私たちの「血管」はとても柔らかくできており、伸び縮みします。しかし、加齢とともにその柔軟性は損なわれ、メタボリックシンドロームが加わることで、その劣化は加速します。
その結果が、動脈硬化です。
動脈硬化は、脳卒中や心筋梗塞、高血圧などの血管・心臓疾患の主要因です。動脈硬化の治療は薬の内服や有酸素運動が推奨されてきましたが、近年、運動生理学の発展により、新たな方法が注目されているのです。
2017年8月、雑誌Sports medicineに「ストレッチングと血管・心臓疾患」という題名のシステマティックレビューが掲載されました。
2010年ごろより、ストレッチングが動脈硬化を改善させるという検証結果が報告されるようになり、今回、初めてのレビュー(まとめ)がアイオワ大学のKruseらによって報告されたのです。
はたしてストレッチングは動脈硬化の改善に寄与するのでしょうか?
今回は、Kruseらのレビューとともに、ストレッチングが動脈硬化を改善させるという報告をご紹介します。運動生理学の最新のトピックスをキャッチアップしておきましょう。
Table of contents
◆ ある研究が明らかにした意外な結果
「ストレッチングが動脈硬化を改善させるのではないか?」
運動生理学の研究者はこの疑問をどこから得たのでしょうか。それは「意外な研究結果」から生まれたのです。
2008年、テキサス大学のCortez-Cooperらは、筋力トレーニングと有酸素運動動の組み合わせによる動脈硬化の改善効果を検証しました。
50代の男女を筋力トレのみ、筋トレと有酸素運動、ストレッチングのみ(対照群)の3つのグループに分けて1日3回、13週間つづけ、動脈硬化の改善率を計測しました。
Cortez-Cooperらの仮説は、筋トレと有酸素運動を行ったグループがもっとも動脈硬化の改善が示されるというもので、まさか対照群であるストレッチングで動脈硬化が改善するとは考えてもいませんでした。
しかし、結果は意外なものでした。
筋トレと有酸素運動を行ったグループでは、動脈硬化の改善は見られましたが、対照群との有意な差は認められませんでした。その理由は、対照群であるストレッチングのグループにおいても同等に動脈硬化が改善していたためだったのです(Cortez-Cooper MY, 2008)。
この結果を受けて、運動生理学の界隈では「ストレッチングが動脈硬化を改善させる可能性があるのでは?」という話題がトピックスになりました。そしてこのクリニカル・クエスチョンに対する検証結果が2010年以降に多く報告されたのです。
◆ 即時的なストレッチングによる効果
2016年、東洋大学のYamamotoらは、動脈のコンプライアンス(柔らかさ)に対するストレッチングの即時的な効果を検証しました。
20代の若年者24名を対象に、体幹、上肢、下肢のストレッチングを40分間おこない、ストレッチング直後、15分後、30分後、1時間後に脈波伝搬速度を計測しました。
脈波伝搬速度は、四肢の同時血圧測定によって得られる脈波の時間差によって算出され、動脈のコンプライアンス(柔らかさ)を表します。現在では動脈硬化の主要な指標として用いられています。
その結果、脈波伝搬速度はストレッチング後30分までに有意な低下を示しましたが、60分後にはもとに戻ることがわかったのです。
Fig.1:Yamato Y, 2016より筆者作成
Yamamotoらは、この結果から、ストレッチングは明らかに動脈の柔らかさを高める効果があることを示唆しました。また、その効果を維持するためにはストレッチングを継続的に行う必要があると述べています(Yamato Y, 2016)。
さらに、Yamamotoらは、単一部位(片方の足だけ)のストレッチングが他の身体部位(反対の足)の動脈のコンプライアンスにも影響を与える可能性について検証しました。
20代の対象者に片足のストレッチングを30秒間、6セット行い、ストレッチング直後、15分後、30分後に「両足」の脈波伝搬速度を計測しました。
その結果、ストレッチングを行った側の足の脈波伝搬速度は低下しましたが、ストレッチングを行っていない反対側の足の脈波伝搬速度に変化は見られませんでした。
Fig.2:Yamato Y, 2017より筆者作成
この結果から、ストレッチングによる即時的な改善効果には「部位依存性」があることがわかりました。
ストレッチングによる動脈を柔らかくする効果は、ストレッチングをした部位のみに作用し、他の部位には作用しないことが明らかになったのです。よって、動脈硬化の改善には、単一のストレッチングではなく、全身性のストレッチングの必要性が示唆されました(Yamato Y, 2017)。
Yamamotoらの検証により、短時間のストレッチングにより、即時的に動脈のコンプライアンスが改善できる可能性が明らかになっています。では、数週間、数ヶ月といった習慣的なストレッチングでは、動脈のコンプライアンスにどのような効果を与えるのでしょうか?
◆ 習慣的なストレッチングによる効果
2015年、大阪工業大学のNishiwakiらは、4週間のストレッチングが動脈硬化と診断された中年男性の脈波伝搬速度に与える影響について検証しました。
16名の被験者はストレッチングを行うグループと行わないグループに分けられました。ストレッチングを行うグループは、週5日間、全身性のストレッチングを30分間行い、4週間つづけました。4週間後、ふたつのグループの脈波伝搬速度が計測されました。
その結果、ストレッチングを行ったグループは行っていないグループに比べて、有意な脈波伝搬速度の低下を示しました。
Fig.3:Nishiwaki M, 2015より筆者作成
この結果から、Nishiwakiらは、中年男性の習慣的なストレッチングは動脈硬化の改善に寄与することを示唆しています(Nishiwaki M, 2015)。
2017年には、さらに長期間の習慣的なストレッチングの効果を検証した結果が報告されています。
関西医科大学のShinnoらは、40代の女性を対象に、半年間のストレッチングによる動脈硬化の改善効果について検証しました。
Shinnoらは、被験者にストレッチングを行うグループと行わないグループに分け、全身性のストレッチングを6ヶ月間実施し、終了時点とともにその半年後にも脈波伝播速度を計測しました。
その結果、6ヶ月間のストレッチングを終えたグループはストレッチングを行っていないグループと比較して、有意な脈波伝搬速度の減少を示しました。しかし、その6ヶ月後には脈波伝搬速度がベースラインに戻ることもわかったのです。
Shinnoらの報告は、40歳以降の女性においても習慣的なストレッチングが動脈硬化を改善させることを示唆するとともに、ストレッチングをやめてしまうと動脈のコンプライアンスも元にもどることを明らかにしたのです。
これらの結果から、習慣的なストレッチングは40代の男女の動脈硬化を改善させる可能性が示唆されているのです。
アイオワ大学のKruseらは、「ストレッチングと血管・心臓疾患」のレビューの中で、これらの報告だけではエビデンスとして不十分ではあると前置きしつつ、そのメカニズムの知見も合わせると、ストレッチングが動脈硬化を改善させる可能性はとても高いと論じています。
動脈硬化の治療は主に投薬と有酸素運動が推奨されていますが、脳卒中後の高齢者など、身体的に制限のある場合は有酸素運動を行うことが難しくなります。Kruseらは、ストレッチングが有酸素運動の代替手段として、その役割を担えると述べています(Kruse NT, 2017)。
ストレッチングは筋肉だけを柔らかくしているのではありません。血管の柔軟性も引き出し、動脈硬化の改善にも寄与しているのです。
次回は、ストレッチングが動脈硬化を改善させるメカニズムについて考察していきましょう。
最後に、本論文をご提供いただいた Dr Nicholas Kruseに感謝を申し上げます。
◆ 読んでおきたい記事
ストレッチの科学①:ストレッチはパフォーマンスを低下させる(前編)
ストレッチの科学②:ストレッチでパフォーマンスを低下させない方法
ストレッチの科学③:効率的で効果的なストレッチの時間と回数
ストレッチの科学④:ストレッチは毎日やらなくてもいいんです
ストレッチの科学⑤:ストレッチはいつするのが効果的か?
ストレッチの科学⑥:ストレッチは高齢者の歩行能力を高める
ストレッチの科学⑦:ストレッチの効果はどのくらい持続するのか?~即時的な果編~
ストレッチの科学⑧:ストレッチの効果はどのくらい持続するのか?〜習慣的な効果〜
ストレッチの科学⑨:ストレッチのメカニズム その1
ストレッチの科学⑩:ストレッチのメカニズム その2
ストレッチの科学⑪:ストレッチにダイエットの効果はありません
ストレッチの科学⑫:ストレッチのウソ?ホント? 〜まとめ〜
ストレッチn科学⑬:ストレッチングが動脈硬化を改善させる
References
Kruse NT, et al. Cardiovascular Responses to Skeletal Muscle Stretching: "Stretching" the Truth or a New Exercise Paradigm for Cardiovascular Medicine? Sports Med. 2017 Aug 5.
Cortez-Cooper MY, et al. The effects of strength training on central arterial compliance in middle-aged and older adults. Eur J Cardiovasc Prev Rehabil. 2008 Apr;15(2):149-55.
Yamato Y, et al. Acute Effect of Static Stretching Exercise on Arterial Stiffness in Healthy Young Adults. Am J Phys Med Rehabil. 2016 Oct;95(10):764-70.
Yamato Y, et al. Acute effect of stretching one leg on regional arterial stiffness in young men. Eur J Appl Physiol. 2017 Jun;117(6):1227-1232.
Nishiwaki M, et al. Four weeks of regular static stretching reduces arterial stiffness in middle-aged men. Springerplus. 2015 Sep 25;4:555.
Shinno H, et al. Evaluation of a static stretching intervention on vascular endothelial function and arterial stiffness. Eur J Sport Sci. 2017 Jun;17(5):586-592.