足が痛いと思っていたら、腰も痛くなったという経験がありませんか?
あるいは、腰が痛いと思っていたら肩や膝が痛くなることはありませんか?
人の身体は首から足の先まで多くの関節があるんですけど、それらがリンクして一連の動作を生み出しているんです。それも重力を巧みに利用しながら、各関節の最小限のエネルギーをつかって。ヒトの動作ってとてもエコにできてるんですよね。
しかし、どこかに痛みが生じると、その痛みが出ないように無意識下に身体の使い方を変えてしまうんです。
例えば、がびょうを踏んだときのことを想像してみてください。がびょうを踏んだ足に体重をかけないよう、ピョコピョコした歩き方になることがイメージできますね。これも無意識のうちに体の使い方を変えて痛みが生じないようにしてるのです。
このような体の使い方を変えることを代償運動(Compensatory movement)と言います。しかし、代償運動はあくまで動作を代償してるので、とてもエコな運動ではなく、必ず体のどこかに負担が生じてしまいます。その結果、痛みを誘発してしまうのです。このメカニズムが足の痛みが腰にきたり、腰の痛みが膝や肩にくる理由なんですね。
それではねこ背の場合、どのように体の使い方を変えて代償をするのでしょうか?
そしてどのような負担が生じてしまうのでしょうか?
今回は、ねこ背と骨盤の代償運動について確認していきましょう。
人の脊椎はS字を描きます。これは主に胸椎と腰椎のことを言ってます。
ねこ背は胸椎から始まります。胸椎は背中側に凸の弯曲をしている(これを後弯と言います)のですが、この後弯が強まることからねこ背が始まってくるのです。
胸椎の後弯が強まると、さっそく腰椎が代償してくれます。腰椎はお腹側に凸の弯曲をしている(これを前弯と言います)のですが、この前弯を強めて代償するのです。つまり、胸椎の後弯が強まり、身体が前に倒れそうになるのを腰椎が前弯を強めて防いでいるのです。この時期を胸椎後弯期とします。
この胸椎後弯期でねこ背が止まってくれるといいのですが、胸椎の後弯はどんどん進んでしまいます。そうすると腰椎ではもう太刀打ちできなくなって、だんだんと腰椎の前弯がなくなってしまいます。最終的にはまっすぐになってしまうんです。これを腰椎の後弯化とかフラットバック(flat back)と言います。この時期を腰椎後弯期とします。
胸椎後弯期から腰椎後弯期では体が前に倒れないように腰椎が頑張ってくれるのですが、実はここで骨盤も協力して代償してくれるんです。
骨盤は腰椎の下にある土台のようなものなのですが、横から見ると骨盤は前に倒れたり(前傾)、後ろに倒れたり(後傾)することができます。
胸椎の後弯が強まり、腰椎が前弯を強めたり、耐えきれなくなってまっすぐに伸びきってしまうときに、骨盤を後傾することによって体が前に倒れないよう代償するんです。
この骨盤の後傾には、大きな意味があります。
その説明の前に、少しC7PLのおさらいをしましょう。C7PLは第7頸椎からの垂線が仙骨の後方を通るとねこ背でない綺麗な姿勢になるんでしたよね。しかし、ねこ背の進行とともにC7PLが前方に移動して大転子までてき、大転子を超えてさらに前方へ移動すると強いねこ背となり、体が不安定になって転びやすくなるんでしたよね。
つまり、安定した姿勢を維持するためには、C7PLを仙骨の後方と大転子の間で維持できればいいわけです。
そこで骨盤を後傾することによって、仙骨と大転子との距離をグイーっと広げて(赤線)、C7PLがやすやすと大転子までたどり着けないようにして姿勢の安定性を維持しているのです。
ところがです、骨盤の後傾はあくまで代償運動なので、やはり問題を起こしてしまうんです。
ここで腰椎にかかる負担というものを簡単に説明しましょう。
腰椎にかかる負担(CF)は、重力(G)と背筋の筋力(M)を合わせとものになります。
CF=G+M
という式が成り立ちます。
このCFが大きくなったり、腰椎の前後のどの位置に負担がかかるかによって腰の疾患を生じさせるんです。
では、ねこ背になり、腰椎が前弯を増やすとともに、骨盤を後傾させて頑張ってる胸椎後弯期では腰にどのような負担がかかるのでしょうか?
胸椎後弯期では、骨盤の後傾によって重力の通る線と腰椎の位置が遠くなります。重力はいつも一定なのですが、この距離が遠くなると体が前に倒れないよう腰の背筋が頑張って引っ張るわけです。結果、腰椎にかかる負担CFも強くなります。
G+M↑=CF↑
となります。
また、CFの負担は腰椎の後方にかかるようになり、腰椎を前方に押し出すような力が生じてしまいます。
よって、腰椎の変性すべり症を引き起こしてしまうのです。
それでは、腰椎後弯期ではどうでしょうか?腰椎後弯期では腰椎はフラットバックとなり、骨盤はさらに後傾します。また、胸椎の後弯がさらに強まるため、重心はさらに前方へ移動し、重心の通る線と腰椎の距離は増大します。そうすると腰の背筋筋力はそれを支えるためにめっちゃ頑張って筋力をしぼりだします。そうすると腰椎にかかる負担CFはとても大きなものになります。
G+M↑↑=CF↑↑
となるわけです。
さらに腰椎がフラットになるため、CFの負担は腰椎の前方にかかるようになります。
こうなると椎間板を痛めやすくなったり、椎間板ヘルニアの原因になったりするようになります。
このように、ねこ背によって骨盤が後傾すると重心の通る線と腰椎の距離が遠くなり、それに応じて腰の背筋が頑張らないといけなくなるわけです。これによって腰椎にかかる負担が増加し、腰椎のすべり症や椎間板ヘルニアが併発するのです。
ねこ背を診るときは、骨盤の代償運動や、それによる腰椎の変性疾患にも注意が必要ですね。
機会があれば、ねこ背によって生じる首や肩、そして股関節や膝関節の代償運動についても確認していきましょう。
ねこ背シリーズ
ねこ背シリーズ①:ねこ背になると歩き方も変わる?
ねこ背シリーズ②:ねこ背になると生活がつまらなくなる?
ねこ背シリーズ③:「背が低くなったんじゃない?」と言われた要注意!
ねこ背シリーズ④:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜大規模研究による検証〜
ねこ背シリーズ⑤:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜本当の犯人は?〜
ねこ背シリーズ⑥:ねこ背になると転倒しやすくなる 〜腰がまっすぐになると…〜
ねこ背シリーズ⑦:自分でねこ背を計る方法(前編:科学的根拠の確認)
ねこ背シリーズ⑧:自分でねこ背を計る方法(後編:C7PL2.0をやってみよう!)
ねこ背シリーズ⑨:ねこ背と骨盤の代償運動を理解しよう
ねこ背シリーズ⑩:なぜ、ねこ背になるのか?
ねこ背シリーズ⑪:ねこ背の原因は背筋の霜降り化?
ねこ背シリーズ⑫:ハイヒールを履くとねこ背になる?
ねこ背シリーズ⑬:ねこ背と柔軟性 〜腰椎の柔らかさが大事〜
ねこ背シリーズ⑭:ねこ背になると肩が上がらなくなる?
ねこ背シリーズ⑮:座る姿勢がねこ背の原因になる?
Reference
Ce ́dric Berrey, et al:Compensatory mechanisms contributing to keep the sagittal balance of the spine. Eur Spine J 22:834–841, 2013
Ce ́dric Berrey, et al:Sagittal balance of the pelvis-spine complex and lumbar degenerative diseases. A comparative study about 85 cases. Eur Spine J 16:1459–1467, 2007
Pierre Roussouly, et al:Biomechanical analysis of the spino-pelvic organization and adaptation in pathology. Eur Spine J 20:609–618, 2011
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