スポーツ科学は僕たちに残酷な真実を告げています。
「筋トレ後のアルコール摂取は筋肥大の効果を減少させる」
筋トレによる筋肥大の効果は、筋肉のもとである筋タンパク質の合成によってもたらされます。筋タンパク質を合成する主な調整因子とされているのがmTORという酵素です。筋トレやタンパク質摂取により、mTORが活性化することによって筋タンパク質の合成が促され、筋肥大が生じます。
2017年、ノース・テキサス大学のデュランティらは筋トレ後のアルコール摂取によって、mTORの活性化が減弱することを明らかにしました。また、アルコールの影響は特に男性に生じやすいことも報告されています(Duplanty AA, 2017)。
Fig.1:Duplanty AA, 2017より筆者作成
そして2018年、今度は、筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復に与える影響を調査した研究結果が報告されたのです。
今回は、筋トレ後のアルコール摂取と筋力回復について考察していきましょう。
Table of contents
◆ オーバートレーニング後はアルコールは控えよう
筋トレ後のアルコール摂取が筋力回復に与える影響について、はじめて検証したのがニュージーランド・マッシー大学のバーンズらです。
バーンズらは、レクリエーションとしてトレーニングをしている被験者を集め、膝の遠心性トレーニング(ネガティブトレーニング)を行わせました。トレーニングは確実に筋力低下や筋肉痛を起こさせるために、100回を3セット(5分の休憩)行い、合計300回実施されています。
トレーニング後、被験者は一般的な食事をして、30分後にオレンジジュースまたはウォッカ(体重1kgあたり1g)をオレンジジュースで割ったアルコール飲料を摂取しました。
そしてトレーニングを終えてから36時間、60時間後の膝伸展の最大筋力(等尺性・求心性・遠心性)が計測されました。
その結果、トレーニング後よりアルコール摂取の有無にかかわらず筋力は低下しましたが、アルコールを摂取すると36時間、60時間後の筋力の回復度が有意に低下したのです。
Fig.2:Barnes MJ, 2010より筆者作成
この結果から、バーンズらは遠心性トレーニングを含む高強度トレーニングを行ったあとのアルコール摂取は少なくとも24時間以降の筋力回復を妨げる可能性があり、筋トレ後のアルコール摂取は控えるべきであると述べています(Barnes MJ, 2010)。
さらに、バーンズらはアルコールの「摂取量」が筋力回復に影響を与えるのでは?と考え、低用量のアルコール摂取が筋力回復に与える影響を検証しました。
2011年、ニュージーランド・マッシー大学に集められたトレーニング経験のある被験者は、前回の研究と同じように遠心性トレーニングを行った後、オレンジジュースまたは以前の半分の量であるウォッカ(体重1kgあたり0.5g)をオレンジジュースで割ったアルコール飲料を摂取しました。
そしてトレーニングから36時間、60時間の最大筋力(等尺性・求心性・遠心性)が計測されました。その結果、低用量のアルコール摂取はオレンジジュースと比べて、36時間、60時間後の筋力回復に有意差がないことが示されたのです。
Fig.3:Barnes MJ, 2011より筆者作成
この結果から、バーンズらはアルコール摂取による筋力回復への影響にはアルコールの「用量依存性」があることを示唆しています。アルコールを摂取する量が増えるにしたがって、筋力回復がより低下しやすくなる可能性があるのです(Barnes MJ, 2011)。
バーンズらの研究では、確実に筋肉ダメージを生じさせるために300回もの遠心性トレーニングを行っています。この回数は一般的でないため、通常のトレーニングへの影響は定かではありません。また、実験で摂取されたアルコール飲料も中等度のアルコール度数であり、ビール程度の低い度数のアルコールであれば影響は少ない可能性があります。
しかし、遠心性運動を含む過度なオーバートレーニングをした場合、アルコールを飲み過ぎることは筋力の回復を妨げる可能性があること、アルコールの量に依存して筋力の回復が妨げられるということには注意したほうが良さそうです。
また、バーンズらの研究では、被験者がこれまでに経験したことがない過度の遠心性トレーニングが行われました。そのため、過度なトレーニングでも日頃から経験していてもアルコール摂取が筋力回復を妨げるのか?という疑問が残りました。
◆ 経験のないトレーニングをした後はアルコールを控えよう
アルコール摂取が経験している過度なトレーニング後の筋力回復に与える影響について検証したのがノーステキサス大学のレビットらです。
2018年1月、レビットらは、トレーニング経験のある20代の被験者を対象として、事前にスミスマシーンによるスクワットの遠心性トレーニングを経験させ、その後にトレーニングとアルコール摂取の影響を検証しました。トレーニングは、確実に筋肉ダメージを生じさせるために最大筋力の110%の重量による遠心性トレーニングを10回4セット実施しています。
トレーニング後、被験者はプラセボ飲料(水)またはウォッカ(体重1kgあたり1.09g)を希釈したアルコール飲料を摂取しました。
トレーニングから24時間、48時間後の筋力回復の指標は、垂直ジャンプ(パワー、力、高さ)とシャトルラン(タイム)および筋肉痛が計測されました。
その結果、トレーニング後に全てのパフォーマンスが低下し、筋肉痛が生じましたが、24時間、48時間後の回復の程度は、アルコール摂取とプラセボの間に有意差がないことが示されたのです。
Fig.4:Levitt DE, 2018より筆者作成
レベットらは、これら結果から、過度なトレーニングを行った場合、経験のあるトレーニングであれば、中等度のアルコールを摂取しても筋力やパフォーマンスの回復に影響がないことを示唆しています。
そしてレベットらは、バーンズらの研究結果と合わせてアルコール摂取の注意点をまとめています。
まず、アルコールの摂取によって筋力回復に影響が生じやすいのは「新規」のトレーニングであるとしています。経験のあるトレーニングではアルコールの影響がありませんでしたが、バーンズらが検証したように経験のないトレーニングではアルコールによる筋力回復の遅れが生じる可能性が示唆されています。
また、通常のトレーニング量ではアルコールの影響は低く、過度なトレーニングによるオーバートレーニング後のアルコール摂取が筋力回復を妨げる可能性があると推察しています。
「経験のない新しいトレーニング」や「オーバートレーニング」は大きな筋肉ダメージを生じる可能性が高くなります。その際の過度なアルコール摂取は筋力回復を妨げることが示唆されているのです(Levitt DE, 2018)。
アルコールが筋力回復を妨げるメカニズムは、近年のリベットらの研究結果から、アルコール摂取によってトレーニング後の筋肉修復プロセスにおける炎症応答で重要な役割をもつサイトカインを産生する白血球の能力を変化させることが起因していると報告されています(Levitt DE, 2017)。
バーンズら、レベットらの研究はともに過負荷な遠心性トレーニングを行っており、そのまま一般化することはできません。そのため、通常のトレーニングと適量のアルコール摂取であれば問題ないと思われます。しかしながら、経験のない新しいトレーニングに取り組んだときや、いつもよりも負荷量を増やしたとき、オーバートレーニングなど筋肉へのダメージが強いと感じられたときには、過度なアルコールの摂取は控えたほうが良いでしょう。
トレーニング後のアルコールの飲み過ぎは筋力の回復を妨げ、筋肥大の効果を減少させる可能性が示唆されています。美しいものにはトゲがあるように、美味しいお酒にもトゲがあるのです。筋トレ後の飲み過ぎには注意が必要ですね。
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シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
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◆ 参考論文
Duplanty AA, et al. Effect of Acute Alcohol Ingestion on Resistance Exercise-Induced mTORC1 Signaling in Human Muscle. J Strength Cond Res. 2017 Jan;31(1):54-61.
Barnes MJ, et al. Acute alcohol consumption aggravates the decline in muscle performance following strenuous eccentric exercise. J Sci Med Sport. 2010 Jan;13(1):189-93.
Barnes MJ, et al. A low dose of alcohol does not impact skeletal muscle performance after exercise-induced muscle damage. Eur J Appl Physiol. 2011 Apr;111(4):725-9.
Levitt DE, et al. Alcohol after Resistance Exercise Does not Affect Muscle Power Recovery. J Strength Cond Res. 2018 Jan 29.
Levitt DE, et al. Effect of alcohol after muscle-damaging resistance exercise on muscular performance recovery and inflammatory capacity in women. Eur J Appl Physiol. 2017 Jun;117(6):1195-1206.