近年のスポーツ運動生理学、スポーツ栄養学の発展にともない、筋力トレーニングに対する考え方の大きなパラダイムシフトが起きています。
これらの学問では、トレーニングの効果を最大にするためには「筋タンパク質の合成作用を高めるトレーニング内容、タンパク質の摂取方法を実践しろ」といいます。
アミノ酸の安定同位体を用いることによって、筋肉を構成する筋タンパク質の合成作用を直接的に計測することが可能となり、より効率的なトレーニング方法や栄養摂取が解明されつつあるのです。
このような背景から、今回は、トレーニングのセット間の休憩時間(inter-set rest)について考察していきましょう。
Table of contents
◆ 短い休憩時間が成長ホルモンの分泌を増加させると言うけど…
2009年、雑誌Sports Medicineに掲載された「筋力トレーニングのセット間の休憩時間」というレビューにより、セット間の休憩時間が筋肥大に重要であることが示されました(de Salles BF, 2009)。
また、アメリカスポーツ医学会(ACSM)のガイドラインにおいても、セット間の休憩時間について考慮すべきという勧告が掲載されています(American College of Sports Medicine. 2009)。
現在では、セット間の休憩時間がトレーニングによる筋肥大に影響を与えるというコンセンサスが得られているのです。
それでは、どのくらいの休憩時間が効率的に筋肥大を生じさせるのでしょうか?
このテーマに対する議論は、短時間派(1分間)と長時間派(3〜5分間)に分かれて論じられてきました。短時間派は1分程度の休憩時間がもっとも筋肥大の効果を高めると言い、その根拠として「ホルモン分泌の増加」を挙げています。
2010年、クルディスタン大学のRahimiらは、被検者にベンチプレスやスクワットを4セット行わせ、セット間の休憩時間を1分、1分半、2分に設定し、運動後に成長ホルモン、テストステロンの濃度を計測しました。その結果、2分の休憩時間に比べて、1分、1分半では成長ホルモンの濃度の増加が示されたのです(Rahimi R, 2010)。
Fig.1:Rahimi R, 2010より引用改変
ブラジリア大学のBottaroらも同様の結果を報告しており(Bottaro M, 2009)、短い休憩時間が成長ホルモンの分泌を促進することが示唆されています。
成長ホルモンの分泌の増加は、筋肥大にとって重要であるとされています(Kraemer WJ, 2005)。そのため、これらの知見が「セット間の休憩時間は1分程度が妥当である」という短時間派の論拠になっているのです。
このような短時間派の主張は、日本のメディアや個人ブログでも参考にされ、セット間の休憩時間を短くしたほうが成長ホルモンが分泌され筋肉が肥大しやすいという記事を多く目にします。
しかし、その後の研究により「成長ホルモンの増加は、筋タンパク質の合成作用や筋肥大に寄与しない」ということが明らかになると、情勢が一変するのです。
2012年、マクマスター大学のWestらは、筋肥大に関与するとされる様々な因子について検証しました。
被検者は、12週間にわたるレジスタンストレーニングを行い、その結果、約20%の除脂肪量の増加を認めました。この除脂肪量の増加に対する成長ホルモン、テストステロン、インスリン成長因子(IGF-1)などの影響を調査したところ、成長ホルモンやテストスレトンと筋肥大に関連は見られませんでした(West DW, 2012)。
Fig.2:West DW, 2012より引用改変
Westらの報告は、2013年にMitchellらにより再検証され、同様の結果が報告されています(Mitchell CJ, 2013)。
Mitchellらは、これらの結果から、トレーニングによる一時的な成長ホルモンなどの増加は、筋タンパク質の合成や筋肥大に寄与しないと結論づけています。そして筋肥大は、運動単位の十分な動員によって活性化された細胞内機構が筋タンパク質の合成作用を促進させることによって生じると述べています。
成長ホルモンが筋タンパク質の合成や筋肥大に関与しないという報告により、短時間の休憩時間が成長ホルモンの分泌を高め、トレーニング効果を最大化するという短時間派の主張は根底から崩れてしまったのです。
では、効果的な休憩時間をどのように立証すれば良いのでしょうか?
ここで注目され始めたのが、筋タンパク質の合成作用です。
◆ 短い休憩時間は筋タンパク質の合成作用を減弱させる
2016年、バーミンガム大学のMcKendryらは、セット間の異なる休憩時間が筋タンパク質の合成作用に与える影響について検証しました。
トレーニング歴のある16名の男性を被験者とし、セット間の休憩時間が1分間の短時間グループと5分間の長時間グループにわけられました。被験者は、中強度のレジスタンストレーニングを疲労困憊になるまで行い、これを4セット実施しました。
トレーニング後に筋タンパク質の合成率を計測してみると、トレーニング後0〜4時間の時点において、長時間グループは短時間グループよりも有意な筋タンパク質の合成率の増加を示しました。またトレーニング後24〜28時間の時点では、両グループに差はありませんでした。
Fig.3:McKendry J, 2016より引用改変
この結果から、McKendryらは、セット間の短い休憩時間はトレーニング直後から4時間までの筋タンパク質の合成作用を減弱化させる可能性を示唆しています。そのため、3〜5分程度の休憩時間を推奨しています(McKendry J, 2016)。
トレーニング後の1時間はタンパク質摂取のゴールデンタイムと言われるほど、筋タンパク質の合成作用が高まる時間帯です。
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今回の研究では、休憩時間が短いほど、この時間帯の筋タンパク質の合成作用が減弱することが示されており、せっかくのタンパク質摂取のゴールデンタイムの効果を損ねる可能性が危惧されています。
また、筋タンパク質の合成作用は、運動強度に運動回数をかけ合わせた総負荷量で決まります。
長時間グループと短時間グループのトレーニングの総負荷量を比べてみると、長時間グループが9582±163kgであるのに対して、短時間グループは8338±387kgでした。休憩時間をしっかりとることが1セットあたりの運動回数を増やすこととなり、結果として総負荷量が増加します。この総負荷量の増加は、筋タンパク質の合成作用を高める要因になります。
しかしながら、McKendryらの報告は横断的な調査であり、今後の縦断的な調査の報告が待たれるところです。
短い休憩時間が効果的であるという短時間派の主張は論破され、現在では長時間派の「セット間の休憩時間は、無理せず3〜5分程度とることがトレーニング効果を最大にする」という主張が支持されているのです。これは、ACSMのガイドラインで推奨されている「セット間の休憩時間は3分以上が望ましい」という勧告を肯定する知見でもあります。
セット間の休憩時間を短くし、成長ホルモンを増やしても筋肉は増えません。しっかりと休憩時間をとることが筋タンパク質の合成作用を高め、筋肥大を促進するのです。
次回は、週単位のトレーニング頻度について、最近の知見をご紹介しながら考察していきましょう。
効果的なトレーニング = 総負荷量(運動強度 × 運動回数)× セット数 × セット間の休憩時間 × 週単位の頻度(←次回)
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◆ 読んでおきたい記事
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シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?
シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)
シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス
シリーズ㉓:筋肉量を維持しながらダイエットする方法論
シリーズ㉔:プロテインの摂取はトレーニング前と後のどちらが効果的?
シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
シリーズ㉖:筋トレの効果を最大にするウォームアップの方法を知っておこう
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シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
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シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
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シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
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シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
シリーズ66:筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう
シリーズ67:筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス
シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
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シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
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シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
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シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
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◆ 参考文献
de Salles BF, et al. Rest interval between sets in strength training. Sports Med. 2009;39(9):765-77.
American College of Sports Medicine. American College of Sports Medicine position stand. Progression models in resistance training for healthy adults. Med Sci Sports Exerc. 2009 Mar;41(3):687-708.
Rahimi R, et al. Effects of very short rest periods on hormonal responses to resistance exercise in men. J Strength Cond Res. 2010 Jul;24(7):1851-9.
Bottaro M, et al, Effects of rest duration between sets of resistance training on acute hormonal responses in trained women. J Sci Med Sport. 2009 Jan;12(1):73-8.
Kraemer WJ, et al. Hormonal responses and adaptations to resistance exercise and training. Sports Med. 2005;35(4):339-61.
West DW, et al. Associations of exercise-induced hormone profiles and gains in strength and hypertrophy in a large cohort after weight training. Eur J Appl Physiol. 2012 Jul;112(7):2693-702.
Mitchell CJ, et al. Muscular and systemic correlates of resistance training-induced muscle hypertrophy. PLoS One. 2013 Oct 9;8(10):e78636.
McKendry J, et al. Short inter-set rest blunts resistance exercise-induced increases in myofibrillar protein synthesis and intracellular signalling in young males. Exp Physiol. 2016 Jul 1;101(7):866-82.