2013年、British Journal of Sports Medicine主催の第二回国際カンファレンスがアメリカのレキシントンで開催されました。
カンファレンスの参加者名簿には、レキシントンスポーツ医学センターのKibler氏やミネソタ大学のLudewig氏、アルカディア大学のMcClure氏など、肩疾患の治療や研究で名だたるメンバーが列記されていました。
この会議は通称「Scapular Summit」と呼ばれるほど、肩甲骨に特化したカンファレンスです。カンファレンスの目的は、これまでに蓄積された肩疾患に対する肩甲骨の運動学、生体力学、形態学などの知見を確認し、議論し、アップデートすることであり、臨床における肩甲骨の評価、治療の意義のコンセンサスを得ることです。
そしてScapular Summit 2013のテーマが「Scapular dyskinesis」でした。
このカンファレンスで得られたScapular dyskinesisについてのコンセンサスは、以下の6つの論点になります。
①Scapular dyskinesisは、ほとんどの肩疾患に高い割合で存在する。
②肩のインピンジメント症候群は、Scapular dyskinesisによって起因する。
③Scapular dyskinesisは、肩関節の運動機能を悪化させる潜在的な要因である。
④肩疾患の治療は、Scapular dyskinesisを評価することにより、より効果的になる。
⑤Scapular dyskinesisの信頼性の高い評価方法が確立されつつある。
⑥Scapular dyskinesisの治療は、より包括的なリハビリテーションが効果的である。
Scapular Summit 2013では、肩疾患の治療におけるScapular dyskinesisの重要性が確認されたとともに、その評価・治療においては、リハビリテーションへの期待が高まる結果となったのです(Kibler WB, 2013)。
◆ What is Scapular dyskinesis?
Scapular dyskinesis(ジスキネジー)は、肩甲骨の「dys:異常」+「kinesis:運動」であり、「肩甲骨の運動異常」と翻訳できます。同義語にdyskinesiaがありますが、Kiblerらは肩甲骨の運動異常の要因がより多岐にわたることから、dyskinesisが適切であると判断しました。
肩甲骨の正常な運動は、肩甲上腕関節の挙上にともなう3軸の運動、すなわち上方回旋、後傾、外旋です。
これらの3軸の肩甲骨の動きが制限されたり、過度に生じた場合に「Scapular dyskinesis」と判断されます。また静的なアライメントからの逸脱もScapular dyskinesisに含まれます
このような観点から、Scapular dyskinesisは「肩甲骨の運動と位置の異常」として定義されています(Kibler WB, 2009)。ここで注意したいのは、Scapular dyskinesisは診断名や症候名ではないということです。肩疾患の評価、治療を考えるための概念(コンセプト)として認識されています。
しかしながら、腱板病変(損傷・断裂)や関節唇損傷、肩関節不安定症などの肩疾患の68〜100%にScapular dyskinesisが認められるという報告もあり、近年、その重要性が高まっているのです(Burkhart SS, 2000)。
◆ Scapular dyskinesisの要因
カンファレンスでは、Scapular dyskinesisの要因についての議論が行われ、主に3つの因子についてのコンセンサスが得られました。
まず議論されたのは、「小胸筋や上腕二頭筋短頭の短縮」です。このテーマについては、2005年のBorstadらの研究をもとにディスカッションが行われ、特に小胸筋の短縮が肩甲骨の後傾を妨げる要因になることが改めて確認されました(Borstad JD, 2005)。
やはり小胸筋の短縮は肩甲骨のキネマティクスに関与することがScapular summitでも合意されています。
次のテーマは「肩甲骨周囲筋の筋活動」であり、ここでは肩甲骨周囲筋の研究で有名なゲント大学のCoolsらの研究(Cools AM, 2007)をもとに議論されました。主に前鋸筋の筋活動の減少、僧帽筋の上部線維と下部線維のフォースカップリングの破綻がScapular dyskinesisの要因になることが確認されています。
最後の因子として挙げられたのが「後方関節包のタイトネス」です。カンファレンスでは、主に野球やテニスといったオーバーヘッドアスリートを対象にしたBorichらの研究(Borich MR, 2006)が参照され、後方関節包のタイトネスにより肩甲上腕関節の内旋が制限されると、挙上時に肩甲骨の前傾が増加するという知見などから、後方関節包のタイトネスがScapular dyskinesisの因子になるということが追認されました。
肩甲骨周囲筋の筋活動や後方関節包のタイトネスについては、他にも興味深い知見があるので、別の機会に深く考察していきましょう。
これらの議論から、小胸筋の短縮、肩甲骨周囲筋の筋活動、後方関節包のタイトネスがScapular dyskinesisの因子になるというコンセンサスが得られたのです。
図1:Kibler WB, 2013を参考に筆者作成
◆ Scapular dyskinesisと腱板病変
Scapular dyskinesisの要因が確認されると、カンファレンスは次の議題に移っていきます。次のテーマは「腱板病変の発生機序にScapular dyskinesisは関与するのか?」でした。
この議論では、まず2012年に発表されたバージニア大学のSeitzらの研究を参照して行われました。Seitzらは、Scapular dyskinesisが腱板病変の原因になるかどうかを検証するために、Scapular dyskinesisiと肩峰下スペースの狭小化の関係性について検証しました。
まず、Scapular dyskinesisを有するグループと健常者のグループを対象にして、肩甲上腕関節の挙上0度、45度、90度での肩峰下スペースを計測しました。
その結果、挙上0度では差はありませんでしたが、45度、90度では、Scapular dyskinesisを有するグループで有意に肩峰下スペースの狭小化が示されました。
Fig.1:Seitz AL, 2012より引用改変
次に、この狭小化が本当にScapular dyskinesisによるものなのか?という疑問を調べました。
Scapular dyskinesisの評価手法にScapular assistance test(SAT)があります。これは徒手にて上肢挙上時に肩甲骨の上方回旋、後傾を誘導するもので、SATにより痛みが消失した場合、Scapular dyskinesisの陽性として判断します。
Seitzらは、このSATを行うことで肩峰下スペースの狭小化が改善するか否かを検証しました。その結果、SATを行うと有意に肩峰下スペースの拡大が生じました。
Fig.2:Seitz AL, 2012より引用改変
これらの結果から、Seitzらは、Scapular dyskinesisは肩峰下スペースの狭小化に寄与することを立証したのです(Seitz AL, 2012)。
さらに、Scapular dyskinesisは肩峰下インピンジメントを生じさせること(Tsai NT, 2003)、腱板の筋出力を減少させ、腱板への過負荷を生じさせること(Kibler WB, 2006)から、「Scapular dyskinesisは腱板病変の発症機序に大きく寄与する」というコンセンサスが得られたのです。
図2:Kibler WB, 2013を参考に筆者作成
このようなScapular dyskinesisによる腱板病変の発症機序を見てみると、以前に紹介したSeitzらの腱板病変の発症アルゴリズムと同様であることがわかります。
『腱板病変の発症アルゴリズムからリハビリテーションを考えよう』
図3:Seitz AL, 2011より引用改変、外因性メカニズムのみ引用
Scapular dyskinesisと腱板病変の発症機序は、ボトムアップとしてScapular dyskinesisが腱板病変の要因であることを示しており、Seitzらのアルゴリズムでは、トップダウンとして腱板病変の要因が肩甲骨のキネマティクスであることを示しています。
さらにScapular dyskinesisの3つの因子と、肩甲骨のキネマティクスに関与する4つの因子も重複しており、腱板病変の発症機序に肩甲骨のキネマティクスが寄与していること、その因子には小胸筋の短縮や肩甲帯周囲筋の筋活動、後方関節包のタイトネスが関与していることが世界的にもコンセンサスを得ていることがわかります。
今回は、Scapular summit 2013で議論された新しい概念であるScapular dyskinesisについてご紹介しました。腱板病変を含む肩疾患の多くにScapular dyskinesisが存在し、その改善にはリハビリテーションがもっとも有用であることが確認されています。臨床においてもScapular dyskinesisの概念をリーズニングに付加することが評価・治療の精度を高めることにつながるかもしれません。
次回は、Scapular dyskinesisの評価や治療の方法についてもご紹介したのですが、その前に肩甲骨のキネマティクスの因子である肩甲骨周囲筋の筋活動や後方関節包のタイトネスについて考察していきます。基本をしっかり固めてから、評価・治療について考えていきましょう。
肩関節のしくみとリハビリテーション
肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム
肩リハビリ②:腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる指標とは?
肩リハビリ③:腱板断裂(損傷)の新しいリスク指標を知ろう
肩リハビリ④:腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリを考えよう
肩リハビリ⑤:肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう
肩リハビリ⑥:肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう
肩リハビリ⑦:新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう
肩リハビリ⑧:肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実
肩リハビリ⑨:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編
肩リハビリ⑩:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編
肩リハビリ⑪:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編
肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう
肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう
肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編
肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編
肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編
References
Kibler WB et al. Clinical implications of scapular dyskinesis in shoulder injury: the 2013 consensus statement from the 'Scapular Summit'. Br J Sports Med. 2013 Sep;47(14):877-85.
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