リハビリmemo

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脳卒中後の効果的な立ち上がり動作トレーニングとは?


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 脳卒中後の転倒事例の37%が立ち上がり動作時に生じていることが報告されています(Nyberg L, 1995)。脳卒中により麻痺した下肢の支持性が低下し、体重をかけることが難しくなり、立ち上がり動作時に非麻痺側へ体幹が逸脱してしまうため、転倒が起きやすくなると推察されています(Duclos C, 2008)。

 

 このような非対称性の立ち上がり動作に対する従来のリハビリテーションでは、セラピストの声掛けによる聴覚的フィードバックや、鏡を用いた視覚的フィードバックが行われてきました(Engardt M, 1994)。

 

 そして近年では、より簡易的でセルフトレーニングでも行える ”Modified sit-to-stand training”が注目されています。

 

 今回は、脳卒中後のModified sit-to-stand trainingの有用性とともに、その欠点を補う介入について考察していきましょう。

 

Table of contents



◆ 足の位置を変えるだけで立ち上がり時の非対称性が改善される

 

 2008年、モントリオール大学のRoyらは「座っているときの麻痺側の足部の位置を少し変えるだけで、立ち上がり時の非対称性を改善できる」ことを報告しました。

 

 Royらは慢性期の脳卒中患者12名を対象に、座位時に足部の位置を3つのパターンに分けて、立ち上がり、着座時の左右対称性を測定しました。

 

 その結果、麻痺側の足部を前方にした立ち上がりは、もっとも非対称性が大きくなり、反対に麻痺側の足部を後方(手前)にした立ち上がりでは、もっとも非対称性が小さくなることがわかりました。

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Fig.1:Roy G, 2006より引用改変

 

 Royらは麻痺側の足部を後方にすることで立ち上がり時の非対称性が改善され、麻痺側下肢の筋活動を増大させることができ、課題特異的なトレーニングとして有用であると述べています(Roy G, 2006)。

 

 さらに2016年、安徽医科大学のLiuらは、Royらが考案したトレーニングの臨床効果をランダム比較試験(RCT)にて検証しました。

 

 脳卒中患者50名を対象に、足部が対称性にして立ち上がりを行うグループと、麻痺側の足部を後方にして立ち上がりを行うグループに分け、4週間の立ち上がりトレーニングを行いました。

 

 トレーニングの結果、麻痺側の足部を後方にして立ち上がりを行ったグループは、立ち上がる速度が速くなり、立ち上がり時の非対称性が改善し、Berg balance scaleの改善も認められました(Liu M, 2016)。

 

 麻痺側の足部を後方にするというModified sit-to-stand trainingは、立ち上がり時の非対称性を改善させるとともに、バランス能力の改善に寄与することが示唆されているのです。

 

 このトレーニング方法は簡便であり、何より患者さんがセルフトレーニングで行えることから、その有用性は高いでしょう。しかし、欠点がないわけでもありません。



◆ 痙縮がある場合の立ち上がり練習とは?

 

 立ち上がり動作で最初に活動する筋は「前脛骨筋」です。前脛骨筋が最初に活動することによって、足部が安定化し、脛骨の前傾を制御することで重心の前方移動を助ける役割を担っています。これに対して拮抗筋であるヒラメ筋や腓腹筋は立ち上がり動作の後半である伸展相で活動します(Khemlani MM, 1999)。

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Fig.2:Khemlani MM, 1999より引用改変

 

 脳卒中により足関節の底屈筋に痙縮が生じている場合、この前脛骨筋の早期の活動が阻害されます。そのため、足部の安定性が低下し、重心の前方移動が困難になり、立ち上がり動作の非対称性が生じるのです(Camargos AC, 2009)。

 

 このような理由から、足関節底屈筋に痙縮がある場合、麻痺側の足部を後方にするModified sit-to-stand trainingは効果的ではないとLiuらは述べています。

 

 この問題を解決する糸口になるのが、2017年3月の雑誌Gait & Postureに掲載されたセミョン大学のJungらの報告です。

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

 近年では、痙縮の改善に「経皮的電気刺激(TENS)」の使用が注目されています。以前よりTENSの相反神経抑制効果による痙縮の緩解が示されていますが、2016年に報告されたシステマティックレビューでは、TENSと課題特異的トレーニングを組み合わせることにより、痙縮だけでなく動作能力も改善することが示唆されています(Mills PB, 2016)。

 

 このような背景からJungらは、TENSとModified sit-to-stand trainingを合わせた立ち上がりトレーニングが痙縮のある脳卒中患者の立ち上がり能力を改善させると考えたのです。

 

 痙縮のある脳卒中患者40名をTENSを行うグループとTENSの偽刺激を行うグループ(Shamグループ)に分けました。各グループともに30分間の腓骨神経の電気刺激を行った後、麻痺側足部を後ろにしたModified sit-to-stand trainingを30分間、行いました。

 

 このトレーニングを週5回、6週間、実施した結果、TENSを行ったグループでは麻痺側底屈筋の痙縮の緩解、麻痺側の股関節伸展筋力の増加、立ち上がり時の非対称性の改善が認められたのです。

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Fig.3:Jung KS, 2017より引用改変

 

 Jungらは、立ち上がりトレーニングの前にTENSを行うことによって、足関節底屈筋の痙縮の緩解が立ち上がり早期の前脛骨筋の筋活動を活性化させ、重心の前方移動が容易になることで動作の非対称性の改善とともに麻痺側股関節の伸展筋活動も増加させたと推論しています(Jung KS, 2017)。



 これらの報告から言えることは、脳卒中後の立ち上がり練習では、麻痺側の足部を後方に位置させるModified sit-to-stand trainingが有効ですが、痙縮がある場合は、事前に痙縮に対する介入が必要になるということです。Jungらの報告ではTENSを使用してますが、ペダリング運動によっても即時的に足関節底屈筋の痙縮を減少させることが可能です(Tanuma A, 2017)。痙縮がある場合は、TENSやペダリング運動による痙縮の軽減を図った後に、Modified sit-to-stand trainingを行うことが効果的であると考えられます。

 

 

◆ 読んでおきたい参考記事

脳卒中リハビリ①:バランス感覚には、足底感覚へのアプローチ! 

脳卒中リハビリ②:自転車トレーニングでは、速度一定でお願いします。

脳卒中リハビリ③:脳卒中早期からFES自転車運動で体幹機能を高めよう!

脳卒中リハビリ④:FES自転車運動は姿勢制御に効果的

脳卒中リハビリ⑤:自転車トレーニングは、ただ漕いでるだけじゃダメ。

脳卒中リハビリ⑥:自転車で突っ張る筋肉をほぐせるかも。

脳卒中リハビリ⑦:歩行スピードを高めたいなら、足関節背屈筋力を高めよう。

脳卒中リハビリ⑧:歩行距離をのばすには、やっぱり足関節背屈筋力?

脳卒中リハビリ⑨:上手に歩くためには、エンジンとブレーキ、どっちが大事?

脳卒中リハビリ⑩:歩行立脚期の機能改善には、この装具で。

脳卒中リハビリ⑪:遊脚期の足関節背屈を増強させる新しいトレーニング

脳卒中リハビリ⑫:視覚的フィードバックで知らないうちに歩行が変わる?

脳卒中リハビリ⑬:フィードバック療法で麻痺側の足を使えるようにしよう。

脳卒中リハビリ⑭:非麻痺側下肢も見逃すな。

脳卒中リハビリ⑮:ただ自転車を漕ぐだけではダメな根拠

脳卒中リハビリ⑯:片麻痺にもインソールは有効。

脳卒中リハビリ⑰:中殿筋への機能的電気刺激療法は、歩行の対称性を改善させます

脳卒中リハビリ⑱:効果的な立ち上がり練習の方法

脳卒中リハビリ⑲:立ち上がり動作と荷重感覚

脳卒中リハビリ⑳:筋力トレーニングだけでは効果なし

脳卒中リハビリ㉑:脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう

脳卒中リハビリ㉒:脳卒中後の歩行速度とQOL

脳卒中リハビリ㉓:脳卒中後の効果的な立ち上がり動作トレーニングとは?

 

References

Nyberg L, et al. Patient falls in stroke rehabilitation. A challenge to rehabilitation strategies. Stroke. 1995 May;26(5):838-42.

Duclos C, et al. Lateral trunk displacement and stability during sit-to-stand transfer in relation to foot placement in patients with hemiparesis. Neurorehabil Neural Repair. 2008 Nov-Dec;22(6):715-22.

Engardt M, et al. Rising and sitting down in stroke patients. Auditory feedback and dynamic strength training to enhance symmetrical body weight distribution. Scand J Rehabil Med Suppl. 1994;31:1-57.

Roy G, et al. The effect of foot position and chair height on the asymmetry of vertical forces during sit-to-stand and stand-to-sit tasks in individuals with hemiparesis. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2006 Jul;21(6):585-93. Epub 2006 Mar 15.

Liu M, et al. Effects of modified sit-to-stand training on balance control in hemiplegic stroke patients: a randomized controlled trial. Clin Rehabil. 2016 Jul;30(7):627-36.

Khemlani MM, et al. Muscle synergies and joint linkages in sit-to-stand under two initial foot positions. Clin Biomech (Bristol, Avon). 1999 May;14(4):236-46.

Camargos AC, et al. The effects of foot position on the performance of the sit-to-stand movement with chronic stroke subjects. Arch Phys Med Rehabil. 2009 Feb;90(2):314-9.

Jung KS, et al. Effects of sit-to-stand training combined with transcutaneous electrical stimulation on spasticity, muscle strength and balance ability in patients with stroke: A randomized controlled study. Gait Posture. 2017 Mar 10;54:183-187.

Mills PB, et al. Transcutaneous Electrical Nerve Stimulation for Management of Limb Spasticity: A Systematic Review. Am J Phys Med Rehabil. 2016 Apr;95(4):309-18.

Tanuma A, et al. After-effects of pedaling exercise on spinal excitability and spinal reciprocal inhibition in patients with chronic stroke. Int J Neurosci. 2017 Jan;127(1):73-79.