リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士・トレーナーによる「最新の研究をトレーニングにつなげるための記録」

歩行を早く適応させる2つの方法・その2

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 歩行を早く適応させるポイントは主に2つある。

 

・何も考えずに歩く

・学んだことは忘れる

 

 今回は、「学んだことは忘れる」について考察していこう。

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  その前に、運動学習におけるスキル学習(skill learning)と運動適応(motor adaptation)の違いについて確認しておきたい。

 

 スキル学習とは、後天的に全く新しいスキルを習得(acquisition)することをいう。学習の代表例として、ピアノなどの楽器操作、卓球や野球などのスポーツ動作をイメージすると理解しやすい。スキル学習は主に大脳皮質が機能的役割を有しており、外在的フィードバックを用いた顕在学習が有効とされている。一般的にスポーツにはコーチがおり、コーチによる顕在的指導によってスキルを上達させる。

 

 運動適応とは、生得的に獲得している動作を求められる環境に調整(adjustment)し、適応させることをいう。これは獲得している動作と新たな動作との誤差を修正することで学習されるtrial and error based learningにもとづく。代表的なものとして、眼球運動のプリズム適応やリーチ動作の軌道適応などがあげられる。運動適応は主に小脳で処理され、内在的フィードバックによる潜在学習が有効とされている。

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  このようにスキル学習と運動適応は、その学習背景から神経メカニズム、教授方法において異なるパラダイムであることが理解できる。

 では、歩行についてはどうだろうか?幼児期において、歩行は意識的に獲得するものではなく、持っている能力を無意識的に環境に適応させる形で獲得する。そのため、歩行は生得的に備わっているものであり、運動学習の枠組みに当てはめると運動適応に相当する。歩行の運動学習は運動適応であり、歩行を新たな外的・内的環境に適応させることを歩行適応(locomotor adaptation)という(Bastian AJ, 2008)。

 

 運動学習理論は、スキル学習の研究成果にもとづいて構築されている。運動スキルの習得過程は、主に認知段階、連合段階、自動化段階に別れており、その段階ごとに合わせた課題設定やフィードバックを行う。このような習得過程における効果的な介入方法が研究されている。そして、近年、スキル学習の研究成果を歩行適応に反映させる試みが行われている。

 

 スキル習得過程の自動化段階は、顕在学習によって習得された運動スキルを自動化させる段階である。そこで行われるのがランダム練習(random practice)である。ランダム練習は、ある課題から異なる課題へ移行するたびに運動記憶を検索する文脈干渉効果(contextual interference effect)により運動記憶の定着に有効とされている(Lin CH, 2008)。

 

 では、このようなランダム練習は、歩行適応においても有効なのだろうか?この問いについて、Maloneらはsplit-belt treadmill(SBT)を用いて検証している。

 SBTは左右のベルトを独立して回転することができるトレッドミルである。左右のベルトが同じ速度で回転している状態をTied beltといい、通常の歩行様式となる。左右のベルトが異なるスピードで回転している状態をSplit beltといい、適応初期は歩容が不安定になるが、しばらくすると適応し安定する。この適応するまでの期間を適応速度として評価する。その後、Tied beltに戻すと再度、歩容が崩れ、適応の後効果を評価することができる。

 

 運動学習の研究では、"Structural learning(学習の構成)"が学習の促進に寄与することが明らかになっている。例えば、運動学習を行う際に、課題を行い続けたほうが良いのか、休憩を入れながら行ったほうが良いのか、または、別の学習を合間に行わせたほうが良いのかというように、課題の内容ではなく構成に焦点を当てることの重要性が示唆されている。スキル学習におけるランダム練習は、この学習の構成において有用な介入であることが示されている(Braun DA, 2010)。

 

 そこで、Maloneらは、まず、学習の構成において適応と脱適応を繰り返すSwitchingによる適応効果について検証した。被験者にSBT上で下記の3つの歩行練習を行い、翌日の適応状態を評価した。

・脱適応を行わない(No switch)

・脱適応としてSplit belt歩行の合間にTied belt歩行を行う(Switch)

・脱適応としてSplit belt歩行の合間に座位での休憩を入れる(Switch control)

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 その結果、脱適応を行わないNo swicthに比べて、脱適応を行うSwitchやSwitch controlでは、翌日の適応速度が有意に速く、後効果も持続する傾向が示された。さらに、Switch controlに比べてSwitchでは、より適応が促進された。

 この結果は、歩行練習をする際、課題を行い続けるよりも、合間に座って休憩を入れるほうが適応効果があり、さらに合間に通常歩行を入れることがより効果的であることを示している。これは、歩行適応させる過程において、脱適応させる有効性を意味しており、さらに脱適応は、ただ座っているよりも適応した歩行の運動記憶を除去(washout)させるような歩行課題が有効であることを示している。

  これを前回、紹介したRegnauxらの脳卒中片麻痺の非対称性歩行に対する潜在学習を例に考えてみよう(Regnaux JP, 2008)。彼らは、非麻痺側に重りを付けて歩行させることによって、麻痺側下肢への荷重を促す潜在学習を行った。この場合、重り付き歩行→座って休み→重り付き歩行というようなSwitchingよりも、重り付き歩行→通常歩行(重りなし)→重り付き歩行というSwitchingにおいて適応効果が期待できると推察される。

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 次に、Maloneらは脱適応課題としてTied belt歩行ではなく、Split belt歩行と左右の回転速度を逆にしたOpposite split belt歩行をSplit belt歩行の合間に行わせた。

 その結果、反対の歩行パターンを脱適応課題として歩行練習の合間に入れたほうが歩行適応が促進されることが示されたのである。

 これをRegnauxの潜在学習の報告で考えると、重り付き前方歩行→重り付き後方歩行→重り付き前方歩行というイメージになる。

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 歩行適応は、潜在的なエラーを修正するtrial and error based learningにもとづいている。練習の合間に脱適応させるような歩行課題を行わせることで運動記憶をwashoutし、再度、歩行練習をする際に大きなエラーを与えることができる。これを繰り返すことでエラー修正が進み、歩行が早く適応するとMaloneらは推測している。

 また、近年、"Learning to learn(学習することを学習する)"という性質がスキル学習の研究で注目されている。これは、新規の学習を多く行うことで、学習する能力自体が向上し、新規課題に対する学習が促進されるという仮説である(Seidler RD, 2010)。このような性質が歩行適応にも備わっていると考えられている。つまり、歩行練習中に異なった歩行課題を行うことで"Learning to adapt(適応することを学習する)"が生じ、適応能力が向上することにより歩行適応が促進される可能性があるのだ。

 

 これらの知見から、歩行適応においてもスキル学習のランダム練習のようなStructural learningやlearning to learnのパラダイムを応用することが歩行適応の促進に寄与すると推測される。

 

 歩行適応は課題特異性を有しており、様々な場面での練習が求められる。効果的に歩行課題を組み込み、潜在的にエラーを大きくし、適応することを学習させることが歩行適応を促進するヒントになるだろう。歩行適応では「学んだことは忘れる」ことがポイントなのである。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

Reference

Amy J. Bastian et al, (2008) Understanding sensorimotor adaptation and learning for rehabilitation. Curr Opin Neurol. 21(6): 628–633

Lin CH, et al. (2008) Contextual interference effect: elaborative processing or forgetting-reconstruction? A post hoc analysis of transcranial magnetic stimulation-induced effects on motor learning. J Mot Behav. 40(6); 578-86

Laura A. Malone, et al. (2011) Motor adaptation training for faster relearning. The Journal of Neuroscience, 31(42):15136-15143

Regnaux JP, et al. (2008) Effects of loading the unaffected limb for one session of locomotor training on laboratory measures of gait in stroke. Clinical Biomechanics 23: 762–768

Daniel A. Braun et al. (2010) Structure learning in action. Behavioural Brain Research 206;157–165

Rachael D. Seidler et al, (2010) Neural correlates of motor learning, transfer of learning, and learning to learn. Exerc Sport Sci Rev. 38(1): 3–9

 

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