様体脊髄路と前庭脊髄路が主に筋緊張の調整に関与しています。

上位運動ニューロンのメカニズムから痙縮について考えよう

網様体脊髄路と前庭脊髄路から筋緊張の制御メカニズムを理解しよう

 

 網様体脊髄路は延髄網様体からの背側網様体脊髄路と、橋網様体からの内側網様体脊髄路に分けられます。背側網様体脊髄路は脊髄の反射回路の興奮性を抑制し、内側網様体脊髄路は促通しています。また、外側前庭核からの前庭脊髄路は、内側網様体脊髄路と同じく脊髄の興奮性を促通しています。

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Fig.1:Li S, 2015より引用改変

 

 脊髄の興奮性は網様体脊髄路と前庭脊髄路による抑制性、促通性の制御によってバランスが保たれているのです。そのため、私たちの筋緊張や腱反射が過度に亢進することはありません。

 

 では、筋緊張の異常である痙縮はどのように発症するのでしょうか?

 

 今回は、痙縮のメカニズムをまとめていきましょう。

 

Table of contents

 

 

◆ 痙縮は上位運動ニューロンの損傷と筋の短縮により形成される

 

 Liらは、背側網様体脊髄路による脊髄の興奮性の脱抑制が痙縮の大きな要因であると言います。

 

 脊髄の反射回路の興奮性は、網様体から背側網様体脊髄路を通じて抑制性に制御されています。そして網様体の抑制機能は、大脳皮質からの皮質網様体路を介して促通されています。

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Fig.2:Li S, 2015より引用改変

 

 ここで皮質網様体路が損傷されると網様体の機能不全が生じ、背側網様体脊髄路を介した脊髄の興奮性の脱抑制を引き起こします。

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Fig.3:Li S, 2015より引用改変

 

 脊髄の反射回路の興奮性は、背側網様体脊髄路からの抑制を受けなくなるため興奮性が増加します。さらに脊髄の興奮性を促通する内側網様体脊髄路や前庭脊髄路は、無傷のため促通機能は維持されます。この結果、脊髄の興奮性の促通と抑制のバランスが崩れ、興奮性の増大にともなう痙縮が生じるのです。

 

 ヒトの皮質網様体路は、皮質脊髄路と並行して、放線冠、内包後脚の前方、中脳被蓋を通り、延髄網様体に到達することが拡散テンソルトラクトグラフィーの研究で示されています(Yeo SS, 2012)。

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Fig.4:Yeo SS, 2012より引用改変

 

 これらの部位で脳卒中が発症し、皮質脊髄路とともに皮質網様体路を損傷した場合、網様体の機能不全による痙縮が生じるとLiらは考察しています。

 

 Liらの仮説は、痙縮研究で著名なアメリカ・カルファルニア大学のDr Sheenやイギリス・スタッフォードシャー大学のDr Wardらの仮説をもとにしたものであり、現在の神経生理学でコンセンサスを得られています(Sheean G, 2002、Ward AB, 2012)。

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Fig.5:SheeanやWardらが示している痙縮のメカニズムのシェーマ

 

 また、痙縮は末梢の筋組織の変性によっても影響を受けます。筋の短縮により柔軟性が損なわれると、筋紡錘の感度が増加することが示されています。

筋紡錘のメカニズムから考える痙縮へのアプローチ

 

 これらの知見から痙縮の発症メカニズムは、皮質網様体路の損傷にともなう網様体の機能不全による脊髄の興奮性の脱抑制と、不活動にともなう筋の短縮によって生じる筋紡錘の感度の増加が合わさることによって発症すると考えられているのです。

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Fig.6:Ward AB, 2012より引用改変

 

 

網様体の機能から痙縮の臨床所見を考える

   

 Liらのレビューは痙縮の発生機序で終わりません。彼らは、皮質網様体路の損傷にともない機能不全となる網様体の機能に着目しました。

 

 脳幹の橋・延髄に散在している網様体は、上位では視床下部と、下位では脊髄とつながっており、筋緊張とともに心拍数や呼吸、感情などの自動的な制御に関わっています。

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Fig.7:Neurocscience fundamentals for rehabiliationより引用

 

 Lieらは、このような網様体の機能から、脳卒中でよく見られる臨床所見を説明できるといいます。

 

 例えば、脳卒中患者の筋緊張は夜間や睡眠時に減少し、痛みが生じると過度の亢進を示します。また不安や怒りという感情の変化によっても筋緊張は亢進します。さらには咳などの呼吸の変化によっても亢進を認めます。

 

 これらの臨床所見は、痙縮を有しいてる脳卒中患者では顕著に認められることから、皮質網様体路の損傷にともなう網様体の機能不全が痙縮の要因であるという仮説を裏付けるものであるとLiらは結論付けているのです。

  

 それでは、次回、痙縮のメカニズムから脳卒中で見られる臨床所見について、さらに詳しく考察していきましょう。

 

 

◆ 読んでおきたい記事

シリーズ①:筋紡錘のメカニズムから痙縮について考えよう

シリーズ②:筋紡錘のメカニズムから考える痙縮へのアプローチ

シリーズ③:上位運動ニューロンのメカニズムから痙縮について考えよう

シリーズ④:網様体脊髄路と前庭脊髄路から筋緊張の制御メカニズムを理解しよう

シリーズ⑤:痙縮の発症メカニズムを理解しよう 

 

Reference

Li S, et al. New insights into the pathophysiology of post-stroke spasticity. Front Hum Neurosci. 2015 Apr 10;9:192.

Yeo SS, et al. Corticoreticular pathway in the human brain: diffusion tensor tractography study. Neurosci Lett. 2012 Feb 2;508(1):9-12.

Sheean G. The pathophysiology of spasticity. Eur J Neurol. 2002 May;9 Suppl 1:3-9.

Ward AB, et al. A literature review of the pathophysiology and onset of post-stroke spasticity. Eur J Neurol. 2012 Jan;19(1):21-7.