「タンパク質の大量摂取は腎臓にダメージを与えるのか?」
1948年、ミネソタ大学のThomas Addisが「腎臓への過負荷は腎臓に長期的なダメージを与える」という報告をして以来、このテーマは約70年にわたって議論されています。
なぜ、ここまで議論が続いているかというと、どんな高名な研究者であっても、この問いに科学的な根拠をもって答えることができないからです。
この問いに答えを示すためには、タンパク質の過剰摂取により腎臓がダメージを受ける(または受けない)ことを実験で証明しなければなりません。
科学的に強力な証明(エビデンス)を示すためには、無作為に選んだ被験者を大量のタンパク質を摂取するグループと通常量を摂取するグループに分け、長期的な効果を計測する必要があります(このような実験方法をランダム化比較試験(RCT)といいます)。
しかし、腎臓にダメージを与える可能性がある大量のタンパク質を摂取する実験は世界のどの大学、病院においても認められません。それは倫理的な問題があるからです。当たり前ですが、研究は被験者の健康を守ることが大前提であり、腎臓にダメージを与える可能性のある実験は許されないのです。
このような背景により、タンパク質の大量摂取は腎臓にダメージを与えるか否かという議論が現在でも続いているのです。
答えのでないグレーな議論はメディアの格好のネタです。最近でもYahoo newsやアメリカ・Forbesにタンパク質の大量摂取が腎臓にダメージを与えることを煽る記事が掲載され、多くの研究者がSNSで反論を述べていました。
では、このような議論に答えを見出すことができるのでしょうか?
2017年、雑誌Annual Review of Nutritionと雑誌The New England Journal of Medicineという栄養学・医学の有名ジャーナルにこのテーマのレビューが掲載されました。そして現代の栄養学と医学はこのように述べています。
「タンパク質の大量摂取が腎臓にダメージを与える可能性は否定できない。しかし・・・」
今回は、ふたつのレビューをご紹介しながら、タンパク質の摂取と腎臓のダメージについての最新の情報を共有しておきましょう。
Table of contents
◆ タンパク質摂取による腎臓への相反する調査結果
腎臓は、からだの老廃物を濾過してくれる大切な臓器です。血液のなかの老廃物は腎臓の糸球体で濾過されます。
動物実験では、タンパク質を過剰に摂取させると、糸球体の血管が拡張し、多くの血液が流れ込むことによって、糸球体の濾過量が増えます(Sällström J, 2010)。濾過する量が増えると、腎臓の大きな負担となり、これが長期にわたると糸球体の機能が低下することが示されています(Cirillo M, 2014)。動物実験ではタンパク質の長期的な過剰摂取により、腎臓がダメージを受けることが明らかになっているのです。
これがタンパク質の大量摂取は腎臓にダメージを与えると唱える識者のひとつの根拠です。
腎臓病や腎不全とは、腎臓の濾過する機能が低下した状態を示す病名です。腎臓病の主な治療に食事療法があり、その中でも低タンパク食が腎臓病の進行を減速させることがメタアナリシスによって明らかにされています(Kasiske BL, 1998)。
✻メタアナリシスとは、質の高い研究データを集め統計解析した、もっともエビデンスレベルの高い報告。
さらに、腎臓病の患者1,522名を対象に高タンパク食による影響を調査した報告では、推奨されている摂取量を上回るタンパク質を摂取した場合、腎臓病を悪化させることが示されています(Cirillo M, 2014)。このような腎臓病の知見をもとにして、腎臓が正常である健常者においてもタンパク質の過剰摂取は腎臓にダメージを与えると識者は煽るのです。
しかし、これらの根拠は、いずれも動物実験や腎臓病に対する治療の実験結果です。
では、健常者でもタンパク質の大量摂取は腎臓にダメージを与えるのでしょうか?
2003年、ハーバード大学のKnightらは、腎臓の機能が正常あるいは軽度の低下と診断された1,624名を対象に、11年間のタンパク質の摂取状況と腎臓の機能の調査を行いました。その結果、腎臓が正常な場合は、タンパク質の摂取量と腎臓病に関連はなく、腎臓の機能が低下している場合は、タンパク質の過剰摂取が腎臓病の進行を加速させることが示唆されたのです(Knight EL, 2003)。
Knightらの調査では、腎臓の機能が正常であればタンパク質の摂取量と腎臓へのダメージに関係は認められませんでした。しかしその後、これに相反する調査結果が報告されます。
2010年、ブリガム・ウィメンズ病院のLinらは、腎臓の機能が正常な女性3,348名を対象に11年間のタンパク質の摂取状況と腎臓の機能を調査しました。その結果、高タンパク質の食事を定期的にしている場合、腎臓の機能が低下する可能性が示唆されたのです(Lin J, 2010)。
Linらの調査結果は、腎機能が正常であればタンパク質の摂取量と腎機能の低下に関連はないというKnightらの主張と相反するものだったのです。このような調査結果により、タンパク質の大量摂取が腎臓にダメージを与えるのか?という議論は混迷を深めていきました。
しかし、2010年以降、ひとつの答えが見出されます。
◆ 腎臓のダメージにはタンパク質の「もと」が関与する
雑誌Annual Review of Nutritionと雑誌The New England Journal of Medicineに掲載されたふたつレビューでは、同じような結論を述べています。
「タンパク質の大量摂取が腎臓にダメージを与える可能性は否定できない」
そして、こう続けます。
「しかし、腎臓へのダメージはタンパク質の食物源(もと)によって異なる」
2011年、ブリガム・ウィメンズ病院のLinらは、タンパク質のもとによって腎機能に与える影響が異なることを明らかにしたのです。
腎臓の機能が正常な女性3,121名を摂取しているタンパク質のもとによって3つのグループ(西洋食、健康食、高血圧食)に分けました。11年間の調査の結果、西洋食がもっとも腎臓病のリスクに関連していることがわかったのです。また、高血圧食では腎臓の機能を助ける可能性も示されました。
Fig.1:Lin J, 2011より筆者作成
この調査結果から、タンパク質の過剰摂取による腎臓へのダメージは西洋食として食される「赤身肉や加工肉」が関与していることが示唆されたのです。また、これまでの調査で異なった結果が示されたのは、タンパク質のもとが分類されずに混在していたためと推測されています(Lin J, 2011)。
2017年1月、シンヘルスのLewらは、さらに大規模な調査結果を報告しました。
男女63,257名を対象に、タンパク質のもとによる腎臓病の発症、末期腎臓病への悪化の影響を15.5年にわたり調査しました。その結果、赤身肉を摂取すればするほど腎臓病の発症、末期腎臓病への悪化のリスクが高まるとともに、鶏肉などの白身肉、魚、卵、乳製品の摂取は腎臓病のリスクと関連していませんでした。
Fig.2:Lew QJ, 2017より筆者作成
また、1日に1食分の赤身肉の摂取を白身肉や魚などに代替した場合、腎臓病の増悪リスクが最大62.4%減少されることも示されました。
Fig.3:Lew QJ, 2017より筆者作成
Lewらの調査には健常者も腎臓病の患者も含まれていたため、健常者への影響を断言することはできませんが、少なくとも赤身肉の過剰摂取が腎臓病の発症リスクや増悪リスクに関与していることが示唆されたのです。これに対して、白身肉や魚、卵、乳製品によるタンパク質の摂取量は関与しないことがわかりました(Lew QJ, 2017)。
さらに同様の報告が2017年7月にも報告されます。
ドイツ・ヴュルツブルク大学のHaringらは、腎臓の機能に問題なく、他の合併症もない男女11,952名を対象に、タンパク質のもとと腎臓病の発症リスクの関係を23年間、調査しました。
腎臓病の発症リスクは赤身肉の摂取量に関連して増加することが示されました。そして驚くことに白身肉やナッツ、大豆、乳製品の摂取量の増加は腎臓病の発症リスクを軽減させることが示唆されたのです(Haring B, 2017)。
赤身肉が腎臓にダメージを与えるメカニズムは完全にわかっていませんが、赤身肉は消化の過程で酸を生成します(Remer T, 2001)。この酸が腎臓に対して毒性を引き起こすことが示唆されており(Wesson DE, 2011)、これが赤身肉が腎臓にダメージを与えるひとつの理由として考えられています。
このような調査結果から、雑誌Annual Review of Nutritionでレビューを報告したコペンハーゲン大学のKamperらは、赤身肉の過剰な摂取は腎臓にダメージを与える可能性があるが、白身肉や乳製品のタンパク質の摂取量による腎臓病へのダメージはないことを示唆しています。しかしながら、確固たる科学的な証明が示されるまではタンパク質の過剰摂取が腎臓病にダメージを与えるという懸念は払拭できないと述べています(Kamper AL, 2017)。
タンパク質の大量摂取が腎臓にダメージを与えるのか?という疑問に、現代の栄養学・医学は明確な答えを断言することはできません。それはエビデンスを示す実験ができないからです。しかしながら観察研究を重ねることにより、赤身肉(牛肉、豚肉、羊肉など)が腎臓にダメージを与えるというひとつの答えを示しています。連日、赤身肉を過剰に摂取することは控えるべきでしょう。
私たちがトレーニングの後に摂取するプロテインは乳や植物由来なので、今回のレビューによれば腎臓へのダメージはなく、過度でなければ安心して摂取して良いと思われます。国際スポーツ栄養学会(ISSN)により最適な摂取量が示されているので、参考にしながら、必要以上の摂取は控えるようにしましょう
『筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)』
腎臓病は高血圧や糖尿病によって併発したり悪化します。これらの病気がある場合は、主治医に相談しながらプロテインの摂取を検討するべきです。また、腎臓が軽度でも機能低下している場合は、タンパク質の過剰摂取により腎臓がダメージを受けやすくなります。健康診断で腎臓の機能低下が指摘された場合も同じように医師に相談するべきでしょう。
タンパク質の過剰摂取と腎臓へのダメージの議論は今もなお続いています。しかし、現代の栄養学、医学はそこから光を見出しつつあります。今後もこのテーマに関する最新の報告をピックアップしてご紹介していきます。
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シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
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シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)
シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス
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シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
シリーズ㉖:筋トレの効果を最大にするウォームアップの方法を知っておこう
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シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
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シリーズ㉝:筋トレの効果を高める最新の3つの考え方〜Schoenfeld氏のインタビューより
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シリーズ㉟:ホエイプロテインは食欲を抑える〜最新のエビデンスを知っておこう
シリーズ㊱:筋トレが病気による死亡率を減少させる幸福な真実
シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
シリーズ㊴:筋トレの効果を最大にする「関節を動かす範囲」について知っておこう
シリーズ㊵:筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは?
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シリーズ㊷:エビデンスにもとづく筋肥大を最大化するための筋トレ・ガイドライン
シリーズ㊸:筋トレしてすぐの筋肥大は浮腫(むくみ)であるという残念な真実
シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
シリーズ㊺:筋トレの効果を最大にする新しいトレーニングプログラムの考え方を知っておこう
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シリーズ㊼:プロテインは骨をもろくする?〜最新の研究結果を知っておこう
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シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
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シリーズ102:腕立て伏せの回数と握力から心臓病のリスクを知ろう!
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シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
Kamper AL, et al. Long-Term Effects of High-Protein Diets on Renal Function. Annu Rev Nutr. 2017 Aug 21;37:347-369.
Kalantar-Zadeh K, et al. Nutritional Management of Chronic Kidney Disease. N Engl J Med. 2017 Nov 2;377(18):1765-1776.
Sällström J, et al. High-protein-induced glomerular hyperfiltration is independent of the tubuloglomerular feedback mechanism and nitric oxide synthases. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2010 Nov;299(5):R1263-8.
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Kasiske BL, et al. A meta-analysis of the effects of dietary protein restriction on the rate of decline in renal function. Am J Kidney Dis. 1998 Jun;31(6):954-61.
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