リハビリmemo

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肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう


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 アメリカ・バージニア大学のSeitzらは、腱板病変(断裂・損傷)の発症アルゴリズムを提唱し、腱板病変に対するリハビリテーションの重要性を示しています。腱板病変は肩峰下インピンジメントにより発症・増悪します。肩峰下インピンジメントは肩峰下スペースの狭小化によって誘引され、肩峰下スペースの狭小化には5つの生体力学的因子が関与しています。

 

 5つの生体力学的因子とは、小胸筋の短縮、肩甲骨周囲筋の筋活動、胸椎のアライメント、肩後方関節包のタイトネス、腱板機能不全であり、Seitzらは、これらの生体力学因子にリハビリテーションが果たす役割は重要であると述べています。

腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリテーションを考えよう

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Fig.1:Seitz AL, 2011より引用改変

 

 そこで今回から、これらの生体力学的因子を詳しく見ていこうと思ったのですが、その前に基礎となる「肩甲骨の動き」を確認しておきましょう。近年、生体内3次元動態分析という新しい手法により、今まで再現性の乏しかった肩甲骨の動きが明らかになっているのです。

 

 

◆ 生体内3次元動態分析による肩甲骨の運動解析

 

 肩甲骨は3つの運動軸をもち、肩甲上腕関節の挙上時に上方回旋、後傾、外旋が生じます。ここまでは教科書に載っていますが、これらの運動が挙上角度に応じてどのように行われるのか?ということまでは十分に言及されていません。

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Fig.2:Kwang Won Lee, 2016より引用改変

 

 これまでの肩甲骨の運動解析研究は、皮膚上にマーカーを貼る3次元運動解析が一般的でした。しかし、この解析方法では、肩甲骨が動く際に皮膚上のマーカーがずれてしまい、計測の精度と信頼性が乏しいことが問題となっていました(Lempereur M, 2014)。

 

 この問題を解決する手法として近年、注目されているのが生体内3次元動態分析(In vivo 3-dimensional analysis)です。この分析方法は、2次元のX線画像と3次元のCT画像を合わせて行われる2D-3Dレジストレーション法により解析されます。生体内3次元動態分析により、身体の外から正確な関節の運動解析が行えるのです。

 

 生体内3次元動態解析は、人工膝関節の摩耗を防ぐための関節動態の研究から始まり、現在では足関節や顎関節、そして肩関節にまで応用されています。

 

 フロリダ大学のMatsukiらは、従来の3次元運動解析では正確に測定できない肩甲骨の動きに対して、生体内3次元動態分析による検証を行いました。

 

 健常者を対象として、利き手、非利き手の肩甲上腕関節の挙上運動角度による肩甲骨の動きを解析すると、最大挙上位で肩甲骨の上方回旋は40度、後傾は25度、外旋は6度おこり、これらの肩甲骨の動きは挙上角度の増加に応じて直線的に増加することがわかりました。また、上方回旋では利き手と非利き手の肩甲骨の動きに差異があることも示されています(Matsuki K, 2011)。

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Fig.3:Matsuki K, 2011より引用改変

 

 肩甲骨は肩甲上腕関節の挙上角度の増加に応じて、上方回旋、後傾、外旋の角度を直線的に増加させます。特に上方回旋、後傾の可動域は大きく、外旋はわずか6度の範囲に留まっているのが特徴とされています。

 

 では、肩甲骨がこのような運動を行う理由は何のでしょうか?

 

 

◆ 肩甲骨の運動は肩峰下スペースを確保する

 

 肩甲骨の運動が生じる理由を千葉大学のKijimaらは「肩峰下スペースを保つためである」と言います。

 

 Kijimaらは、生体内3次元動態分析を用い、腱板病変(損傷・断裂)の肩甲骨の運動を解析しました。対象は健常者と腱板病変患者とし、腱板病変患者は痛みがある症候性グループと痛みのない無症候性グループに分けられ検証が行われました。

 

 その結果、腱板病変で症状がある場合、健常者や症状なしの患者に比べて、肩甲骨の後傾が有意に低下していることが明らかになったのです。

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Fig.4:Kijima T, 2015より引用改変

 

 従来の皮膚マーカーを用いた3次元運動解析より、肩甲骨の後傾の減少は肩峰下インピンジメントの主要因とされていました。肩峰下インピンジメントのある患者は健常者に比べて後傾が減少することが示されており、後傾の減少が肩峰下スペースの狭小化を招き、肩峰下インピンジメントに寄与すると推察されていました(McClure PW, 2001)。

 

 Kijimaらの生体内3次元動態解析の結果も同様であり、症候性の腱板病変の要因として、肩甲骨の後傾の減少による肩峰下スペースの減少が寄与していることが示唆されました。

 

 これらの結果から、Kijimaらは、肩甲骨の正常な運動には肩峰下スペースを確保する役割があり、腱板病変に対するリハビリテーションでは、特に肩甲骨の後傾に注目して介入すべきであると論じています(Kijima T, 2015)。

 

 

 生体内3次元動態分析という新し解析手法の登場により、肩甲骨の運動の正確な分析が可能になっています。肩甲骨は挙上時にわずかな外旋とともに上方回旋と後傾が生じます。これらの運動は肩峰下スペースの確保という重要な役割を担っています。このような肩甲骨のキネマティクスに異常が生じると、肩峰下スペースの狭小化が誘引され、肩峰下インピンジメントによる腱板病変の増悪につながります。

 

 そのため、正しい肩甲骨のキネマティクスを理解し、関与する生体力学的因子に対してリハビリテーションを行うことが肩峰下スペースの狭小化を改善させ、腱板病変の回復に寄与するのです。

 

 肩甲骨の運動が理解できたところで、次回は、肩甲骨のキネマティクスに影響を与える生体力学的因子の考察を進めていきましょう。

 

 

肩関節のしくみとリハビリテーション

肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム

肩リハビリ②:腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる指標とは?

肩リハビリ③:腱板断裂(損傷)の新しいリスク指標を知ろう

肩リハビリ④:腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリを考えよう 

肩リハビリ⑤:肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう

肩リハビリ⑥:肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう

肩リハビリ⑦:新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう

肩リハビリ⑧:肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実 

肩リハビリ⑨:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編

肩リハビリ⑩:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編

肩リハビリ⑪:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編

肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう

肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう

肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編

肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編

肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編

 

References

Seitz AL, et al. Mechanisms of rotator cuff tendinopathy: intrinsic, extrinsic, or both? Clin Biomech (Bristol, Avon). 2011 Jan;26(1):1-12.

Kwang Won Lee, et al. Three-Dimensional Scapular Kinematics in Patients with Reverse Total Shoulder Arthroplasty during Arm Motion. Clin Orthop Surg. 2016 Sep; 8(3): 316–324.

Lempereur M, et al. Validity and reliability of 3D marker based scapular motion analysis: a systematic review. J Biomech. 2014 Jul 18;47(10):2219-30.

Matsuki K, et al. In vivo 3-dimensional analysis of scapular kinematics: comparison of dominant and nondominant shoulders. J Shoulder Elbow Surg. 2011 Jun;20(4):659-65.

Kijima T, et al. In vivo 3-dimensional analysis of scapular and glenohumeral kinematics: comparison of symptomatic or asymptomatic shoulders with rotator cuff tears and healthy shoulders. J Shoulder Elbow Surg. 2015 Nov;24(11):1817-26.

McClure PW, et al. Direct 3-dimensional measurement of scapular kinematics during dynamic movements in vivo. J Shoulder Elbow Surg. 2001 May-Jun;10(3):269-77.