現代のスポーツ運動生理学は、トレーニングによって効果的に筋肉を肥大させるためには「自分を追い込み、総負荷量を増やせ」と言います。
これまで筋肉を肥大させるためには、高強度のトレーニングを行うことが推奨されてきました。これは高い運動強度によって、多くの運動単位を動員できるためです。しかし、筋肉を構成する筋タンパク質の合成作用が計測できるようになると、運動強度に対する新しい考え方が報告されるようになりました。
そこで明らかになったことは「筋タンパク質の合成作用は、運動強度と運動回数をかけ合わせた総負荷量(training volume)に応じて増大する」というものでした。
筋タンパク質の合成作用=トレーニングの総負荷量(運動強度 × 運動回数)
これは低強度であっても疲労困憊まで運動回数を高めて総負荷量を増やすことで、高強度と同じかそれ以上の筋タンパク質の合成作用が得られるということを示しています。筋タンパク質の合成作用は、運動強度によって決まるのではなく、総負荷量によって決まるのです。
『筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう』
しかし、ここまでにわかったことは、トレーニングの総負荷量が筋タンパク質の合成作用を即時的(トレーニング後24時間)に増大させるということです。では、総負荷量を高めるトレーニングを長期に行った場合、本当に筋肉は肥大するのでしょうか?
今回は、総負荷量を考慮した長期間のトレーニング効果を検証した報告をご紹介しながら、実際の方法論について考えてみましょう。
Table of contents
◆ 低強度×高回数と高強度×低回数による長期間のトレーニング効果
マクマスター大学のMitchellらは、低強度と高強度によるトレーニング効果について、10週間の縦断的調査を行っています。被検者はトレーニング経験のない18名の男性(平均年齢23歳)として、レッグエクステンションを1RMの30%で行うグループと80%で行うグループに分けられました。両グループともに疲労困憊になるまでレッグエクステンションを行い、このトレーニングを1日3セット、週3回、10週間、実施しました。
*1RM:1回で持ち上げれられる最大の重量(1 repetition maximum)
10週間のトレーニングを終えた被検者の大腿四頭筋の筋量を計測してみると、トレーニング前に比べて両グループともに筋量の増大を示しましたが、増加率に有意な差は認められませんでした。
Fig.1:Mitchell CJ, 2012より引用改変
また、膝の伸展筋力の1RMを計測すると、両グループともにトレーニング前に比べて増加が見られましたが、高強度グループが低強度グループよりも有意な増加を示しました。
Fig.2:Mitchell CJ, 2012より引用改変
この結果から、Mitchellらは10週間のトレーニングにおいても、低強度×高回数のトレーニングは高強度×低回数と同じ筋肉の肥大効果が期待できることを示唆しています。また1RMでは、高強度×低回数でより増大が示されたことが興味深いと述べています。
しかし、Mitchellらの報告はトレーニングの未経験者によるのもであり、トレーニングの経験者に対する総負荷量の筋肥大効果は明らかにされていませんでした。
この疑問に挑戦したのがマクマスター大学のMortonらです。2016年、Mortonらはトレーニング経験のある49名の男性(平均年齢23歳)を対象に低強度と高強度のトレーニングによる筋肥大効果について調査をしました。
被験者は、低強度×高回数グループ(1RMの30-50%で20-25回)と高強度×低回数グループ(1RMの75-90%で8-12回)に分けれれ、4つのトレーニング(レッグプレス、ベンチプレス、ニーエクステンション、ショルダープレス)を1日3セット、週に4回、12週間行いました。
12週間のトレーニング後の筋線維(タイプⅠ・Ⅱ)の肥大は両グループともに有意に増加しましたが、グループ間に差は見られませんでした。
Fig.3:Morton RW, 2016より引用改変
また1RMの増加は、ベンチプレスのみに高強度×低回数グループで有意な増大を示しました。
Fig.4:Morton RW, 2016より引用改変
さらに、両グループの筋肥大の増加率は、トレーニング未経験者を対象にしたMitchellらの報告に比べて少ないことが示されました。
これらの結果から、トレーニング経験者においても低強度×高回数のトレーニングが高強度×低回数と同様の筋肥大効果を示すことがわかったのです。また、高強度×低回数によりベンチプレスの1RMが増大したことから、Mitchellらの報告と合わせて、最大筋力の増強には高強度×低回数が適切である可能性が示唆されました。
トレーニングによる筋肥大の増加率は、Mitchellらが示したトレーニング未経験者の増加率のほうが高く、低強度×高回数のトレーニングはより初心者に最適であることも推察されました。
マクマスター大学のMitchell、Mortonらの報告により、長期間のトレーニングにおいても低強度×高回数により総負荷量を増大させることで、高強度×低回数と同じ筋肥大の効果を得られること明らかになりました。総負荷量を増大させるトレーニングは、即時的に筋タンパク質の合成作用を促進させるとともに、長期のトレーニングによって筋肉を効果的に肥大させるのです。
◆ これらの知見を実際のトレーニングにどう生かすか?
このような研究が報告される中、2016年にはニューヨーク市立大学のSchoenfeldらはトレーニングの運動強度に関するメタアナリシスを報告しました。
*メタアナリシス:複数の研究結果をを統合しデータ解析する研究手法。
Schoenfeldらは10の研究報告のデータを解析し、トレーニングにおける運動強度について報告しています。
・低強度のトレーニングであっても、疲労困憊まで運動回数を行い、総負荷量を高めることで効果的な筋肉の肥大が期待できる。
・この効果は、疲労困憊まで運動回数を行うことによって生じる筋線維活性が要因であると推測される。
・最大筋力を高めたい場合は、高強度×低回数が適している可能性が示唆される。
・しかし、トレーニング経験者に対する研究報告の数が少なく、今後のさらなる検証が必要である。
Schoenfeldらはこれらの結果から、実際のトレーニングでは、総負荷量を徐々に増やすようなプランニングすべきであると述べています。特に初心者は、低強度×低回数から始め、徐々に運動回数を増やして総負荷量をアップすることを推奨しています。これとは逆にトレーニング経験者には初心者の倍の運動回数が必要だろうとも述べています。
しかし、過度の運動回数の実施には注意が必要のようです。Schoenfeldらは2007年に報告されたレビュー(Wernbom M, 2007)をもとに、運動回数の実施による筋肥大の効果は「逆U字型」であるとしています。
Wernbomらのレビューでは、同強度での運動回数40回以下では筋肥大が1日に0.15%増加し、40-70回では0.26%の増加が認めらました。しかし70-120回では0.18%に減少することが示されているのです。
Fig.5:Wernbom M, 2007より引用改変
このことから、Schoenfeldらは推奨される運動回数は40-70回程度であり、それ以上の運動回数ではオーバートレーニングを生じさせるリスクがあると述べています。そのため、低強度×高回数のトレーニングの実施では、セット間で十分な休憩時間をとり総負荷量を増やすべきだと注意を喚起しています。
効果的に筋肉を肥大させるためには、トレーニングの「総負荷量」を高めることが重要です。初心者は低強度×高回数のトレーニングを取り入れ、上級者はその倍の運動回数を行う必要があるようです。また最大筋力を高めたい場合は、高強度×低回数のトレーニングを取り入れても良いかもしれません。
そして総負荷量を高めるためには「疲労困憊になるまで自分を追い込む」ことが前提になります。しかし、オーバートレーニングのリスクがあるので、無理せずセット間で休息をとりましょう。
トレーニング=総負荷量(運動強度 × 運動回数) × ? × ?
*前提条件:自分を追い込む
効果的なトレーニングの要素として総負荷量について考察してきました。今後も新たな知見が報告され次第、ご紹介していきたいと思います。次回は、トレーニングのその他の要素について、近年のスポーツ運動生理学の知見をご紹介していきます。
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◆ 参考論文
References
Mitchell CJ, et al. Resistance exercise load does not determine training-mediated hypertrophic gains in young men. J Appl Physiol (1985). 2012 Jul;113(1):71-7.
Morton RW, et al. Neither load nor systemic hormones determine resistance training-mediated hypertrophy or strength gains in resistance-trained young men. J Appl Physiol (1985). 2016 Jul 1;121(1):129-38.
Schoenfeld BJ, et al. Muscular adaptations in low- versus high-load resistance training: A meta-analysis. Eur J Sport Sci. 2016;16(1):1-10.
Wernbom M, et al. The influence of frequency, intensity, volume and mode of strength training on whole muscle cross-sectional area in humans. Sports Med. 2007;37(3):225-64.