リハビリテーションをデザインするためには、対象の仕組みを知らなければなりません。
今回は、バージニア大学のSeitzらが提唱する腱板病変(断裂・損傷)の発症アルゴリズムからリハビリテーションについて考えてみましょう。このアルゴリズムは2011年に発表されたですが、腱板病変に対するクリニカルリーズニングの一助になる知見だと思います。
まずは、Seitzらのアルゴリズムの全体像から見てみましょう。
Fig.1:Seitz AL, 2011より引用
ここからSeitzらのアルゴリズムを翻訳し、近年の知見を加筆しながら詳細を見ていきます。
Seitzらは、腱板病変の発症は、外因性と内因性の2つのメカニズムが起因するといいます。外因性メカニズムは解剖学、生体力学的な要因で構成されており、内因性メカニズムは、腱板の血行状態やコラーゲン含有量、筋の緊張状態など、生物学、形態学的な要因で構成されています。内因性メカニズムも興味深いのですが、ここではリハビリテーションに直接、関与する外因性メカニズムを掘り下げていきます。
Fig.2:Seitz AL, 2011より引用改変
◆ 腱板病変における肩峰下スペースの重要性
腱板病変の外因性メカニズムとして、主要因とされているのが「肩峰下インピンジメント」です。
肩峰下インピンジメントは、肩峰下スペースの狭小化により生じます。肩峰下スペースとは、肩峰と烏口突起、それをつなぐ鳥口肩峰靭帯から形成される鳥口肩峰アーチと上腕骨頭との間のスペースのことを言い、肩峰下スペースには腱板が存在しています。
この肩峰下スペースに狭小化が生じた場合、肩峰下インピンジメントが誘引され、腱板への圧縮応力が増加することによって、腱板断裂や損傷が発症するのです(Neer CS, 1972)。
肩峰下スペースは、肩峰と上腕骨頭の間の距離(acromiohumeral distance:AHD)として評価できます。健常者の安静下制時のAHDは7-14mmと推定されており(Azzoni R, 2004)、AHDの減少を示す肩峰下スペースの狭小化は、腱板の退行性変性を促進させ(Cholewinski JJ, 2008)、腱板断裂のサイズの増悪に寄与することがわかっています(Saupe N, 2006)。また、AHDが6mmを下回ると腱板の完全断裂の発症にも寄与することが報告されています(Goutallier D, 2011)。
これらの所見より、肩峰下インピンジメントによる腱板への圧縮応力を軽減するためには、肩峰下スペースの狭小化を改善させることがリハビリテーションの基本戦略になるのです。
Seitzらのアルゴリズムでは、肩峰下インピンジメントの他にインターナルインピンジメント(関節内インピンジメント)も腱板断裂の外因性メカニズムに挙げていますが、インターナルインピンジメントは、野球などのオーバーヘッドアスリートに特異的に見られる所見のため、別の機会で論じていきましょう。
Fig.3:Seitz AL, 2011より引用改変
◆ 肩峰下スペースを狭小化させる5つの生体力学的ファクター
では、肩峰下スペースの狭小化はどのような要因によって生じるのでしょうか?
Sietzらは、肩峰下スペースが生じる要因を解剖学、生体力学的要因に分けています。解剖学的要因には、肩峰下の骨棘やAcromion indexで示されるような肩峰の形態、肩鎖関節の異常が挙げられています。生体力学的要因には肩甲骨、上腕骨のキネマティクス(運動学的)異常を挙げています。
肩峰下スペースの狭小化は、このような解剖・形態学な異常と生体力学的要因が合わさり発症するのです。
そして、解剖・形態学的異常は肩峰下除圧術(ASD)のような手術によって対処するため、生体力学的要因である肩甲骨、上腕骨のキネマティクスがリハビリテーションの治療対象になります。
Fig.4:Seitz AL, 2011より引用改変
では、肩峰下スペースの狭小化を招く、生体力学的要因とは何なのでしょう?
この問にもSietzらのアルゴリズムは答えてくれています。Seitzらは100以上の論文をレビューし、肩峰下スペースの狭小化に寄与する5つの生体力学的因子を特定しました。その因子は、小胸筋の短縮、肩甲骨周囲筋の筋活動、胸椎のアライメント、肩関節の後方関節包のタイトネス、腱板機能不全です。
Fig.5:Seitz AL, 2011より引用改変
腱板断裂や損傷は、肩峰下インピンジメントに起因して発症します。肩峰下インピンジメントは肩峰下スペースの狭小化により誘引されます。肩峰下スペースの狭小化を招く一端として生体力学的要因である肩甲骨、上腕骨の運動学的異常が挙げれており、この運動異常は5つの因子により引き起こされることをSeitzらのアルゴリズムは教えてくれています。
Fig.6:Seitz AL, 2011より引用改変
これは腱板断裂・損傷の保存療法、術後のリハビリテーションに多くの示唆を与えてくれます。腱板断裂・損傷の改善には、肩峰下インピンジメントによる腱板への圧縮応力を軽減させる必要があります。そのためには肩峰下スペースの確保、または狭小化の改善を図らなければなりません。Seitzらが挙げている5つの生体力学的因子が、肩峰下スペースの改善を図るための介入の方向性を示してくれます。このアルゴリズムは、腱板病変に対するクリニカルリーズニングをさらに洗練させるきっかけになるのではないでしょうか。
次回、この5つの生体力学的因子についてさらに詳しく、最新の知見を加えて考察していきましょう。
肩関節のしくみとリハビリテーション
肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム
肩リハビリ②:腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる指標とは?
肩リハビリ③:腱板断裂(損傷)の新しいリスク指標を知ろう
肩リハビリ④:腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリを考えよう
肩リハビリ⑤:肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう
肩リハビリ⑥:肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう
肩リハビリ⑦:新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう
肩リハビリ⑧:肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実
肩リハビリ⑨:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編
肩リハビリ⑩:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編
肩リハビリ⑪:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編
肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう
肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう
肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編
肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編
肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編
References
Seitz AL, et al. Mechanisms of rotator cuff tendinopathy: intrinsic, extrinsic, or both? Clin Biomech (Bristol, Avon). 2011 Jan;26(1):1-12.
Neer CS. Anterior acromioplasty for the chronic impingement syndrome in the shoulder: a preliminary report. J Bone Joint Surg Am. 1972 Jan;54(1):41-50.
Azzoni R, et al. Sonographic evaluation of subacromial space. Ultrasonics. 2004 Apr;42(1-9):683-7.
Goutallier D, et al. Acromio humeral distance less than six millimeter: its meaning in full-thickness rotator cuff tear. Orthop Traumatol Surg Res. 2011 May;97(3):246-51.
Cholewinski JJ, et al. Ultrasound measurement of rotator cuff thickness and acromio-humeral distance in the diagnosis of subacromial impingement syndrome of the shoulder. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2008 Apr;16(4):408-14.
Saupe N, et al. Association between rotator cuff abnormalities and reduced acromiohumeral distance. AJR Am J Roentgenol. 2006 Aug;187(2):376-82.