リハビリmemo

理学療法士・トレーナーによる筋トレやダイエットについての最新の研究報告を紹介するブログ

肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編


スポンサーリンク

 

 肩甲骨は上肢の挙上や外転運動にともなって、上方回旋、後傾、外旋といった3軸の動きが生じます。このような肩甲骨の運動により、上腕骨頭と肩峰下のスペースは一定に保たれ、そのスペースにある腱板への圧縮応力が軽減されます。しかし、肩甲骨の位置や運動に異常が生じると肩峰下スペースの狭小化が生じ、肩峰下インピンジメントによる腱板への圧縮応力が高まります。その結果、腱板損傷や腱板断裂といった腱板病変が発症するのです。

肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう

 

 このような肩甲骨の位置や運動の異常を「Scapular dyskinesis」と呼び、腱板病変など多くの肩疾患に認められることから、近年、注目されています。

新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう

 

 最近では、野球やバレーボールなどのオーバーヘッドアスリートの60%以上にScapular dyskinesisが認められることが報告され(オーバーヘッドスポーツではないアスリートは33%)、肩関節の怪我を予防するためにも定期的な評価を行うことが推奨されています(Burn MB, 2016)。

 

 では、どのようにScapular dyskinesisの評価を行えばよいのでしょうか?

 

 今回から2回(前編、後編)にわけて、現在までに報告されているScapular dyskinesisの評価方法のすべてをご紹介したいと思います。

f:id:takumasa39:20170125151146p:plain

 


◆ Scapular dyskinesisの検出に静的な評価では不十分

 

 1998年、レキシントンスポーツ医科学センターのKiblerらは、Scapular dyskinesisを評価するために、肩甲骨の位置の対称性を計測するLateral Scapular Slide Test(LSST)を考案しました。

 

 LSSTは、テープやメジャーを使用して、肩甲骨の下角から同じレベルの胸椎までの距離を計測します。計測は肩関節外転0度、40度、90度の3つの肢位で行われ、左右の距離の差が1cmから1.5cm以上ある場合に陽性と判断します。

f:id:takumasa39:20170125151346p:plain

Fig.1:Odom CJ, 2001より引用

 

 LSSTはその簡便性から臨床で使用しやすく、検者内・検者間の信頼性も高いのですが、評価の精度(感度、特異度)は低いことが報告されています。

f:id:takumasa39:20170125151511p:plain

Fig.2:Odom CJ, 2001、Shadmehr A, 2010より筆者作成

 

 なぜ評価の精度が低いのかというと、静的な肩甲骨の位置の計測では、動的な上肢の運動にともなう肩甲骨の3軸の動きを捉えられないためと考えられています(McClure P, 2009)。

 

 実際に、オーバーヘッドアスリートを対象にしたLSSTの検証では、LSSTが陽性であっても肩の機能不全を示さないことが報告されています。その理由として、LSSTの評価の特異度(機能不全でないものと陰性とする精度)が低いことが挙げられています(Koslow PA, 2003)。

 

 2016年にもLSSTの変法(modified LSST)が考案されていますが、やはりScapular dyskinesisを検出するには精度が不十分とのことです(Shadmehr A, 2016)。Scapular dyskinesisの検出し、治療につなげるためには他の動的な評価と合わせて行う必要があるようです。



◆ 徒手による検査法はScapular dyskinesisの治療につながる?

 

 1998年、KiblerらはLSSTとともに徒手によって肩甲骨を修正する検査方法(Manual correrection)を提案しました(Kibler WB, 1998)。

 

 徒手による検査には主に2つあります。

 

 ひとつは、Scapular assistance test(SAT)です。SATでは、検査者が肩甲骨の上縁と下縁を把持し、上肢挙上中に、検査者の徒手によって肩甲骨の上方回旋と後傾を補助します。これによって挙上にともなう痛みが緩解した場合に「陽性」と判断します。

f:id:takumasa39:20170125151928p:plain

Fig.3:Pluim BM, 2013より引用

 

 SATは、徒手による肩甲骨の上方回旋と後傾がアシストが肩峰下スペースを拡大させるという知見(Seitz AL, 2012)にもとづいています。Scapular dyskinesisによって狭小化した肩峰下スペースをSATによって拡大させることによって、肩峰下インピンジメントや腱板への圧縮応力が軽減され、痛みの緩解につながるのです。

 

 そのため、SATが陽性であれば、肩甲骨の上方回旋、後傾に問題があると推測でき、効果的な治療の選択ができるようになります。また、SATは評価の高い信頼性(κ係数:0.53-0.62、一致率:77%-91%)が報告されています(Rabin A, 2006)。

 

 もうひとつは、Scapular retraction test(SRT)です。SRTでは、検査者は肩甲骨の上縁から内側縁を把持し、肩甲骨をプロトラクションさせます。その際、挙上位で等尺性収縮させている上肢の筋力が増強したり、肩の痛みが軽減した場合に「陽性」と判断します。

f:id:takumasa39:20170125152045p:plain

Fig.4:Pluim BM, 2013より引用

 

 SRTは、肩疾患に対して、SRTを行うと棘上筋の筋力が24%増加するという知見(Kibler WB, 2006)にもとづいています。SRTが陽性の場合は、肩甲骨のリトラクションが不十分であることが推測され、治療につなげることができるのです。

 

 また、SRTの別法でScapula reposition testがあります。このテストは、肩をプロトラクションさせるのではなく、肩甲骨の後傾と外旋を徒手にて促します。そしてSRTと同じように挙上位で等尺性収縮させながら、筋力や肩の痛みの変化を評価します。筋力の増強や痛みの軽減があれば「陽性」となります。

f:id:takumasa39:20170125152553p:plain

 Fig.5:Tate AR, 2008より引用

 

 肩峰下インピンジメント症候群を有するオーバーヘッドアスリートを対象にした調査では、Scapula reposition testを行うことで47%に痛みの軽減を認め、26-29%に棘上筋の筋力増強が見られたことが報告されています(Tate AR, 2008)。



 SAT、Scapular retraction test、Scapular reposition testともに評価結果から肩甲骨の動きの問題点を把握しやすい点で有用な評価方法といえるでしょう。また、治療への展開も根拠をもって行うことができます。例えば、SATで痛みが消失すれば肩甲骨の上方回旋や後傾が不十分であり、その運動に関与する筋への介入を試みようとリーズニングすることができるのです。

 

 しかし、これらの評価の妥当性や精度を示した報告はありません。やはり単一的な評価を行うのではなく、他の評価と合わせて判断するべきであるというのが現在の見解であると思います。

 

 Scapular dyskinesisの評価について、LSSTとSATなどのManual correrectionの方法をご紹介しました。実は、もうひとつ、視診にもとづく評価方法(Visual observation)があります。これは近年、もっともScapular dyskinesisの評価で注目されている方法です。

 

 次回、この視診にもとづく評価方法(Visual observation)の知見をご紹介しながら、Scapular dyskinesisの評価についてまとめていきましょう。

 

 

肩関節のしくみとリハビリテーション

肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム

肩リハビリ②:腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる指標とは?

肩リハビリ③:腱板断裂(損傷)の新しいリスク指標を知ろう

肩リハビリ④:腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリを考えよう 

肩リハビリ⑤:肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう

肩リハビリ⑥:肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう

肩リハビリ⑦:新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう

肩リハビリ⑧:肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実 

肩リハビリ⑨:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編

肩リハビリ⑩:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編

肩リハビリ⑪:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編

肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう

肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう

肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編

肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編

肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編

 

References

Burn MB, et al. Prevalence of Scapular Dyskinesis in Overhead and Nonoverhead Athletes: A Systematic Review. Orthop J Sports Med. 2016 Feb 17;4(2):2325967115627608.

Kibler WB, et al. The role of the scapula in athletic shoulder function. Am J Sports Med. 1998 Mar-Apr;26(2):325-37.

Odom CJ, et al. Measurement of scapular asymetry and assessment of shoulder dysfunction using the Lateral Scapular Slide Test: a reliability and validity study. Phys Ther. 2001 Feb;81(2):799-809.

Shadmehr A, et al. The reliability measurements of lateral scapular slide test at three different degrees of shoulder joint abduction. Br J Sports Med. 2010 Mar;44(4):289-93.

McClure P, et al. A clinical method for identifying scapular dyskinesis, part 1: reliability. J Athl Train. 2009 Mar-Apr;44(2):160-4.

Koslow PA, et al. Specificity of the lateral scapular slide test in asymptomatic competitive athletes. J Orthop Sports Phys Ther. 2003 Jun;33(6):331-6.

Shadmehr A, et al. Reliability, agreement, and diagnostic accuracy of the Modified Lateral Scapular Slide test. Man Ther. 2016 Aug;24:18-24.

Pluim BM. Scapular dyskinesis: practical applications. Br J Sports Med. 2013 Sep;47(14):875-6.

Seitz AL, et al. Effects of scapular dyskinesis and scapular assistance test on subacromial space during static arm elevation. J Shoulder Elbow Surg. 2012 May;21(5):631-40.

Rabin A, et al. The intertester reliability of the Scapular Assistance Test. J Orthop Sports Phys Ther. 2006 Sep;36(9):653-60.

Kibler WB, et al. Evaluation of apparent and absolute supraspinatus strength in patients with shoulder injury using the scapular retraction test. Am J Sports Med. 2006 Oct;34(10):1643-7.

Tate AR, et al. Effect of the Scapula Reposition Test on shoulder impingement symptoms and elevation strength in overhead athletes. J Orthop Sports Phys Ther. 2008 Jan;38(1):4-11.