リハビリmemo

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肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう


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 腱板断裂などの腱板病変は「肩峰下インピンジメント」により起因し、肩峰下インピンジメントは「肩峰下スペースの狭小化」により誘発されます。

 

 バージニア大学のSeitzらは100以上の論文をレビューし、肩峰下スペースの狭小化は「肩甲骨と上腕骨のキネマティクスの異常」により生じ、その要因には「5つの生体力学的因子」が寄与していることを明らかにしました。そして5つの生体力学的因子はリハビリテーションの治療対象になると述べています。

腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリテーションを考えよう

 

 そこで今回は、肩甲骨のキネマティクスに異常をもたらし、肩峰下スペースの狭小化の要因とされる「小胸筋の短縮」について考察していきましょう。

 

 

◆ 小胸筋は肩甲骨の運動を制御している

 

 最近まで肩甲骨の運動を正確に計測することは難しい課題でした。肩甲骨の動き計測する際に、皮膚上に貼り付けるマーカーがずれてしまうため、計測の再現性に疑義が生じていたのです。

 

 近年、新しい解析方法である生体内3次元動態解析により、ようやく正確に肩甲骨の運動が分析されるようになりました。これらの研究により、上肢の挙上角度に応じて、肩甲骨は上方回旋、後傾、外旋の3つ運動が直線的に増加することが明らになりました。また、このような3軸の運動は、肩峰下スペースを確保するために生じるていることもわかっています。

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Fig.1:Borstad JD, 2006より引用改変

 

 肩甲骨は、上腕骨の動きに合わせて運動することで、肩峰下スペースを保ち、スムーズに挙上できる環境を提供しているのです。

肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう

 

 小胸筋は、第3-5肋骨に起始をもち、肩甲骨の烏口突起に付着しています。

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Fig.2:Borstad JD, 2005より引用改変

 

 小胸筋は胸郭の前面から肩甲骨をつなぐ唯一の筋肉でもあります。その筋線維の走行から、小胸筋の作用は肩甲骨の下方回旋、前傾、内旋であり、また肩甲帯のプロトラクションにも関与していると報告されています(Borstad JD, 2005)。

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Fig.3:Borstad JD, 2006より引用改変

 

 肩甲骨の運動と小胸筋の作用をもう一度、見てみましょう。肩甲骨は上肢の挙上にあわせて上方回旋、後傾、外旋します。小胸筋は下方回旋、前傾、内旋に作用します。肩甲骨の運動と小胸筋の作用が見事に拮抗していることがわかります。小胸筋は拮抗筋として肩甲骨の運動制御に関与しているのです。

 

 

◆ 小胸筋の短縮が肩甲骨の動きを妨げる

 

 このような小胸筋の作用から、小胸筋の短縮が肩甲骨の運動異常に関わっているのではないか?というリサーチクエスチョンが浮かび上がってきました。

 

 2005年、オハイオ州立大学のBorstadらは、小胸筋の短縮が肩甲骨の動きに与える影響について検証しました。健常者を対象に、小胸筋の長さに応じて短いグループと長いグループに分け、上肢挙上時の肩甲骨の動きを分析しました。小胸筋の長さは第4肋骨の胸肋関節から烏口突起までの距離を測定しています。

 

 結果は、小胸筋の短いグループでは肩甲骨の後傾が著しく制限されるというものでした。

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Fig.4:Borstad JD, 2005より引用改変

 

 Borstadらは、これらの結果から、小胸筋の短縮は肩甲骨の動きを妨げ、肩峰下スペースの狭小化に寄与すると結論づけました。この報告により、小胸筋の短縮が肩甲骨の運動異常に関わっているという仮説が立証されたのです。

 

 Borstadらの報告を受け、次に小胸筋を効果的にストレッチする方法が検証されました。

 

 

◆ 小胸筋の効果的なストレッチング

 

 小胸筋のストレッチング方法にはいくつかの研究報告がありますが、もっとも妥当性があるとされているのが札幌医科大学のMurakiらの報告です。

 

 小胸筋は3つの筋線維がひとつに収束し、烏口突起に付着します。そのため、それぞれの筋線維の伸張度を計測するためには直接、筋肉を計測する必要がありました。

 

 Murakiらは、肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節を含み、他動的な肩関節運動のシュミレーションが可能な献体モデルを構築しました。このシュミレーターを用いて、小胸筋に対するストレッチングの伸長効果を検証したのです。

 

 ストレッチングは肩関節屈曲0度でのリトラクション、屈曲30度でのリトラクション、外転・外旋90度の3つの方法を行い、小胸筋の外側線維と内側線維の伸張率を計測しました。

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Fig.5:Muraki T, 2009より引用改変

 

 その結果、屈曲30度でのリトラクションがもっとも小胸筋の内側・外側線維へのストレッチ効果が高く、次いで外転・外旋90度のストレッチングとなりました。

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Fig.6:Muraki T, 2009より引用

 

 他の報告では、外転・外旋90度のストレッチの有効性も報告されており、現在では、肩関節屈曲30のリトラクションまたは外転・外旋90度でのストレッチングが推奨されています。個人的には、外転・外旋90度の肢位は、肩峰下での腱板への接触応力がもっとも高まる肢位(Yamamoto N, 2010)なので、腱板病変のケースでは、肩関節屈曲30度のリトラクションを選択したほうが安全性が高いと考えています。

 

 

◆ 小胸筋ストレッチングの臨床効果

 

 小胸筋に短縮が肩甲骨の運動を制限し、肩峰下スペースの狭小化に寄与するという知見にもとづき、肩峰下インピンジメントに対する多くの臨床研究で小胸筋のストレッチングを含めた包括的なリハビリテーションの介入報告が行われています(Tate AR, 2010、Camargo PR, 2009)。

 

 その多くがポジティブな結果でしたが、小胸筋のストレッチングのみの介入研究は行われていませんでした。

 

 そこで2016年、ピラシカバ大学のRosaらは、小胸筋ストレッチング単独での介入効果を検証したのです。

 

 小胸筋の短縮があり、肩痛を認める患者25名と健常者25名を対象とし、小胸筋のストレッチングを6週間、毎日、実施しました。ストレッチング方法は肩関節外転・外旋90度のセルフストレッチを指導しています。

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Fig.7:Rosa DP, 2016より引用

 

 6週間後の結果では、肩痛の軽減を認めましたが、小胸筋の長さや肩甲骨の運動に有意な変化は見られませんでした。この結果からRosaらは、小胸筋のストレッチングのみでは肩甲骨の運動異常を改善することは困難であり、肩甲骨の周囲筋の再教育など、小胸筋のストレッチングと合わせて包括的に肩甲骨のキネマティクスに介入した方が効果的であると考察しています(Rosa DP, 2016)。

 

 

 小胸筋の短縮は肩甲骨の後傾を制限し、肩峰下スペースの狭小化に寄与する可能性が示唆されています。そのため、腱板病変に対するリハビリテーションでは、小胸筋のストレッチングを行うことが推奨されていますが、単独の小胸筋のストレッチングによる効果のエビデンスはありません。小胸筋のストレッチングとともに、肩甲骨のキネマティクスに関与する他の生体力学的因子の評価・アプローチを同時に行うべきでしょう。

 

 次回は、肩甲骨のキネマティクスに関与する「後方関節包のタイトネス」について考察していきましょう。

 

 

肩関節のしくみとリハビリテーション

肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム

肩リハビリ②:腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる指標とは?

肩リハビリ③:腱板断裂(損傷)の新しいリスク指標を知ろう

肩リハビリ④:腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリを考えよう 

肩リハビリ⑤:肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう

肩リハビリ⑥:肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう

肩リハビリ⑦:新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう

肩リハビリ⑧:肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実 

肩リハビリ⑨:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編

肩リハビリ⑩:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編

肩リハビリ⑪:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編

肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう

肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう

肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編

肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編

肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編

 

References

Borstad JD, et al. The effect of long versus short pectoralis minor resting length on scapular kinematics in healthy individuals. J Orthop Sports Phys Ther. 2005 Apr;35(4):227-38.

Borstad JD, et al. Comparison of three stretches for the pectoralis minor muscle. J Shoulder Elbow Surg. 2006 May-Jun;15(3):324-30.

Muraki T, et al. Lengthening of the pectoralis minor muscle during passive shoulder motions and stretching techniques: a cadaveric biomechanical study. Phys Ther. 2009 Apr;89(4):333-41.

Yamamoto N, et al. Contact between the coracoacromial arch and the rotator cuff tendons in nonpathologic situations: a cadaveric study. J Shoulder Elbow Surg. 2010 Jul;19(5):681-7.

Tate AR, et al. Comprehensive impairment-based exercise and manual therapy intervention for patients with subacromial impingement syndrome: a case series. J Orthop Sports Phys Ther. 2010 Aug;40(8):474-93.

Camargo PR, et al. Effects of strengthening and stretching exercises applied during working hours on pain and physical impairment in workers with subacromial impingement syndrome. Physiother Theory Pract. 2009 Oct;25(7):463-75.

Rosa DP, et al. Effects of a stretching protocol for the pectoralis minor on muscle length, function, and scapular kinematics in individuals with and without shoulder pain. J Hand Ther. 2016 Oct 18. pii: S0894-1130(16)30107-7.