「ヒトは遺伝と環境によってかたち作られている」
生まれてすぐに養子に出された一卵性双生児が数十年ぶりに出会ったとき、驚くほどの類似点があるといいます。異なる環境で育ったにもかかわらず、身長や性格をはじめ、学力(とくに数学)や趣味(とくに音楽)にまで多くの類似点を認めるのです。
行動遺伝学は、別々に育てられた一卵性双生児を追跡することによって、ヒトの表現型(身長や性格など外見に現れた性質)が遺伝によるものなのか、環境によるものなのかを検証する学問です。環境のちがいにもかかわらず同じ表現型が発現しているものを「遺伝的要因」とし、その影響度を遺伝率として算出します。
たとえば、20歳の身長の遺伝率は70%であり、これは身長のちがいの7割が遺伝で説明でき、残りの3割が食べ物や運動などの環境によって説明できることを示しています。極端な栄養不良であれば身長は高くなりませんが、普通に栄養がとれていれば身長の高さは概ね遺伝で説明できるということです(Dubois L, 2012)。
音楽的才能はとくに遺伝的要素が高く、その遺伝率は90%を超えます。これは遺伝の影響が9割で、環境の影響は1割ということです。音楽は努力や楽器の良さといった環境ではなく、センス(遺伝)が大きく影響するのです。
これに対して、外国語の習得の遺伝率は50%であり、環境の影響は50%です。これは日本にいるといつまでたっても英語を話せないのに、アメリカなどの英語圏で暮らすと英語をある程度は話せるようになることを示しています。それだけ外国語の習得には環境が大きな影響を与えるということです。
このように僕らの表現型は、遺伝と環境によってかたち作られることを行動遺伝学は明らかにしているのです。
では、筋トレの効果に対する遺伝と環境の影響はどのくらいなのでしょうか?
今回は、行動遺伝学の最新の報告をもとに、筋トレの効果と遺伝との関係性を明らかにしていきましょう。僕らの筋肉も音楽的才能のように、多くが遺伝によって決まってしまうのでしょうか?
Table of contents
◆ 筋トレの効果は個人によってバラツキがある
トレーニングをしていると、同じトレーニングをしているのに他の人が自分より身体が大きくなったり、筋力が強くなる残酷な真実に気づくことがあります。
「同じトレーニングをしていても効果は人によって違うのか?」
このような疑問に対して、マサチューセッツ大学のHubalらはこう答えています。
「筋トレの効果は人によって異なる」
2005年、Hubalらは585名の被験者を対象に、12週間のトレーニングを実施しました。トレーニング内容は非利き手の上腕二頭筋、上腕三頭筋を標的として構成されています。運動強度は4週ごとに12RM→8RM→6RMとなっています。12週間のトレーニング前後で筋力(アームカールでの1RM)、筋肥大(上腕二頭筋)が計測されました。
その結果、すべての被験者の筋力は平均54.1%増加し、筋肥大は18.9%増大しました。しかし個々の効果をみると、筋力ではまったく効果のないもの(0%)から250%の増加を示すものまで認められ、筋肥大においても55%の増大を示すものもいれば、減少(-2.5%)してしまうなど、トレーニング結果には多くのバラツキが認められたのです(Hubal MJ, 2005)。
Fig.1:Hubal MJ, 2005より筆者作成
16週間のトレーニングによる効果は、筋力、筋肥大ともにベルカーブ(正規分布)を示しており、平均的な被験者は同等の効果を得ることができていることがわかります。しかし効果が低い、あるいは高かった被験者が存在するのは何故なのでしょうか?
2011年、ロンドン大学のDavidsenらは、トレーニング効果のバラツキには遺伝的要因が関与していると考え、調査を行いました。
Davidsenらは56名の男性を被験者として、12週間(週5回)の脚を中心としたトレーニングを行い、レッグエクステンションの最大筋力(1RM)、外側広筋の筋肥大の効果を計測しました。
12週間のトレーニング効果は、Hubalらと同じようにバラツキを示し、効果のないものから、大きな効果を示すものまで認められました。そこでDavidsenらは、トレーニング効果のバラツキに対する遺伝的要因の関与を明らかにするため、トレーニング効果の上位20%を高反応グループ(8名)、下位20%を低反応グループ(9名)として、マイクロRNA(miRNA)の発現レベルを計測しました。
マイクロRNAは筋肉のもとである筋タンパク質の合成作用を調整する機能をもっています。そのため、トレーニング効果のバラツキにマイクロRNAの発現レベルが関与していれば、そのバラツキには遺伝的要因が寄与していると推測できます。
結果は、Davidsenらの推測の通り、トレーニング効果とマイクロRNAの発現レベルには相関関係が認められました。トレーニングに高い反応を示す被験者ほどマイクロRNAの発現レベルが高い傾向にあることがわかったのです。
Fig.2:Davidsen PK, 2011より筆者作成
この結果から、Davidsenらは、トレーニング効果のバラツキをある程度は遺伝的要因によって説明できると述べています(Davidsen PK, 2011)。
このような背景から、筋トレの効果には個人差があり、そこには遺伝の影響が強いという論調が多くみられるようになったのです。
◆ 筋トレの効果は氏が半分、育ちが半分
行動遺伝学は、ヒトの外観や性質といった表現型には遺伝と環境が相互に影響を与えることを証明してきました。
その研究報告は2000年以降になると急激に数を増やし、現在では身長などの形態だけでなく、知能からパーソナリティ、うつ病などの精神疾患から反社会性まで、さまざまな表現型に対する遺伝と環境の影響度を明らかにしています。
Fig.3:Pubmedより筆者作成
そして筋肉の表現型である筋力についても行動遺伝学による検証が行われ、2016年、これまでの研究をまとめて検証したメタアナリシスが報告されました。
✻メタアナリシスとは、質の高い研究データを集め統計解析した、もっともエビデンスレベルの高い報告
順天堂大学のZempoらは、ヒトの筋力関連表現型(H2-msp)の遺伝率を明らかにするために、関連する24の論文をもとにしたメタアナリシスを行いました。また、握力や等尺性筋力などのサブグループの分析を行うとともに、年齢による遺伝率への影響も解析しました。
結果は、筋トレの効果に遺伝が大きく関与するというこれまでの論調を覆すものだったのです。
筋肉の表現型である筋力の遺伝率は52%であり、握力などのサブグループの遺伝率も概ね50%前後の値を示しました。
Fig.4:Zempo H, 2016より筆者作成
筋力の遺伝率が52%というのは、筋力には遺伝的要因と環境的要因の影響が同等であることを示しています。つまり、筋力は音楽的才能とは異なり、その大部分がセンス(遺伝)で決まるのではなく、外国語の習得と同じようにトレーニング方法やタンパク質などの栄養摂取といった環境的要因が大きく影響することを意味しています。
この結果は、同じトレーニングを行っても、トレーニング効果にバラツキがあることに新たな理由を与えてくれます。トレーニング効果の反応が低かった被験者は、トレーニング方法という環境的要因に問題があり、トレーニング方法を変えることによって高いトレーニング効果を得る可能性があるのです。
実際、それぞれの被験者のテストステロンの値が最大になるように、被験者に合わせて異なるトレーニング方法をセッテイングし、3週間のトレーニングを行った研究では、すべての被験者の筋力が向上しており、トレーニング方法のテーラーメイド化の重要性が述べられています(Beaven CM, 2008)。
さらに、Zempoらの解析では、年齢が筋力の遺伝率に影響を与えることが示されました。20歳未満の遺伝率は60%ですが、20歳から40歳では50%となり、40歳を超えると43%に減少することがわかりました。筋力に対する遺伝の影響は、加齢とともに減少し、それに応じて環境的要因の影響が大きくなることが明らかになったのです。
Fig.5:Zempo H, 2016より筆者作成
これは、加齢とともに、トレーニング方法や量、栄養摂取といった環境的要因が筋力の維持、増強に大きく影響することを示唆しています。
日本人の筋肉は40歳を超えると減少していきます(Yamada M, 2014)。これは筋タンパク質の合成抵抗性(anabolic resistance)が関与しており、加齢によって筋タンパク質の合成作用やタンパク質の感受性が低下するためです(Moore DR, 2015)。そのため、トレーニング方法を変えたり、タンパク質の摂取量を増やすことが推奨されています。
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このように加齢に応じた筋肉の減少を予防、改善するためには環境的要因を変えなければいけません。加齢に応じてトレーニング方法や食事内容を見直す必要性は、スポーツ医学や栄養学だけでなく、行動遺伝学の側面からも言えることなのです。
体重の遺伝率は80%を超えます(Dubois L, 2012)。いくらダイエットを頑張ってもなかなか痩せなかったり、リバウンドしてしまう理由がここにあります。残酷ですが、肥満の多くが遺伝によって説明できてしまうのです。
これに対して、筋力の遺伝率は50%ほどです。これはダイエットに比べて筋トレの効果が遺伝によって強く影響されないことを示しています。筋トレはトレーニング方法や栄養摂取などの環境的要因が大きく影響するのです。
現代の行動遺伝学は僕らにこう言います。
「筋トレは裏切らない」
「なぜなら、筋トレの効果は遺伝だけでは決まらないからだ」
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シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
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シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
シリーズ80:筋トレの効果を最大にする週の頻度(週に何回?)の最新エビデンス
シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
シリーズ83:筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス
シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
シリーズ85:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス
シリーズ86:筋トレとグルタミンの最新エビデンス
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シリーズ89:筋トレするなら知っておきたいサプリメントの最新エビデンスまとめ
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シリーズ93:筋トレを続ける技術〜マシュマロ・テストを攻略しよう
シリーズ94:スクワットのフォームの基本を知っておこう【スクワットの科学】
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シリーズ101:筋トレを続ける技術~脳をハックしよう!
シリーズ102:腕立て伏せの回数と握力から心臓病のリスクを知ろう!
シリーズ103:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
Dubois L, et al. Genetic and environmental contributions to weight, height, and BMI from birth to 19 years of age: an international study of over 12,000 twin pairs. PLoS One. 2012;7(2):e30153.
Hubal MJ, et al. Variability in muscle size and strength gain after unilateral resistance training. Med Sci Sports Exerc. 2005 Jun;37(6):964-72.
Davidsen PK, et al. High responders to resistance exercise training demonstrate differential regulation of skeletal muscle microRNA expression. J Appl Physiol (1985). 2011 Feb;110(2):309-17.
Zempo H, et al. Heritability estimates of muscle strength-related phenotypes: A systematic review and meta-analysis. Scand J Med Sci Sports. 2017 Dec;27(12):1537-1546.
Beaven CM, et al. Significant strength gains observed in rugby players after specific resistance exercise protocols based on individual salivary testosterone responses. J Strength Cond Res. 2008 Mar;22(2):419-25.
Yamada M, et al. Age-dependent changes in skeletal muscle mass and visceral fat area in Japanese adults from 40 to 79 years-of-age. Geriatr Gerontol Int. 2014 Feb;14 Suppl 1:8-14.
Moore DR, et al. Protein ingestion to stimulate myofibrillar protein synthesis requires greater relative protein intakes in healthy older versus younger men. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2015 Jan;70(1):57-62.