1500年代、ポーランド出身の天文学者であるニコラウス・コペルニクスは、太陽が地球のまわりを回っているという経験論的な天動説を否定し、太陽を中心に地球などの惑星が周回していることを観測によって証明しました(地動説)。
天動説から地動説へという、物事の見方が180度変わってしまうことを「コペルニクス的転換」と言います。
これまで腰痛の主な原因は、腰椎の前弯の増大とされてきました。1937年に提唱されたウィリアムズ体操(Williams exercise)を代表するように、伝統的な腰痛の運動療法は腰椎の前弯を減少させることを目的にしてきたのです。
しかし2017年8月、この概念に疑義が投げかけられました。
慶尚南道大学のChunらは、これまでの腰痛と腰椎の前弯角度についての報告を分析した結果、ひとつの意外な結論に達したのです。
腰痛は腰椎の前弯の増大ではなく「前弯の減少」に起因する。
今回は、腰痛の概念のコペルニクス的転換となるChunらの報告をご紹介していきましょう。
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◆ ヒトは直立するために腰椎を前弯させた
サルとヒトの脊椎の違いを見てみましょう。
サルの脊椎は胸椎の後弯のみであり、腰椎の前弯がない「Cカーブ」を描きます。これに対して、ヒトの脊椎は胸椎の後弯とともに腰椎が前弯する「Sカーブ」を描きます。
この腰椎の前弯がヒトがサルから進化した証と言われています。
ヒトは、四足歩行から直立二足歩行へ進化する過程で腰椎の前弯を獲得しました。これには力学的に合理的な理由があります。
脊椎に生じる圧(圧縮応力)は腰痛の原因となります。圧縮応力(CF)は重力(G)と背筋力(M)により決まります。
CF = G + M
サルのように腰椎の前弯がない状態では、腰椎にある重心は前方へ変位し、脊椎と重心との距離が増大します。これにより、前へ倒れないようにするための背筋力(伸展モーメント)の増大が必要となります。
Fig.1:Roussouly P, 2011より筆者作成
背筋力の増大は脊椎への圧縮応力を高めるように作用するため、このような姿勢は身体への負担が強いことが推測されます。
これに対して、ヒトの特徴である腰椎の前弯は、重心の前方変位を防ぎ、脊椎と重心の距離を縮めることができます。そのため背筋の過度な筋収縮がいらなくなり、脊椎への圧縮応力も低くなります。結果として、身体への負担が少ない姿勢になるのです。
Fig.2:Roussouly P, 2011より筆者作成
腰椎の前弯を獲得は、腰の負担をやわらげ、楽に立ち、歩くことを可能にする仕組みなのです(Roussouly P, 2011)。
このような腰椎の進化的なメカニズムから、Chunらは腰痛の原因が腰椎の前弯の増大にあるというこれまでの概念に疑問をもちました。
◆ 腰痛は腰椎の前弯の減少によって生じる
2017年8月、Chunらは腰痛の患者796名、腰痛のない健常者927名からなる13の研究報告から、腰痛と腰椎の前弯角度の関係を分析したメタアナリシスを報告しました。
メタアナリシスの結果はとてもシンプルなものでした。
腰痛のある患者は、有意に腰椎の前弯角度が健常者に比べて「減少」していることが示されました。
つまり、腰椎の前弯角度が減少している(フラットバック)の被験者の多くが腰痛を患っていることがわかったのです。
さらに、この結果に関与する因子を特定するために、年齢、性別、腰痛の重症度、慢性化、脊椎疾患の5つの要因によるサブグループ解析が行われました。
その結果、「年齢と脊椎疾患」の関与が明らかになったのです。
加齢にともない、脊椎のSカーブは徐々にCカーブへ退行していくことが報告されています。
加齢による背筋力の弱化や脊椎の柔軟性の低下から、最初は腰椎の前弯を強くして代償しますが、徐々に腰椎の前弯が減少していき、最終的にはCカーブに近づいていきます。これがいわゆる「ねこ背」の状態です(Barrey C, 2013)。
Fig.3:Barrey C, 2013より筆者作成
Chunらは、このような加齢特異的な腰椎の前弯の減少が腰痛の発症に寄与すると推測しています。
脊椎疾患の中でも特に椎間板変性に起因する椎間板ヘルニアは、腰椎の前弯の減少により増悪することが生体力学により証明されています。
腰椎の前弯の減少は、重心を前方に変位させます。これにより、背筋力の過剰な収縮とともに脊椎の圧縮応力が高まります。特に腰椎前方の圧縮応力が高まるため、椎間板を痛めやすくなるとともに、後方に脱出させる応力が働きます。そのため椎間板ヘルニアを発症、増悪させるのです。
『腰椎椎間板ヘルニアになりやすい脊椎・骨盤のアライメントとは』
Fig.4:Roussouly P, 2011より筆者作成
このような椎間板への過剰な負荷が腰痛の発症に寄与しているとChanらは推測しています。
Chunらは、メタアナリシスの結果とともに、近年の生体力学の研究結果から、腰痛の発症には腰椎の前弯の増加でなく、前弯の減少が寄与している可能性を示唆しているのです。
Chunらのメタアナリシスは、これまでの腰痛の概念を180度転換させる結果でした。腰痛が腰椎の前弯の減少に起因するのであれば、現行の腰痛の評価、治療に大きな一石を投じることになります。また、新たな腰痛治療の開発につながる可能性もあるでしょう。
しかしながら今回の結果に妥当性をもたせるためには、腰痛に腰椎の前弯の減少が寄与するという前向きな研究結果が必要になります。今後の発表を期待したいと思います。
Chunらの報告は、ウィリアムズ体操の提唱から80年が経過した今、腰痛治療のコペルニクス的転換を図る重要な示唆になるかもしれません。
なぜなら、ヒトは人として生きるために腰椎の前弯を獲得したのですから。
◆ 読んでおきたい記事
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シリーズ②:ねこ背になると生活がつまらなくなる?
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シリーズ④:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜大規模研究による検証〜
シリーズ⑤:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜本当の犯人は?〜
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シリーズ⑦:自分でねこ背を計る方法(前編:科学的根拠の確認)
シリーズ⑧:自分でねこ背を計る方法(後編:C7PL2.0をやってみよう!)
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シリーズ⑩:なぜ、ねこ背になるのか?
シリーズ⑪:ねこ背の原因は背筋の霜降り化?
シリーズ⑫:ハイヒールを履くとねこ背になる?
シリーズ⑬:ねこ背と柔軟性 〜腰椎の柔らかさが大事〜
シリーズ⑭:ねこ背になると肩が上がらなくなる?
シリーズ⑮:座る姿勢がねこ背の原因になる?
シリーズ⑯:腰椎椎間板ヘルニアになりやすい脊椎・骨盤のアライメントとは?
シリーズ⑰:腰痛の新しい考え方を知っておこう
References
Williams PC. Lesions of the lumbosacral spine, part II. J Bone Joint Surg 1937;19:690–703.
Chun SW, et al. The relationships between low back pain and lumbar lordosis: a systematic review and meta-analysis. Spine J. 2017 Aug;17(8):1180-1191.
Roussouly P, et al. Biomechanical analysis of the spino-pelvic organization and adaptation in pathology. Eur Spine J. 2011 Sep;20 Suppl 5:609-18.
Barrey C, et al. Compensatory mechanisms contributing to keep the sagittal balance of the spine. Eur Spine J. 2013 Nov;22 Suppl 6:S834-41.