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リハビリmemo

大学病院勤務、大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による、研究と臨床をつなげるための記録

歩行適応の神経メカニズム

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 ニューロリハビリテーション(NeuroRehabilitation)という言葉が近年、リハビリテーション医療で広く用いられている。明確な定義はないが、ニューロリハビリテーションとは、Neuroscience based rehabilitation(神経科学にもとづくリハビリテーション)として捉えられる。これは、Neurological rehabilitation(神経疾患のリハビリテーション)とは異なり、神経疾患に限らずリハビリテーション医療全般で用いられるべき考え方である。

 

 リハビリテーションにおける運動療法には、筋骨格機能、心肺機能に加えて、神経系の機能が必要である。これを自動車に例えると、筋骨格系は車のボディやタイヤに、心肺系はエンジンや吸排気システムに相当する。そして神経系は、発進や停止の指令を出すドライバーであり、車を操作する制御システムとなる(長谷., 2008)。

 動作や歩行に介入する際、理学療法士は筋骨格系のメンテナンスを行うとともに、正しい動作、歩行を行えるようドライバーに運転の方法を指導しなければならない。事故によって壊れた車のボディーやタイヤを修理しても、ドライバーのドライビングスキルを向上させなくては、再度、事故を起こしてしまう。ここに理学療法士が神経科学を学ぶべき理由がある。

 

 そこで今回は、歩行適応の神経メカニズムについて考えてみたい。歩行のリハビリテーションを担う理学療法士であれば知るべき知見であろう。歩行適応の神経メカニズムについては以前のブログでも考察しているが、今回は最近の知見も含めて再考する。

 『歩き方を変える神経メカニズム

 『歩き方を変えるのは、やっぱり小脳

 

 歩行適応の解明は2000年に入りスプリットベルト・トレッドミル(split-belt treadmill: SBT)の登場により急速に発展してきた。

 

 歩行適応はその適応時期に応じて2つに分けることができる。急にツルツルした床を歩く場面を想定しながら考えてみよう。

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 歩き始めは、どのくらい滑るのかわからないので、恐る恐る、ゆっくりと歩幅を小さくして歩くようになる。しばらくするとツルツルの床にも慣れて歩幅も広がり、スムーズに歩くことができる。

 この前半の即時的な反応を反応的調整(reactive adjustments)といい、感覚フィードバックにもとづくことからフィードバック適応(feedback adaptation)ともいわれる。

 後半になってスムーズに歩けるようになるのは、予測的に歩行制御が行われた結果であり、これを予測的調整(predictive adjustments)といい、フィードフォワード適応(feedforward adaptation)ともいわれる。

 

 このように歩行適応は、即時的な反応性調整とその後に見られる予測的調整の2つの過程を経て適応される。

 

 Reismanらは、この歩行適応の過程を歩行パラメータを用いて測定することを試みた。一方のベルトを早く回転させ、もう一方のベルトを遅く回転させたSBT上で歩行させると、まず即時的な反応的調整としてストライド長、立脚期時間が変化し、その後に予測的調整としてステップ長、両脚支持時間が変化することを明らかにした(Reisman DS et al., 2005)。これにより歩行適応を測定するアウトカムが明確になったのである。

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 哺乳類の動物研究により、歩行適応には多くの中枢機能が関与していると推測されている。それには、脊髄、脳幹、小脳、大脳皮質が含まれる(Rossignol et al., 2006)。動物研究ではこれらの領域を人為的に破壊し、その領域の機能的役割を明らかにすることが可能である。しかし、ヒトの研究においては倫理的にも実施することは許されない。

 

 そこでヒトでは脳損傷モデルが用いられる。脳卒中などで脳が局所的に損傷された患者を対象にして、評価アウトカムを計測することで、その脳領域の機能的役割を明らかにするのである。

 

 歩行適応では、この脳損傷モデルにReisman DSらが報告した歩行適応アウトカムを組み合わせることで、歩行適応に関する脳領域の機能的役割を明らかにする研究が行われている。

 

 Mortonらは、小脳による歩行適応の寄与について、小脳疾患を対象にSBT上での歩行パラメータを測定した。その結果、反応的調整であるストライド長、立脚期時間の変化は健常者と変わりなかった。また、予測的調整であるステップ長、両脚支持時間では有意な差を認めた。この結果により、小脳疾患では、反応的調整は可能であるが、予測的調整は困難であることが示された。つまり、小脳は予測的調整(フィードフォワード適応)の機能的役割を有していることが示唆されたのである(Morton SM et al., 2006)。

 

 それでは、大脳皮質の歩行適応への寄与についてはどうだろうか?

 Reismanらは脳卒中患者を大脳皮質損傷モデルとして対象とし、SBT上での歩行パラメータを計測した。その結果、反応的調整、予測的調整ともに健常者と有意な差は認められなかった。これにより、大脳皮質の局所的なダメージでは歩行適応の機能は維持されることが示された。つまり、大脳皮質は歩行適応の機能的役割を有していないことが示唆された(Reisman DS et al., 2007)。

 また、この研究の興味深い知見は、脳卒中による左右非対称性な歩容が対称性に改善する可能性を示していることである。これについては、その後の報告も含めて別の機会で考察したい。

 

 Reismanらの報告は、大脳皮質の歩行適応への寄与について一定の知見を示したが、脳卒中をモデルにしているため、大脳皮質の局所的モデルとなる。これでは、大脳皮質全体が歩行適応に寄与していないということにはならない。

 

 これに対して、Choiらは難治性てんかんの外科的治療である大脳半球切除術を行った患者を対象として、大脳皮質の歩行適応への寄与について調査した。大脳半球切除術とは、大脳基底核や脳幹を残して半球の大脳皮質を取り除く手術のことである。

 その結果、反応的調整、予測的調整ともに健常者との有意な差は認められなかったが、数名において歩行のタイミングのみ有意差が認められた。つまり、大脳皮質は、歩行適応の機能的役割を有していないが、タイミングの適応には寄与している可能性が示唆された(Choi JT et al., 2009)。

 

 近年では、Roemmichらがパーキンソン病(PD)の患者に対して歩行適応の有無を調査している。その結果、PDは反応的調整、予測的調整ともに健常者と同様に認められた。これにより、大脳基底核は歩行適応に寄与していないことが示唆された。また、PDが歩行適応できることは歩行練習などの臨床応用においても興味深い知見である(Roemmich RT et al., 2014)。

 

 これらの脳損傷モデルの研究により、歩行適応の機能的部位が明らかになってきた。

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 即時的な反応的調整は脳幹・脊髄、その後の予測的調整には小脳が機能的役割を担っていると推測される。

 反応的調整は、末梢の感覚受容器からの求心性フィードバックにより脊髄・脳幹で即時的に反応し、身体内・外の環境変化に対応する。同時に求心性フィードバックは脊髄小脳路を介して小脳へ送られる。この情報をもとに運動指令と運動の結果の誤差補正(trial and error based learning)が行われ、いわゆる内部モデルが生成され、予測的調整が可能となる。このような適応過程により、ヒトは環境に即時に適応して歩き方を変え、予測的に適応することができるのである。

 

 ヒトは病気のメカニズムを解明し、治療法を確立することで病を克服してきた。歩行のリハビリテーションにおいて、疼痛などによって適応された代償的歩行をキレイな歩行に再適応させることがひとつの目標となる。そのためには、歩行適応をより効果的に行うための歩行練習をデザインしなればならない。そのヒントが歩行適応の神経メカニズムにある。このテーマについては今後、考察してみたい。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

Reference

Reisman DS et al. (2005) Interlimb coordination during locomotion: what can be adapted and stored? J Neurophysiol; 94:2403–15.

Rossignol S et al. (2006) Plasticity of connections underlying locomotor recovery after central and/or peripheral lesions in the adult mammals. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci; 361: 1647–71.

Morton SM, Bastian AJ. (2006) Cerebellar contributions to locomotor adaptations during splitbelt treadmill walking. J Neurosci ; 26: 9107–16.

Reisman DS et al. (2007) Locomotor adaptation on a split-belt treadmill can improve walking symmetry post-stroke. Brain ; 130: 1861–72.

Choi  JT et al. (2009) Walking flexibility after hemispherectomy: split-belt treadmill adaptation and feedback control. Brain: 132; 722–733

Roemmich RT et al. (2014) Locomotor adaptation and locomotor adaptive learning in Parkinson’s disease and normal aging. Clinical Neurophysiology; 125; 313–319

 

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