今回は、2017年の3月までに報告されたリハビリに関する論文をいくつかピックアップしています。Natureの2017年3月号では「Nature Index 2017 Japan」というテーマで日本の科学研究の失速が話題になっていますが、最近のリハビリ関連の研究では多くの日本人が報告してるんですよね。今回もいくつか取り上げています。それでは知識のブラッシュアップをしていきましょう。
Pick up articles
- ◆ 重度の変形性関節症では脳卒中のリスクが3倍以上になる?
- ◆ 小胸筋のストレッチングは挙上150度の水平外転がもっとも効果的
- ◆ 腱板の筋萎縮や脂肪浸潤は、腱板修復術後でも改善する
- ◆ 腰椎椎間板変性の新たなリスク因子が明らかに(和歌山で行われた大規模な縦断的研究)
- ◆ 脳梗塞発症24時間の梗塞容量が3ヶ月後の予後予測の指標になる
- ◆ やはり脳卒中後の皮質脊髄路の連続性は下肢の運動機能回復に関与しない
◆ 重度の変形性関節症では脳卒中のリスクが3倍以上になる?
Osteoarthritis Cartilage 2017年3月より
変形性関節症による軽度の全身性炎症はアテローム性動脈硬化症を誘発することが示されています(Libby P, 2002)。実際に変形性膝関節症の女性患者では、アテローム性動脈硬化症の発症率が高くなることが報告されています(Hoeven TA, 2015)。このような背景から、台中病院のHsuらは、変形性関節症が脳卒中の発症にも関与するのではないか?と考え検証しました。
対象は変形性関節症患者43,635名、健常者43,635名です。2002年から約8年間のフォローアップを行い、脳卒中発症のリスクについてコホート研究を実施しました。
分析の結果、すべての変形性関節症患者の脳卒中の発症率は、健常者の1.1倍とわずかなリスクの増加が認められました。しかし、重度の変形性関節症の若年成人では、脳卒中の発症リスクが3.78倍にまで高まることが明らかになったのです。
Hsuらは、年齢の若い重度の変形性関節症では、脳卒中を予防するためのマネージメントを併用する必要があるだろうと述べています。
軽度の全身性炎症がアテローム性動脈硬化症を誘発するというエビデンスは確立されているので、今後、関節症と血管病変の研究が増えてくるとともに、臨床でも対応が必要になると思われます。
References
Libby P. Inflammation in atherosclerosis. Nature. 2002 Dec 19-26;420(6917):868-74.
Hoeven TA, et al. Markers of atherosclerosis in relation to presence and progression of knee osteoarthritis: a population-based cohort study. Rheumatology (Oxford). 2015 Sep;54(9):1692-8.
◆ 小胸筋のストレッチングは挙上150度の水平外転がもっとも効果的
J Shoulder Elbow Surg 2017年2月より
小胸筋の短縮は肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)の発症に関与するため、臨床やスポーツの現場で小胸筋のストレッチングが行われています。しかし、いくつかある小胸筋のストレッチング方法の効果は比較検討されていません。
京都大学のUmeharaらは、健常男性18名を対象に、3つの小胸筋のストレッチング方法を行い、超音波を用いて測定された小胸筋の伸長率(shear elastic modulus)を調べました。
ストレッチング方法は、肩関節の屈曲、肩関節の水平外転、肩のリトラクションとして、それぞれの方法を挙上30度、90度、150度にて実施しました。その結果、もっとも伸長率の高いストレッチングは、肩関節の水平外転(150度)であり、次いで水平外転(90度)でした。
Fig.1:Umehara J, 2017より引用改変
Umeharaらは、この結果から、小胸筋をもっとも効果的にストレッチする方法は、挙上150度または90度での水平外転であると結論づけています。また、肩の挙上制限や関節不安定性がある場合は、挙上30度での水平外転やリトラクションによるストレッチングを推奨しています。
しかし、水平外転は肩峰への接触応力が大きいので、腱板損傷している場合は注意が必要ですね。
◆ 腱板の筋萎縮や脂肪浸潤は、腱板修復術後でも改善する
J Shoulder Elbow Surg 2017年2月より
腱板の筋萎縮や脂肪浸潤は、腱板断裂後の修復術による機能回復を妨げになるだけでなく、再断裂のリスク因子にもなります(Jo CH, 2013)。腱板修復術後に筋萎縮や脂肪浸潤が回復するか否かということはこれまで明らかにされてませんでした。
群馬大学のHamanoらは、腱板修復術(ARCR)を行った患者94名を対象にして、術後1年〜2年の棘上筋の筋萎縮、脂肪浸潤の変化を調査しました。
術後2週間に比べて、術後2年では、筋萎縮と脂肪浸潤の改善が認められました。筋萎縮の改善した症例では、外転可動域と外転筋力の改善が見られましたが、脂肪浸潤の改善した症例では、屈曲可動域は改善しましたが、外転筋力の改善に有意差は見られませんでした。
Fig.2:Hamano N, 2017より引用改変
術後に脂肪浸潤が改善した理由についてHamanoらは、腱板の筋萎縮が改善したことが腱板の筋組成を変化させたのだろうと推測しています。この報告は、適切なリハビリによって、術後の腱板の筋萎縮や脂肪浸潤が改善することを示唆しています。術前に筋委縮や脂肪浸潤があっても、リハビリにより術後の再断裂のリスクを軽減できるということですね。
References
Jo CH, et al. Changes in appearance of fatty infiltration and muscle atrophy of rotator cuff muscles on magnetic resonance imaging after rotator cuff repair: establishing new time-zero traits. Arthroscopy. 2013 Mar;29(3):449-58.
◆ 腰椎椎間板変性の新たなリスク因子が明らかに(和歌山で行われた大規模な縦断的研究)
Osteoarthritis Cartilage. 2017年1月より
腰痛の原因のひとつでもある腰椎椎間板変性。椎間板の変性を防ぐために、多くのリスク分析の研究が行われ、リスク因子として喫煙や肥満、長時間の運転や重労働などの身体活動など挙げられていますが、現在、確定しているのは年齢だけです(Williams FM, 2011)。これは今までの研究のサンプルサイズ(n数)が少なかったこと、腰椎を上部、下部に分けずに分析していたこと、横断的研究が主であったことなどが研究の限界に起因していたとされています。
そこで和歌山医科大学のTeraguchiらは、和歌山在住の617名を対象とする大規模な縦断的調査を4年間という長期間で実施しました。その結果を見てみましょう。
・年齢は腰椎椎間板変性の進行に関与していたが、発症率には関与していなかった。
・女性は腰椎椎間板変性の発症率、進行が男性よりも高かった(発症率:男性31.6%、女性44.7%、進行率:男性52.0%、女性60.4%)。
・女性は男性に比べて、上部腰椎の椎間板変性の進行度が高かかった(オッズ比1.68)。
・糖尿病が上部腰椎の椎間板変性のリスク因子として特定された(オッズ比6.83)。
大規模、長期間の縦断的調査から、腰椎椎間板変性の発症や進行に年齢だけでなく、性別(女性>男性)、糖尿病がリスク因子であることが示唆されました。この理由についてはさらなる分析が必要とのことですが、腰椎椎間板変性への介入では「糖尿病のコントロール」を併用して行うことが治療において重要になると思われます。
References
Williams FM, et al. Progression of lumbar disc degeneration over a decade: a heritability study. Ann Rheum Dis. 2011 Jul;70(7):1203-7.
◆ 脳梗塞発症24時間の梗塞容量が3ヶ月後の予後予測の指標になる
Stroke 2017年3月より
近年、脳梗塞の予後予測にCTによって測定された梗塞容量(ILV:Ischemic lesion volume)が注目されています。脳梗塞発症から1週間後のILVが機能評価スケールであるmRSやNIHSSよりも3ヶ月後の予後予測に有用であることが報告されています(Yoo AJ, 2012)。脳卒中発症から1週間後の画像を用いるのは、梗塞巣の増悪や浮腫が落ち着く期間が必要だからです。
オランダ・トゥエンテ大学のBuckerらは、より早い予後予測は治療において多くの利点をもたらすことから、発症から1週間ではなく、24時間後のILVが予後予測の指標にならないか?と考え検証しました。
本研究は脳梗塞患者228名を対象に、発症後24時間と1週間のILVを測定しました。ILVは24時間と1週間では異なりましたが(24時間:42ml、1週間:64ml)、予後予測としての機能的転帰に相違はありませんでした。
Fig.3:Bucker A, 2017より引用改変
Buckerらは、脳梗塞発症24時間でのILVが予後予測としての指標として使用できることを示唆しています。この研究はすぐにでも臨床応用可能な知見です。関連する報告も含めてブログで再紹介するかもしれません。
Refereces
Yoo AJ, et al. Infarct volume is a pivotal biomarker after intra-arterial stroke therapy. Stroke. 2012 May;43(5):1323-30.
◆ やはり脳卒中後の皮質脊髄路の連続性は下肢の運動機能回復に関与しない
Stroke. 2017年3月より
Smith MC, et al. Proportional Recovery From Lower Limb Motor Impairment After Stroke.
脳卒中を発症しても、皮質脊髄路の連続性が失われていない場合、3ヶ月後の上肢の運動機能は約70%回復することが明らかになっています。このような回復の規則性は「Proportional recovery rule(比例回復ルール)」と呼ばれています(Byblow WD, 2015)。しかし、このルールが下肢の運動機能にも適応できるかどうかは明らかになっていませんでした。
オークランド大学のSmithらは、この問いを明らかにするために、32名の脳卒中患者を対象に検証しました。皮質脊髄路の連続性は、TMSを用いた下肢の運動誘発電位とMRIによって評価されました。3ヶ月間、フォローアップをした結果、74%の患者に下肢機能の改善が認められましたが、皮質脊髄路の連続性との関連は認められませんでした。
Fig.4:Smith MC, 2017より引用改変
この結果から、Smithらは、比例回復ルールは下肢の運動機能の改善には用いられないことを示唆しています。また、脳卒中後の下肢の運動機能は皮質脊髄路よりも網様体脊髄路のような錐体外路の関与が強いと推測しています。
やはり下肢の運動機能には皮質脊髄路よりも網様体脊髄路の損傷度合いが影響するようですね。
References
Byblow WD, et al. Proportional recovery after stroke depends on corticomotor integrity. Ann Neurol. 2015 Dec;78(6):848-59.