周りの人を見渡してみましょう。誰ひとりとして同じ顔、体型の人はいないはずです。ヒトの骨格は人それぞれで異なっています。近年、このような骨形態の異なりから、運動機能や病気を予測する病態形態学(Pathological morphology)が注目されています。
骨盤の形も人それぞれで異なります。骨盤の形態を示す指標として有名なのが、以前に紹介した骨盤形態角(Pelvic incidence:PI)です。
PIは人それぞれで角度が異なり、PIが小さい人は腰椎椎間板ヘルニアなどの椎間板の変性疾患になりやすく、PIの大きな人は腰椎すべり症になりやすいことがわかっています。
『腰椎椎間板ヘルニアになりやすい脊椎・骨盤のアライメントとは?』
このように病態形態学では、骨形態と病態との関係性を検証することにより、骨形態から疾患の発症リスクを特定することが可能になっているのです。
では、骨盤の形態によって腰椎疾患が予測できるのであれば、肩甲骨の形態によって肩関節疾患のリスクも予測できるのでしょうか?
◆ 腱板断裂を予測する新しい指標
チューリッヒ大学のMoorらは、2013年、雑誌The Bone & Joint Journalで腱板断裂の新しい指標であるCSA(Critical Shoulder Angle)を発表しました。
これまでレントゲン所見による腱板断裂の代表的なリスク指標は、肩峰の長さを示すAcromion index(AI)と関節窩の傾きを示すGlenoid inclination(GI)でした。
Fig.1:Nyffeler RW, 2006、Hughes RE, 2003より引用
AIは肩峰が長くなるほど腱板断裂のリスクが高まり(Nyffeler RW, 2006)、GIでは関節窩の傾きが上向きになるとほど腱板断裂のリスクが高まります(Hughes RE, 2003)。Moorらは、AIとGIの特性を合わせることで、より腱板断裂のリスクを予測できると仮説を立て、CSAを考案しました。
CSAは関節窩の傾きと、関節窩の下辺から肩峰の外側縁のなす角度で算出されます。
Fig.2:Moor BK, 2013より引用
Moorらは、腱板断裂患者を対象に、CSAによる発症リスクを分析したところ、CSAが「35度以上」になると腱板断裂になりやすいことを明らかにしました(Moor BK, 2013)。
さらに、CSA、AI,GIによる腱板断裂の予測精度を分析した結果、CSAの感度・特異度は0.80・0.75であり、AI(0.78・0.71)、GI(0.65・0.69)よりも高いことが示され、CSAの増大は腱板断裂リスクを示すもっとも有用な指標であるという仮説が立証されたのです(Moor BK, 2014)。
では、なぜ、CSAが35度を超えると腱板断裂の発症リスクが高まるのでしょうか?
◆ CSAの増大は腱板への関節応力を高める
チューリッヒ大学のGerberらは、肩関節のシュミレータを用いて、異なるCSAの角度における棘上筋への圧縮応力を計測しました。CSAは正常肩を示す33度と腱板断裂リスクの高い38度に設定されました。
その結果、CSA38度では、33度に比べて、肩挙上60度までに棘上筋への圧縮応力が最大33%(24N)増加することがわかりました。また、三角筋が過度に収縮してしまう場合(三角筋と腱板の収縮比率が2:1の図を参考)、より圧縮応力が高まることも明らかになったのです(Gerber C, 2014)。
Fig.3:Gerber C, 2014より引用改変
腱板断裂が生じやすいCSA35度以上では、棘上筋への過度な関節応力が生じる可能性が示されました。そして近年では、CSAの増大にともなう関節応力の増加に「上腕骨頭の上方変位」が関与していることがわかってきています。
ローザンヌ工科大学のEngelhardtらは、肩関節のシュミレータによってCSA、AI、GIの角度の増加と上腕骨頭の上方変位の関係性を調査しました。その結果、上腕骨の上方変位と各指標との相関係数は、CSA(0.964)、AI(0.539)、GI(0.828)であり、CSAの増大がもっとも上腕骨頭の上方変位と関係性が強いことが示唆されたのです(Engelhardt C, 2016)。
Fig.4:Engelhardt C, 2016より引用
肩関節の挙上時、腱板と三角筋は共同して上腕骨の骨頭中心を関節窩の中心に合わせるように働きます(Force coupling)。これは、腱板の力と三角筋の力の水平成分が合わさることによって生じます。
Fig.5:Cherchi L, 2016より引用改変
しかし、CSAが38度以上と大きい場合、三角筋の力はより垂直方向へ変位します。これにより、挙上時、上腕骨頭は上方変位しやすくなります。さらに三角筋の力の水平成分が減少します。そのため、腱板により多くの求心力が求められるようになるのです。
Fig.6:Cherchi L, 2016より引用改変
これらの知見から、CSAが増大していると、上腕骨頭の上方変位による関節応力の高まり、肩峰下インピンジメントが生じやすく、腱板への過負荷による微小断裂が生じやすいため、腱板断裂が発症すると考えられているのです(Cherchi L, 2016)。
また、最近の報告では、CSAが腱板断裂術後の再断裂のリスク因子になることも示されています。
『腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる!?その指標とは?』
CSAは、既存のAI、GIに変わる腱板断裂の新しいリスク指標として期待されています。2013年にMoorらにより提唱され、この3年間の知見をまとめてみましたが、腱板断裂の予防のみならず、腱板断裂(損傷)後のリハビリテーションにおいても有用な指標になると思われます。
スポーツで怪我のしやすい人や骨関節系の退行変性疾患に罹患しやすい人がいます。その要因を病態形態学が示してくれるかもしれません。腰椎椎間板ヘルニアになりやすい職業であれば、事前に骨盤の形態角を調べておくことが予防につながります。腱板断裂(損傷)が生じやすいオーバーヘッドスポーツの選手であれば、事前にCSAを調べておくことが予防につながるでしょう。
自分の骨形態の特徴を知り、発症しやすい疾患、怪我のリスクマネージメントを行う。そんな新しい予防医学がこれから発展してくるかもしれませんね。
肩関節のしくみとリハビリテーション
肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム
肩リハビリ②:腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる指標とは?
肩リハビリ③:腱板断裂(損傷)の新しいリスク指標を知ろう
肩リハビリ④:腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリを考えよう
肩リハビリ⑤:肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう
肩リハビリ⑥:肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう
肩リハビリ⑦:新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう
肩リハビリ⑧:肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実
肩リハビリ⑨:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編
肩リハビリ⑩:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編
肩リハビリ⑪:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編
肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう
肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう
肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編
肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編
肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編
References
Hughes RE, et al. Glenoid inclination is associated with full-thickness rotator cuff tears. Clin Orthop Relat Res. 2003 Feb;(407):86-91.
Nyffeler RW, et al. Association of a large lateral extension of the acromion with rotator cuff tears. J Bone Joint Surg Am. 2006 Apr;88(4):800-5.
Moor BK, et al. Is there an association between the individual anatomy of the scapula and the development of rotator cuff tears or osteoarthritis of the glenohumeral joint?: A radiological study of the critical shoulder angle. Bone Joint J. 2013 Jul;95-B(7):935-41.
Moor BK, et al. Relationship of individual scapular anatomy and degenerative rotator cuff tears. J Shoulder Elbow Surg. 2014 Apr;23(4):536-41.
Gerber C, et al. Supraspinatus tendon load during abduction is dependent on the size of the critical shoulder angle: A biomechanical analysis. J Orthop Res. 2014 Jul;32(7):952-7.
Engelhardt C, et al. Effects of glenoid inclination and acromion index on humeral head translation and glenoid articular cartilage strain. J Shoulder Elbow Surg. 2016 Aug 10.
Cherchi L, et al. Critical shoulder angle: Measurement reproducibility and correlation with rotator cuff tendon tears. Orthop Traumatol Surg Res. 2016 Sep;102(5):559-62.