2009年、アメリカスポーツ医学会(American College of Sports Medicine:ACSM)から「レジスタンストレーニングのガイドライン」が発表され、現代のトレーニング方法の基準となっています。(American College of Sports Medicine. 2009)。
しかし、近年、筋肉のもととなる筋タンパク質の合成作用を計測することが可能になると、トレーニング方法に対する新しい解釈が報告されるようになりました。
ACSMのガイドライン2009では、効果的に筋肉を肥大させるためには、1RMの70%以上の高強度でトレーニングを行う必要があると言います。これに対して、現代のスポーツ運動生理学では、高強度でなくとも低強度で運動回数を多くし、総負荷量を高めることで高強度と同等か、それ以上の筋タンパク質の合成作用が得られることを示しています。
*1RM:1回で持ち上げれられる最大の重量(1 repetition maximum)
このように、筋タンパク質の合成作用という視点からトレーニング内容を見直すと、以前とは異なる新しい方法論と根拠を得ることができるのです。
それでは、今回はトレーニングの「セット数」について、筋タンパク質の合成作用の視点から考察していきましょう。
Table of contents
◆ セット数に対するメタアナリシスの結論は?
ACSMのガイドライン2009では、トレーニングのセット数について明確な記載はありません。そのためか、メディアや個人のブログを見ても「2〜3セット」という数字が多く見受けられます。しかしながら、その根拠を記したものは多くありません。
スポーツ運動生理学の分野においても、筋トレの効果を最大化する「セット数」についての報告にはばらつきがあります。1セットでも良い(ACSM1998)、いや2〜3セットはやらないと(Paulsen G, 2003)、いやいや8セットですよ(Marshall PW, 2011)、などの報告が見られます。
このような中、2010年に発表されたKriegerらのメタアナリシスの報告がひとつの答えを示してくれました。
*メタアナリシス:複数の研究結果を統合しデータ解析する研究手法。
Kriegerらは、1960年から2009年までに報告された論文を参考に、統計的に有効な8つの報告を対象にしました。セット数を1セット、2〜3セット、4〜6セットに分類し、トレーニングによる筋肥大の効果を検証しました。
まず、1セットと複数セットの比較を行った結果、1セットより複数セットのほうが有意に筋肥大の増加が示されました。
Fig.1:Krieger JW, 2010より引用改変
次に、1セット、2〜3セット、4〜6セットの比較を行いました。その結果、1セットに比べて2〜3セットでは有意な筋肥大の増加を認めましたが、2〜3セットと4〜6セットの比較では有意な差はありませんでした。
Fig.2:Krieger JW, 2010より引用改変
これらの分析結果から、1セットよりは複数セットのほうが効果があること、3セットを超えると筋肥大の効果は頭打ち(プラトー)となり、それ以上のセット数では大きな効果が期待できないことが示唆されました。
この理由として、Kriegerらは「筋タンパク質の合成作用の限界(anabolic limit)」が寄与していると推察しています。
以前の報告から、筋タンパク質の合成作用には運動強度に対する限界点があることが示されています。1RMの60%の運動強度を超えると、筋タンパク質の合成作用はプラトーに達します(Kumar V, 2009)。Kriegerらは、セット数においても、このような筋タンパク質の合成作用の限界点があり、そのセット数が2〜3セットであると述べています(Krieger JW, 2010)。
そして、Kriegerらの推論は、2012年になって検証されることになります。
◆ 筋タンパク質の合成作用は3セットでプラトーに達する
2012年、ノッティンガム大学のKumarらは、筋タンパク質の合成作用の視点から、トレーニングに最適なセット数の検証を行いました。
対象は、トレーニング歴のない男性12名(平均年齢24歳)です。レッグエクステンションを1RMの40%の運動強度で14回行う設定とし、3セットと6セットを施行した際の筋タンパク質の合成率を比較しました。
その結果、トレーニング後4時間までの筋タンパク質の合成作用は3セット、6セットともに増加しましたが、有意な差は認められませんでした。
Fig.3:Kumar V, 2012より引用改変
次に、運動強度を増やした設定においても検証しています。1RMの75%の運動強度で8回行う設定で、3セットと6セットを施行した場合では、両セットに有意な差はありませんでした。しかし、6セットにおいて筋タンパク質の合成作用の増加傾向が認められました。
Fig.4:Kumar V, 2012より引用改変
Kumarらは、これらの結果から、セット数における即時的な筋タンパク質の合成作用では「3セット」が限界点であることを示唆しており、6セットでは既にプラトーに達している可能性を推察しています。
しかしながら、Kumarらの報告は被検者が少なく、横断的な研究であるため、大規模な縦断的研究の検証が必要と思われます。
KriegerやKumarらの報告から「3セット」が筋タンパク質の合成作用を高める最適なセット数であることが推察されています。また、3セットより多くのセット数においても、筋タンパク質の合成作用を増加させる可能性はあります。しかし、中枢性・末梢性疲労のリスクや、1日のセット数でなく週単位のトレーニング頻度で考えると3セット程度が適当と考えられているのです(疲労については別の機会で考察します)。
近年のスポーツ運動生理学により、トレーニングの運動強度、セット数には筋タンパク質の合成作用の限界点があることが示されています。まだ推論の域を超えませんが、このような知見から、現在では週単位のトレーニング頻度についても新たな報告がなされています。
次回は、週単位のトレーニング頻度について最近、報告されたスポーツ運動生理学の知見をご紹介したいと思います。
効果的なトレーニング=総負荷量(運動強度 × 運動回数)× セット数 × 頻度(←次回)
*2017年7月改訂版はコチラ
『筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)』
筋トレの重要なエビデンスをまとめた新刊です!
◆ 読んでおきたい参考記事
シリーズ①:筋肉を増やすための栄養摂取のメカニズムを理解しよう
シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?
シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)
シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス
シリーズ㉓:筋肉量を維持しながらダイエットする方法論
シリーズ㉔:プロテインの摂取はトレーニング前と後のどちらが効果的?
シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
シリーズ㉖:筋トレの効果を最大にするウォームアップの方法を知っておこう
シリーズ㉗:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間を知っておこう(2017年9月版)
シリーズ㉘:BCAAが筋肉痛を回復させるエビデンス
シリーズ㉙:筋トレの効果を最大にするタマゴの正しい食べ方
シリーズ㉚:筋トレが睡眠の質を高める〜世界初のエビデンスが明らかに
シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
シリーズ㉜:HMBが筋トレの効果を高める理由~国際スポーツ栄養学会のガイドラインから最新のエビデンスまで
シリーズ㉝:筋トレの効果を高める最新の3つの考え方〜Schoenfeld氏のインタビューより
シリーズ㉞:筋トレによって脳が変わる〜最新のメカニズムが明らかに
シリーズ㉟:ホエイプロテインは食欲を抑える〜最新のエビデンスを知っておこう
シリーズ㊱:筋トレが病気による死亡率を減少させる幸福な真実
シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
シリーズ㊴:筋トレの効果を最大にする「関節を動かす範囲」について知っておこう
シリーズ㊵:筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは?
シリーズ㊶:筋トレと遺伝の本当の真実〜筋トレの効果は遺伝で決まる?
シリーズ㊷:エビデンスにもとづく筋肥大を最大化するための筋トレ・ガイドライン
シリーズ㊸:筋トレしてすぐの筋肥大は浮腫(むくみ)であるという残念な真実
シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
シリーズ㊺:筋トレの効果を最大にする新しいトレーニングプログラムの考え方を知っておこう
シリーズ㊻:筋トレは心臓も強くする〜最新のエビデンスが明らかに
シリーズ㊼:プロテインは骨をもろくする?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ㊽:コーヒーが筋トレのパフォーマンスを高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊾:睡眠不足は筋トレの効果を低下させる~その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊿:イメージトレーニングが筋トレの効果を高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ51:筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復を妨げる?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ52:筋トレ後のタンパク質の摂取は「24時間」を意識するべき理由
シリーズ53:筋トレが高血圧を改善させる〜その科学的根拠を知っていこう
シリーズ54:ケガなどで筋トレできないときほどタンパク質を摂取するべきか?
シリーズ55:筋トレは脳卒中の発症リスクを高めるのか?〜筋トレによるリスクを知っておこう
シリーズ56:筋トレを続ける技術〜意志力をマネジメントしよう
シリーズ57:筋トレ後にプロテインを飲んですぐに仰向けに寝てはいけない理由
シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
シリーズ66:筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう
シリーズ67:筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス
シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
シリーズ80:筋トレの効果を最大にする週の頻度(週に何回?)の最新エビデンス
シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
シリーズ83:筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス
シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
シリーズ85:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス
シリーズ86:筋トレとグルタミンの最新エビデンス
シリーズ87:筋トレとアルギニンの最新エビデンス
シリーズ88:筋トレとシトルリンの最新エビデンス
シリーズ89:筋トレするなら知っておきたいサプリメントの最新エビデンスまとめ
シリーズ90:筋トレをするとモテる本当の理由
シリーズ91:高タンパク質は腎臓にダメージを与えない〜最新エビデンスが明らかに
シリーズ92:筋トレするなら知っておきたい食事のキホン〜ハーバード流の食事プレート
シリーズ93:筋トレを続ける技術〜マシュマロ・テストを攻略しよう
シリーズ94:スクワットのフォームの基本を知っておこう【スクワットの科学】
シリーズ95:スクワットのフォームによって筋肉の活動が異なる理由
シリーズ96:スクワットの効果を最大にするスタンス幅と足部の向きを知っておこう
シリーズ97:ベンチプレスのフォームの基本を知っておこう【ベンチプレスの科学】
シリーズ98:ヒトはベンチプレスをするために進化してきた【ベンチプレスの科学】
シリーズ99:デッドリフトのフォームの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ100:デッドリフトのリフティングの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ101:筋トレを続ける技術~脳をハックしよう!
シリーズ102:腕立て伏せの回数と握力から心臓病のリスクを知ろう!
シリーズ103:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
American College of Sports Medicine. American College of Sports Medicine position stand. Progression models in resistance training for healthy adults. Med Sci Sports Exerc. 2009 Mar;41(3):687-708.
American College of Sports Medicine Position Stand. The recommended quantity and quality of exercise for developing and maintaining cardiorespiratory and muscular fitness, and flexibility in healthy adults. Med Sci Sports Exerc. 1998 Jun;30(6):975-91.
Paulsen G, et al. The influence of volume of exercise on early adaptations to strength training. J Strength Cond Res. 2003 Feb;17(1):115-20.
Marshall PW, et al. Strength and neuromuscular adaptation following one, four, and eight sets of high intensity resistance exercise in trained males. Eur J Appl Physiol. 2011 Dec;111(12):3007-16.
Krieger JW, et al. Single vs. multiple sets of resistance exercise for muscle hypertrophy: a meta-analysis. J Strength Cond Res. 2010 Apr;24(4):1150-9.
Kumar V, et al. Age-related differences in the dose-response relationship of muscle protein synthesis to resistance exercise in young and old men. J Physiol. 2009 Jan 15;587(1):211-7.
Kumar V, et al. Muscle protein synthetic responses to exercise: effects of age, volume, and intensity. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2012 Nov;67(11):1170-7.